23.ヒロインに、図星を突かれました
グレンが公爵邸を出てから、数日が過ぎた。
学園で顔を合わせることはあっても、以前のように言葉を交わすことはない。
必要なやり取りはする。けれど、それ以上には踏み込まない。
どちらからともなく距離を取っているような、そんなぎこちなさが続いていた。
朝、目を覚ますと、リーヴがすぐそばにいた。
小さな体を抱き上げると、指先が服を掴む。
いつもより、ほんのわずかに強い力だった。
普段であれば、そのまま温室へ連れて行く。
だが今日はフィールドワークの日だ。管理の都合もあり、リーヴはそのまま学園へ連れていくことになっていた。
腕の中に収まったまま、リーヴは離れようとしなかった。
公爵邸を出るときも、そのまま静かに体を預けている。
以前なら、途中で興味を引かれるものがあればそちらに気を向けたり、誰かに手を伸ばしたりすることもあったのに、今日はほとんど動かない。
その重みが、わずかに違って感じられた。
学園へ向かう馬車の中でも同じだった。
小さな体を寄せたまま、ほとんど身じろぎもしない。
私は何度かその背を撫でながら、様子をうかがう。
──少し、元気がない。
光が消えているわけではない。
けれど、以前よりもわずかに弱い。
それでも、はっきりと異常と断じるほどではない。
ただ、どこか落ち着かない。
学園に到着すると、所定の場所で教師が待っていた。
「本日はお預かりします」
淡々とした確認に、私は頷く。
腕の中のリーヴが、わずかに身じろぎした。
そのまま、こちらにしがみつくように力を込める。
私は一瞬だけ迷ってから、そっとその体を差し出した。
引き離される瞬間、リーヴの指が服を掴む。
すぐに離れるが、その動きがやけに強く印象に残った。
教師の手に移ったあとも、リーヴは落ち着かない様子で視線をさまよわせている。
ほんの少し、こちらへ手を伸ばす。
けれど、それ以上は何もできないまま、静かに収まった。
──やっと、リーヴをグレンに会わせてあげられる。
フィールドワークが終われば、グレンとも顔を合わせることになる。
そうなれば、この落ち着かない様子も、少しは変わるはずだ。
そう思うのに。
胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。
うまくいくはずだと、頭ではわかっている。
それでも──どこか、そうならない気がしていた。
理由は、はっきりしない。
ただ、落ち着かない。
昼になっても、その落ち着かなさは消えなかった。
私は中庭のいつもの場所に腰を下ろし、静かに昼食を広げる。
これまではグレンと自然と一緒に取ることが多かったのに、今はそれもない。
木陰に差し込む光と、遠くから聞こえるざわめき。
変わらないはずの景色が、どこか少しだけ遠く感じられた。
向かいに座ったミアが、ちらりとこちらをうかがうように視線を向けてきた。
「……ノエリアさま、最近元気がありませんよね」
遠慮がちな口調だったが、はっきりとした指摘だった。
「そうかしら」
軽く返す。
けれど、自分でも否定しきれないことはわかっていた。
ミアは少しだけ唇を引き結び、それから思い切ったように言った。
「大人たちの都合で振り回されて……ひどいです」
はっきりとした、強い口調だった。
その言葉に、手がわずかに止まる。
「……エミリオさまから、少しだけお聞きしました」
ミアは続けて、そう付け加える。
──エミリオ。あの子は、余計なことを。
内心で小さくため息をつく。
そういえば、この子。
エミリオとも仲が良かったわね。
……あまりおすすめできる相手ではないのだけれど。
私は何も言わずに、視線を落とした。
ミアはそんなこちらを見つめたまま、言葉を続ける。
「グレンさまが、あんなふうに出て行くことになるなんて……納得できません」
まっすぐな怒りだった。
私は一度だけ息を整える。
「それは彼が選んだことよ」
淡々と返す。
感情を乗せないように、意識して。
ミアはすぐには言葉を返さなかった。
けれど、その表情は明らかに納得していない。
私は小さく視線を落とす。
……その気持ちは、私も同じだ。
けれど──。
「……単純な話ではないのよ。立場も、事情もあるわ。あなたが思っているほど──簡単ではないの」
言い切ると、ミアは一瞬だけ言葉を飲み込んだ。
それでも、引かない。
「それでいいんですか?」
ミアの声は低かった。責めるというより、確かめるような響き。
「ノエリアさまは、何もしないんですか?」
まっすぐに向けられる視線から、逃げ場はない。
私は一瞬、言葉を探す。
「……簡単な話ではないのよ」
口にしたのは、それだけだった。
けれど、ミアは引かなかった。
「それは、わかります。でも……グレンさまと一緒にいるときのノエリアさま、とても和らいだお顔をしていらっしゃって……」
ほんのわずか、言葉を探すように間を置く。
「ノエリアさまにとっても、グレンさまは特別な方……なんですよね?」
一瞬、言葉に詰まる。
返す言葉を探すように、思考が巡る。
──シュプラウト育成で、共にリーヴを育てたペアなのだから。
特別な相手であることは、当然だ。
そう言ってしまえばいい。
理屈で片づけてしまえばいいのに。
言えなかった。
それだけだと言い切れない。
言葉が続かなかった。
ちょうどそのとき、集合の合図が鳴る。
乾いた音が、場の空気を断ち切った。
──助かった、と思ってしまった。
私は視線を逸らし、そのまま立ち上がった。




