表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/69

24.義弟が、面倒な話を始めました

 昼食を終えた生徒たちは、教師の先導で学園の転移陣へと集まっていた。

 今回のフィールドワークの目的地は、精霊の泉群。

 王都から離れた谷あいに存在する、水の地脈が集中する場所だという。


 転移の光が視界を包み込む。

 次の瞬間、ひんやりとした空気が頬を撫でた。


「わぁ……!」


 あちこちから感嘆の声が上がる。

 私も思わず足を止めた。


 谷一帯に、大小さまざまな泉が点在している。

 透き通る水面は陽光を受けてきらきらと輝き、周囲には色とりどりの花々が咲いていた。

 泉と泉の間を細い水路が縫うように流れ、その全てがどこかで繋がっているのだとわかる。

 一面に広がる泉と花々は、まるで精霊たちの住処のようだった。


「綺麗ですわ……」


「まるで絵本の中みたい……」


 女子生徒たちが興奮した声を上げている。

 確かに美しい場所だった。


 けれど。

 私はその景色を眺めながらも、どこか遠く感じていた。

 胸の奥に引っかかったままのものが、まだ消えていない。


 視線が自然と動く。

 少し離れた場所、護衛役の教師たちに囲まれた籠の中で、リーヴがこちらを見ていた。

 いや……正確には、私と──グレンを。


 小さな手が籠の縁を握っている。

 落ち着かない様子で視線を行き来させるその姿に、胸がわずかに痛んだ。


 そのとき。

 グレンたちのグループが視界の端を横切った。

 ミアと並んで教師の説明を聞いている。


 以前と変わらないように見える。

 けれど、それが本当に変わっていないのかはわからなかった。


 グレンは一度だけリーヴへ視線を向けた。

 リーヴがぴくりと反応する。

 その瞬間だけ、グレンの目元が柔らいだように見えた。

 気のせいかもしれないと思うほど、ほんの一瞬だけ。

 だが、それだけだった。


 教師の声が響く。


「これより、水の地脈魔力を利用した調律工程を行う」


 生徒たちの視線が前へ集まった。


「精霊の泉群に存在する泉は、すべて同じ地脈に繋がっている。だが、含まれる魔力にはわずかな差がある」


 教師は周囲の泉を示した。


「各グループで適した泉を選びなさい」


 ざわり、と生徒たちが周囲を見回す。


「選んだ泉に四本の杖を浸し、水の地脈魔力を取り込む。まずは四本の杖を共鳴状態にしなさい。共鳴が安定したら、その状態のまま待機する」


 そこで教師は少し表情を引き締めた。


「地脈魔力が杖に馴染むまで時間がかかる。調律が終わるまで杖には触れないように」


 説明が終わると、生徒たちは思い思いに動き始める。

 私たちの合同グループも同じだった。

 ローレンス殿下が周囲を見回す。


「さて、どの泉にする?」


 その問いに答えるより早く、隣の女子生徒が一歩前へ出た。


「せっかくですし、少し奥まで見てみませんか?」


 そう言いながら、ちらりとローレンス殿下へ視線を向ける。

 その意図は、驚くほどわかりやすかった。

 だが、誰も反対することはなく、私たちの合同グループも、泉を探して谷の奥へと歩き出す。


「ノエリアさま」


 不意に声をかけられる。

 振り向くと、エミリオとペアを組んでいる女子生徒が微笑んでいた。


「何かしら」


「最近、殿下とあまりご一緒されませんのね」


 にこやかな口調だった。

 けれど、その瞳は私の反応をうかがっている。

 私は小さく首を傾げた。


「そうかしら」


「ええ。以前はもっと、お二人でいらっしゃることが多かったように思いましたので」


 なるほど。そういう話か。

 私は小さく息を吐く。


「学園では皆さまとご一緒ですもの。特に意識したことはないわ」


 そう答えると、女子生徒は一瞬だけ言葉に詰まった。

 もっと別の反応を期待していたのだろう。


「まあ……そうですわね」


 ぎこちなく笑う。

 その横で、エミリオが何とも言えない顔をしていた。

 助け船を出すように口を開く。


「そういう君だって、最近は殿下によく話しかけてるじゃないか」


「えっ」


 女子生徒が目を瞬かせる。


「せっかく同じグループなんだから、頑張ればいいと思うよ」


「な、何のことでしょう?」


 慌てて否定するが、女子生徒の顔が少し赤い。

 エミリオは楽しそうに笑う。


 私はその様子を横目で見ながら、そっと視線を逸らした。

 正直なところ、ローレンス殿下が誰と話していようと、今はどうでもよかった。


 気になってしまうのは、別のことだ。

 少し離れた場所を歩くグレンの姿が、視界の端に映る。

 それだけで胸の奥が重くなる。

 私は小さく息を吐いた。


 谷を進みながら、いくつもの泉を見て回る。

 どれも美しかった。

 澄み切った水面、陽光を受けて揺らめく光、周囲を彩る花々。

 けれど、教師の言った通り、近づいてみると微妙に違う。


 水面から立ち上る魔力の気配、空気に溶ける力の流れ。

 同じ地脈に繋がっていても、確かに個性があった。


「ここは少し強すぎるな」


 ローレンス殿下が泉を覗き込む。


「杖が弾かれそうですね」


 エミリオも同意するように頷いた。

 さらにしばらく歩く。

 谷の奥へ進むにつれ、人影もまばらになっていった。


 やがて、一つの泉の前で足が止まる。

 周囲を低い花々に囲まれた、小さな泉だった。

 水面は静かで、魔力の流れも穏やかだ。

 けれど弱すぎるわけではない。


「ここが良さそうかな」


 エミリオが呟く。

 ローレンス殿下も泉へ視線を向けたまま頷いた。


「そうだな。共鳴も安定しそうだ」


 異論はなかった。

 私たちは泉の縁へ腰を下ろす。

 四人それぞれが杖を取り出した。


「では始めよう」


 ローレンス殿下の掛け声で、全員が杖の先端を、そっと泉へ浸す。

 泉の冷気が杖を通して伝わってくる。

 次の瞬間、水面に淡い光が広がった。


 四本の杖が同時に魔力を取り込み始める。

 水面に浮かぶ光の輪が重なり合い、静かに共鳴していた。

 耳を澄ませば、かすかな音が聞こえるような気がする。

 地脈を流れる魔力の鼓動だ。


「うまく共鳴したようだな」


 ローレンス殿下が呟く。


「ええ。魔力が定着するまで時間がかかるから、杖には触れないように、とのことでしたわね」


 私も頷く。


 泉に浸された杖は、今も静かに光を放っている。

 すぐにやることがなくなる。


 見渡せば、他の生徒たちも似たような状況だった。

 泉の近くで談笑したり、景色を眺めたりしている。


「あの……殿下」


 そんな中、女子生徒が遠慮がちに声をかけた。

 ローレンス殿下が視線を向ける。


「何だ?」


「あちらに珍しい花が咲いているそうなんです」


 彼女は少し離れた場所を指差す。

 谷の斜面に色鮮やかな花々が咲いているのが見えた。


「よろしければ、ご一緒していただけませんか?」


 わかりやすい誘いだった。

 ローレンス殿下は一瞬だけ言葉を止める。


「離れるのは……」


 言いかけて、ちらりとこちらを見た。

 その意味を考える気にもならない。

 私は泉を眺めたまま、何も言わなかった。

 しばらくの沈黙の後、やがてローレンス殿下は小さく息を吐く。


「わかった。ただ、あまり離れないようにしよう」


「はい!」


 女子生徒の顔がぱっと明るくなる。

 立ち上がる際、こちらへ一瞬だけ視線が向けられた。

 どこか勝ち誇ったような表情。


 けれど、私は特に何も感じなかった。

 好きにすればいい。

 今はそんなことよりも……。


 無意識に視線が動く。

 遠く、別の泉のほとりにいるグレンの姿が見えた。


 その瞬間。


「……姉さま」


 隣から声がした。

 エミリオだった。

 いつもの軽い調子はない。


 私はゆっくりと視線を向ける。

 エミリオは、離れていくローレンス殿下たちを見送った後、こちらへ向き直った。


「少し、話そうか」


 その声に、私は嫌な予感を覚えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ