表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/67

23.ヒロインに、図星を突かれました

 グレンが公爵邸を出てから、数日が過ぎた。


 学園で顔を合わせることはあっても、以前のように言葉を交わすことはない。

 必要なやり取りはする。けれど、それ以上には踏み込まない。

 どちらからともなく距離を取っているような、そんなぎこちなさが続いていた。


 朝、目を覚ますと、リーヴがすぐそばにいた。


 小さな体を抱き上げると、指先が服を掴む。

 いつもより、ほんのわずかに強い力だった。


 普段であれば、そのまま温室へ連れて行く。

 だが今日はフィールドワークの日だ。管理の都合もあり、リーヴはそのまま学園へ連れていくことになっていた。


 腕の中に収まったまま、リーヴは離れようとしなかった。

 公爵邸を出るときも、そのまま静かに体を預けている。


 以前なら、途中で興味を引かれるものがあればそちらに気を向けたり、誰かに手を伸ばしたりすることもあったのに、今日はほとんど動かない。

 その重みが、わずかに違って感じられた。


 学園へ向かう馬車の中でも同じだった。

 小さな体を寄せたまま、ほとんど身じろぎもしない。

 私は何度かその背を撫でながら、様子をうかがう。


 ──少し、元気がない。


 光が消えているわけではない。

 けれど、以前よりもわずかに弱い。


 それでも、はっきりと異常と断じるほどではない。

 ただ、どこか落ち着かない。


 学園に到着すると、所定の場所で教師が待っていた。


「本日はお預かりします」


 淡々とした確認に、私は頷く。

 腕の中のリーヴが、わずかに身じろぎした。

 そのまま、こちらにしがみつくように力を込める。


 私は一瞬だけ迷ってから、そっとその体を差し出した。

 引き離される瞬間、リーヴの指が服を掴む。

 すぐに離れるが、その動きがやけに強く印象に残った。


 教師の手に移ったあとも、リーヴは落ち着かない様子で視線をさまよわせている。

 ほんの少し、こちらへ手を伸ばす。

 けれど、それ以上は何もできないまま、静かに収まった。


 ──やっと、リーヴをグレンに会わせてあげられる。


 フィールドワークが終われば、グレンとも顔を合わせることになる。

 そうなれば、この落ち着かない様子も、少しは変わるはずだ。


 そう思うのに。

 胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。


 うまくいくはずだと、頭ではわかっている。

 それでも──どこか、そうならない気がしていた。


 理由は、はっきりしない。

 ただ、落ち着かない。




 昼になっても、その落ち着かなさは消えなかった。

 私は中庭のいつもの場所に腰を下ろし、静かに昼食を広げる。

 これまではグレンと自然と一緒に取ることが多かったのに、今はそれもない。


 木陰に差し込む光と、遠くから聞こえるざわめき。

 変わらないはずの景色が、どこか少しだけ遠く感じられた。


 向かいに座ったミアが、ちらりとこちらをうかがうように視線を向けてきた。


「……ノエリアさま、最近元気がありませんよね」


 遠慮がちな口調だったが、はっきりとした指摘だった。


「そうかしら」


 軽く返す。

 けれど、自分でも否定しきれないことはわかっていた。


 ミアは少しだけ唇を引き結び、それから思い切ったように言った。


「大人たちの都合で振り回されて……ひどいです」


 はっきりとした、強い口調だった。

 その言葉に、手がわずかに止まる。


「……エミリオさまから、少しだけお聞きしました」


 ミアは続けて、そう付け加える。


 ──エミリオ。あの子は、余計なことを。

 内心で小さくため息をつく。


 そういえば、この子。

 エミリオとも仲が良かったわね。

 ……あまりおすすめできる相手ではないのだけれど。


 私は何も言わずに、視線を落とした。

 ミアはそんなこちらを見つめたまま、言葉を続ける。


「グレンさまが、あんなふうに出て行くことになるなんて……納得できません」


 まっすぐな怒りだった。

 私は一度だけ息を整える。


「それは彼が選んだことよ」


 淡々と返す。

 感情を乗せないように、意識して。


 ミアはすぐには言葉を返さなかった。

 けれど、その表情は明らかに納得していない。


 私は小さく視線を落とす。

 ……その気持ちは、私も同じだ。


 けれど──。


「……単純な話ではないのよ。立場も、事情もあるわ。あなたが思っているほど──簡単ではないの」


 言い切ると、ミアは一瞬だけ言葉を飲み込んだ。

 それでも、引かない。


「それでいいんですか?」


 ミアの声は低かった。責めるというより、確かめるような響き。


「ノエリアさまは、何もしないんですか?」


 まっすぐに向けられる視線から、逃げ場はない。

 私は一瞬、言葉を探す。


「……簡単な話ではないのよ」


 口にしたのは、それだけだった。

 けれど、ミアは引かなかった。


「それは、わかります。でも……グレンさまと一緒にいるときのノエリアさま、とても和らいだお顔をしていらっしゃって……」


 ほんのわずか、言葉を探すように間を置く。


「ノエリアさまにとっても、グレンさまは特別な方……なんですよね?」


 一瞬、言葉に詰まる。

 返す言葉を探すように、思考が巡る。


 ──シュプラウト育成で、共にリーヴを育てたペアなのだから。

 特別な相手であることは、当然だ。


 そう言ってしまえばいい。

 理屈で片づけてしまえばいいのに。


 言えなかった。

 それだけだと言い切れない。


 言葉が続かなかった。


 ちょうどそのとき、集合の合図が鳴る。

 乾いた音が、場の空気を断ち切った。


 ──助かった、と思ってしまった。

 私は視線を逸らし、そのまま立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ