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【第66話】次の仕事


「それじゃあ、お肉や料理が運ばれてくるまで、私から少し話してもいい?」


 私たちがそれぞれドリンクに一口口をつけたところで、出水さんが私たちの様子を窺うように訊いてくる。私たちも当然頷く。今日この場を設けてくれた出水さんの話を遮るようなことは、私もしたくはなかった。


「うん。じゃあ、改めて。みんなひとまずは今日までお疲れ様。みんなが自分の仕事を精一杯果たしてくれたおかげで、『いつの日か青かったねと思い出す』は今の時点でも、当初の想定を大幅に超える興行成績を挙げることができてる。もちろんそれは一番は作品自体が良いからだけれど、それでも今日に至るまでのみんなの仕事は、いくら評価しても足りないくらいだよ。本当にありがとう。心から感謝してるよ」


 出水さんは目を細めていて、本心から言っていることが私にも窺えた。だから、私たちも澄ました表情をして頷くことができる。個室には暖房が効いている以上の、暖かな空気が流れていた。


「まず四谷くんは、ポスタービジュアルやパンフレット等の、宣伝物のデザインを手がけてくれたよね。作品の魅力が存分に伝わるようなデザインにしてくれてありがとう。特にパンフレットを手に取ったときは、私もやっぱりセンスいいなって、感心しちゃった。観客の目に一番触れる機会が多いポスタービジュアルも、映画の雰囲気をしっかりと伝えていたし、あのビジュアルじゃなかったら、ここまでお客さんの興味を惹けてはいなかったと思う。本当にありがとね」


 出水さんの言葉を受けて、四谷さんは満足げに頷いている。その姿は自分が手がけた仕事に誇りを持っているようで、私の心もくすぐられる。


 実際、作品の顔となるポスタービジュアルが今回の上映にもたらした効果は、計り知れないほど大きかった。


「次に立石ちゃんは、ホームページやウェブ記事の確認など、SNS以外のネットメディアを担当してくれたよね。趣向を凝らしているのにそれでも見やすくて、必要な情報にアクセスしやすいホームページは、私としても凄く満足ができるものだったよ。ウェブ記事の確認も、どうやったら作品の魅力を伝えられるかを第一に考えてくれていて、そのためには担当者とも意見を交わすことも厭わない姿は、私にも大きな励みになった。映画宣伝におけるネットが占めるウェイトがどんどん増してるなかで、立石ちゃんの働きは本当に素晴らしかった。感謝してるよ」


 そう言われて、立石さんは最初は少し恥ずかし気な表情を見せていたけれど、それでも出水さんからの賛辞を呑み込んでくれたようで、穏やかな笑みを浮かべていた。


 その表情に、私としても胸がすく思いがする。同じネットでの宣伝を担当していたこともあって、私も堂々と立石さんが作ったホームページ等を、アピールすることができていた。


「翔哉くんは、主に劇場営業を担当してくれたよね。前職で培ったコネクションも生かして、毎日のように全国を飛び回ってくれて。本当に大変だったと思う。でも、そのおかげで『いつの日か青かったねと思い出す』は、こんなにも多くの映画館で上映することができた。それは翔哉くんが、それぞれの映画館と丁寧に粘り強く交渉してくれた結果だよ。やっぱり映画の興行は、上映してくれる映画館がないとどうにもならないからね。そういう意味では、翔哉くんは欠かすことができない働きをしてくれたよ。本当にお疲れ様。ありがとね」


 出水さんからの手放しの称賛を受けて、木蓮さんは誇らしげに胸を張っていた。出水さんからの感謝を額面通りに受け入れているその姿は、私にもとても望ましく見える。


 実際、木蓮さんはリモート打ち合わせが全盛のこの時代において、全国の劇場に足繫く通っていた。今だからこそ直接会うことの効果は大きくて、だから私は木蓮さんに頭が上がらないような思いすら抱いている。


「そして、最後に理歩ちゃん。理歩ちゃんは『いつの日か青かったねと思い出す』を見つけてくれただけじゃなくて、買い付けの交渉にも大きな働きをしてくれたし、さらには各SNSの運用も担当してくれたよね。始まりから観客に届けるとこまで、多くの業務を担ってくれたことは、私としてもとてもありがたく感じてる。実際、理歩ちゃんがいなければ、私たちは『いつの日か青かったねと思い出す』を配給できてないし、SNSでもここまで広がってはいないと思う。まさしく大車輪の活躍と言ってよくて、今回の仕事で一番頑張ったのは理歩ちゃんだと、私は思ってる。いや、私だけじゃなくて四谷くんたちも、理歩ちゃんの頑張りは認めてるはずだよ。改めて理歩ちゃん、私たちの会社に入ってくれてありがとね」


 出水さんにそこまで褒められると、私には思わず瞬きが増えてしまう。今回の仕事で頑張ったのは、私たち全員だというのに。


 それでも、私が顔色を窺うと四谷さんたちもまるで同意を示すように頷いていて、出水さんと同じことを感じているようだ。


 ここにいる四人は、全員私のことを認めてくれている。そのことが、私にはかけがえのない幸福に思われた。


「みんな、改めてありがとね。今回の『いつの日か青かったねと思い出す』のヒットは、誰一人欠けていても成し遂げられなかったと思う。ここまでうまくいったのは、間違いなく私たち全員の力もある。だから、私はみんなにそのことを誇ってほしい。みんなよく頑張ってくれたね」


 私たちは全員で頷く。個室に流れる空気は、確かな高揚感を帯びている。


 だけれど、それは出水さんが「ただ」と言葉を続けたことで、わずかに引き締まった。私たちは改めて出水さんに目を向ける。出水さんの表情にも、真剣な雰囲気が漂い始める。


「今回の『いつの日か青かったねと思い出す』の配給が全て完璧にいったとは、正直私は思ってない。それは興収ランキングで一位を獲ることができなかったこともそうだし、みんなそれぞれの仕事をする中で『もっとこうしたらよかった』って反省点もあったと思う。だから、次こそはその反省を生かしてより良い仕事ができるように、今度こそ興収ランキングで一位を獲ることができるように、頑張っていこう」


 私たちは今一度全員で頷く。自分の仕事が完璧だと思っていなかったのは、私も同じだ。もっと効果的なSNSの運用の仕方も、きっとあったことだろう。


 いくら『いつの日か青かったねと思い出す』を配給できたとはいえ、epoch makingは設立してから一年も経っていない。私たちはまだまだ駆け出しの会社なのだ。


「そして、これからの予定なんだけど、まずは来年の三月に、第二回の買い付け作品選定会議を行います。だから、みんなそれぞれ自分の仕事に忙しいとは思うんだけど、それでもその仕事と並行して、会議の日までに買い付けしたいと思う映画を見つけてほしいんだ」


 私たちは口々に頷く。いくら『いつの日か青かったねと思い出す』がヒットしたとはいえ、会社を続けていくためには、それだけでは足りないだろう。


 私たちは、また次の配給する作品を探す必要がある。それは私たちの誰もが、当たり前のように分かっていることだった。


「それに加えて『いつの日か青かったねと思い出す』に関連した仕事はこれからも続いてく。上映も、今日や明日で終わりじゃないしね。たとえSEIHOシネマズでの上映が終わったとしても、私は『いつの日か青かったねと思い出す』を、一日でも長く公開していたいって思うから。もちろん上映期間の終わりが見えてきたら、配信とかソフト化とかの二次利用も進めていかなきゃいけない。『いつの日か青かったねと思い出す』のために私たちができる仕事は、まだまだいくらでもある。だから、それも引き続き頑張っていこう。『いつの日か青かったねと思い出す』が興収ランキングで一位を獲ることができる可能性も、まだなくなったわけじゃないしね」


「はい!」私たちはそれぞれのタイミングで、再び頷く。


 出水さんの言う通りだ。『いつの日か青かったねと思い出す』は、まだ終わったわけじゃない。私たちにも、まだまだやるべき仕事はある。


 でも、それは私たちにとっては幸せなことには違いない。好きな映画のために働ける。これほど僥倖なことを、私は他に知らなかった。


 ノックして店員がドアを開ける。注文したお肉や料理が、私たちのテーブルに置かれる。どれもが見ているだけで美味しそうだ。


 そして、店員が去っていくと出水さんは「それじゃあ、みんな食べようか」と、私たちに呼びかける。私たちも、この日一番の高らかな声で頷く。


 網に載せられて、香ばしい音と匂いを立てるお肉。それをお酒とともに頬張る私たち。


 私は今、充実した時を過ごせている。そう私は、心の底から言うことができた。



(完)

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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます! 頑張った人が報われる、気持ちの良いお仕事小説でした。 ただ、気になるのは『いつの日か青かったねと思い出す』がSEIHOで上映される事になったために上映されなくなった映画の…
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