【第48話】シネマ・ロサ
電車に乗って帰る間も、そして家に着いてからも私はSNSで『いつの日か青かったねと思い出す』の感想を検索し続けた。特にエックスにはさらに数十件の感想が投稿されていて、幸いなことに好評が多数を占めていた。
「よかった」「面白かった」「また観たい」そんな言葉に触れる度に、私の胸は確かに満たされていく。さらには、新宿武蔵野館での舞台挨拶の感想や写真を上げてくれる人も何人もいて、舞台挨拶を実施した甲斐があったともひしひしと感じられる。
もちろん中には「あまりハマらなかった」という感想もあったけれど、私は数多くの好意的な感想に、リポストやいいね! をすることができていた。
すると『いつの日か青かったねと思い出す』の公式アカウントは、リポストされた好評で埋め尽くされる。それは私にとっては、何度でも眺めたくなるものだった。
公開初日で疲れていたはずなのに、私は高揚感になかなか寝つくことができず、でも朝起きたときにはあまり寝ていないとは思えないほど、頭も身体も調子が良かった。
昨日と同じく、朝の八時に予約していた「『いつの日か青かったねと思い出す』公開中です!」といったポストが投稿されていることを確認した私は、この日もさっそくオフィスに出勤する。
そして、午前中の業務を一一時半で切り上げると、私は一路池袋へと向かった。今日は池袋シネマ・ロサで上映される一二時からの回の後に、國武さんとプロデューサーである長谷川さんの舞台挨拶がある。
駅前の牛丼屋で昼食を済ませてから、私は一二時を少し過ぎた頃になって、池袋シネマ・ロサに到着する。階段を降りてバックヤードに向かう。
狭い通路をくぐり抜けると、その先のバックオフィスでは、支配人である矢口さんが待ってくれていた。私は「今日はよろしくお願いします」と挨拶をしてから、どれくらい観客が入っているのかを矢口さんに尋ねる。
矢口さんは「満席ですよ」と答えてくれて、ここでも二〇〇席ほどあるスクリーンを満席にできたことに、私は内心でガッツポーズをした。
國武さんと長谷川さんは、池袋シネマ・ロサに一三時になる前にやってきた。私はまず、この日の段取りを確認する前に、今日もスクリーンは満席となっていることを二人に伝える。國武さんは二日続けて「本当ですか?」と驚いていて、長谷川さんは深く頷いていた。
今日の段取りを確認すると、上映時間はもうすぐ終わる頃になる。二人は矢口さんに連れられて、舞台袖に向かう。池袋シネマ・ロサはステージの上にスクリーンがあるタイプの映画館で、舞台挨拶をするときは、登壇者はそのステージに上がることとなっていた。
上映が終わって劇場内に明かりがついたのは、事前に内藤さんに聞いていた予定時間ぴったりのことだった。まず内藤さんがステージに出ていき、この後舞台挨拶がある旨を改めて観客に伝える。
私も昨日と同じように、額に入ったポスターを持ってステージに出ていき、ポスタースタンドに立てかけた。そのときに一目見た限りでは、観客席は本当にどの席を見てみても観客が座っていて、文字通りの満員御礼状態だった。土曜日ということで、来やすかった人もいるのかもしれない。
昨日に引き続き満員の観客席を目にできて、私はより深い手ごたえを感じられた。今日来ている人たちは、多分ほとんどが映画が好きな人のはずで、そうした映画ファンの人たちの間で『いつの日か青かったねと思い出す』がはっきりと認知されていることが、私には嬉しくてたまらなかった。
それでも、登壇者ではない私が感慨に浸れるわけもなく、私はポスターを中央に立てかけると、そそくさとステージを後にする。
そして観客席の後方に入ると、準備が整ったのか「皆さん、お待たせしました」と言って、内藤さんは國武さんと長谷川さんを呼びこんでいた。
二人がステージに登場すると、観客席からは昨日と同じように暖かな拍手が送られる。それは内藤さんが促したからもあったけれど、今観た映画の印象が伝えられているかのようで、ステージに立たない私でさえ心地よく感じられた。
池袋シネマ・ロサでの舞台挨拶は、昨日と同じく三〇分ほどで終わった。それでも、短い時間に内容がぎゅっと濃縮されていて、写真を撮っていた私にも、充実した時間だったと感じられる。
國武さんは昨日とも共通していた部分はあったけれど、また違った内容を話していたし、長谷川さんの話にも私でさえ初めて耳にすることはいくつもあった。
観客にとっても、興味深かったりためになる話は多かったのだろう。劇場内にはしっかりと二人の話に耳を傾ける空気が生まれていたし、後半になって内藤さんが観客に質問を求めたときにもいくつもの手が挙がっていて、限られた時間ではその全員の質問を聞くことができなかったほどだ。
訊く人が違えば、当然質問の内容も違っていて、昨日とはまた違った進み方をした舞台挨拶に、私は新鮮さを感じる。
最後のフォトセッションでも、多くの人がスマートフォンやカメラを掲げて写真を撮ってくれていたし、その光景を見ると私は、今回の舞台挨拶も成功したと言っていいと思えた。
そして、舞台挨拶の空気やSNSやレビューサイトでの評判に手ごたえを感じながら迎えた、公開三日目。朝の九時を迎える頃、私は東京駅の新幹線の改札の前にいた。休日ともあって人の往来が多いなか、私はスマートフォンを見ながらしばし待ち続ける。
すると、少ししてから國武さんがやってきた。「今日もよろしくお願いします」と挨拶を交わして、私はさっそく國武さんに予約していた新幹線のチケットを渡す。受け取った國武さんは、背筋を伸ばしている。
國武さんは今日一人で、大阪にあるシネ・ヌーヴォと京都にある出町座で、立て続けに舞台挨拶を行うこととなっていた。
余裕を持って、東海道新幹線の下り列車に乗る。車内は日曜日ともあって満席だったけれど、私たちは二人分の指定席を取っていたから、何の問題もなく腰を下ろすことができた。
新幹線に乗っている間、私たちはお互いに軽く話したり、スマートフォンを見ながら時間を潰す。
私は國武さんに、昨日一日の興行成績を伝えた。土曜日ということで、観客動員数は増えて一五二六人。興行収入も、一二七万二一〇〇円を数えている。何より着席率は四三パーセントと、公開二日目にしては上々の数字だ。
國武さんも、その数字を前向きに受け止めたのだろう。「今日も楽しみですね」と言っていて、大阪と地元である京都での舞台挨拶に期待を抱いている様子が窺えた。
ここのところ連日働きづめで、今日もそれなりに朝早く起きたのにも関わらず、遠足当日の小学生みたいにワクワクしていた私は、二時間半の乗車時間の間一睡もしなかった。それは國武さんも同じだったようで、散発的に話していると、新幹線は新大阪駅に到着した。
新幹線を降りて、私はひとまず新大阪駅の駅名標をスマートフォンで撮影した。國武さんも先に行くことなく待っていて、私の行動に理解を示している。
新幹線のホームを降りた私たちは、そのまま駅の構内を歩いて地下鉄乗り場への階段を下る。
そして、地下鉄に乗車すると、私はすぐに再びスマートフォンを手に取った。エックスとインスタグラムに、『いつの日か青かったねと思い出す』の公式アカウントで先ほど撮影した駅名標の写真を添付して、大阪に到着したことを知らせる。「これからシネ・ヌーヴォでの舞台挨拶に向かいます!」と投稿すると、いいね! はすぐについて、その様子を見せると國武さんも頬を緩めていた。
新大阪駅から二〇分ほどかけて、私たちはシネ・ヌーヴォの最寄り駅である九条駅に到着していた。時刻は一二時を回ったところで、シネ・ヌーヴォでの舞台挨拶は一二時半からの上映回の予定だったから、私たちにはまだ時間に余裕があった。
だから、舞台挨拶の前に昼食を食べようということになって、せっかくなら大阪らしいものをと、私たちは駅前通りにあったお好み焼き屋に入る。
店内にソースが焦げるいい匂いがふんだんにするなか、カウンター席に腰を下ろした私たちは、豚玉やねぎ玉といった定番のメニューを注文した。この店は店員がお好み焼きを焼いてくれるタイプの店で、うまく焼ける自信がなかった私たちとしては助かる。
数分すると、店員が鉄板の上でお好み焼きを焼き始め、うまくひっくり返された焼き目を見たときには、私はつい感嘆の声を上げていた。
出来上がったお好み焼きを見て、私は再びスマートフォンで写真を撮る。「これもSNSに載せる用ですか?」と國武さんに訊かれて、私は「いえ、これはただの個人的な記念です」と答えた。
お好み焼きはたった二玉でも十分食べ応えのあるサイズで、満腹になった私たちは店を出ると、改めてシネ・ヌーヴォに向かった。
九条駅から歩くこと約五分。私たちは「映画館」「シネ・ヌーヴォ」と看板が置かれた建物の前に到着する。入り口の上に灰色の薔薇のレリーフが飾られたその佇まいは、間違いなくネットで確認したシネ・ヌーヴォの外観そのものだ。
軒先には上映中の映画のポスターが飾られていて、その中には間違いなく『いつの日か青かったねと思い出す』のものある。
私は入り口の横に國武さんを立たせて、再び写真を撮ってから、二人で中に入った。チケット売り場を過ぎると、廊下の壁にはいくつもの映画監督や俳優のサインが書かれているのが見える。その中には私が知っている名前もいくつかあって、國武さんのサインも同じように書かせてもらえるのだろうかと、思いを馳せる。
すると、支配人である坂下さんが私たちを出迎えてくれた。私たちも「今日はよろしくお願いします」と言いながら、坂下さんに今日の観客の入り具合を尋ねる。七〇席ほどあるスクリーンは満席となっているようで、私たちは目を合わせて喜び合った。
(続く)




