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【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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21.その背に、手を伸ばすこともできなかった

 公爵邸へ戻る道すがら、リーヴはずっと腕の中に収まったままだった。

 歩調に合わせてわずかに揺れるたび、小さな手が服を掴み直す。


 離れる気配はない。


 グレンが隣を歩いているのに、そちらへ移ろうともしない。

 ただ静かに、私に体を預け続けている。


 屋敷の門をくぐると、見慣れた石畳と庭の景色が広がった。

 そのまま玄関へ向かおうとしたところで、控えていた使用人が一歩進み出る。


「ノエリアさま。長老さまがお待ちです」


 その言葉に、私は足を止めた。

 案内されるままに応接の間へ入ると、すでに長老が席についていた。

 年季の入った椅子にゆったりと腰掛け、こちらを見る目は相変わらず鋭い。


「お戻りでしたか、ノエリアさま」


 形式ばった一礼を受け、私は軽く頷く。


「ただいま戻りましたわ」


 グレンも一歩下がった位置で静かに頭を下げた。


 長老の視線が、まず私へ向けられ、それからゆっくりとグレンへ移る。

 最後に、腕の中のリーヴへと落ちた。

 ほんのわずかに、眉が動く。


「さて」


 ゆったりとした口調で、長老が口を開いた。


「グレン殿が公爵邸に滞在しておられる理由は、紅魔病の病後経過の観察、それに過去に例のないシュプラウトの実体化の観察──そのように伺っております」


 確認するような言い方だったが、その目はすでに結論を見据えている。


「ええ、その通りですわ」


 私は短く答える。

 長老は一度だけ頷き、それから静かに続けた。


「しかしながら……紅魔病の経過観察につきましては、すでに必要ないのではございませんかな」


 わずかに視線を細める。


「二度の発症からの回復は確かに稀有な例ではありますが、現状を見るに、特段の異常は見受けられませぬ」


 そのまま、今度はリーヴへと視線を向ける。


「それに──シュプラウトのほうも、もはや彼を必要としているようには見えませぬな」


 もはや、彼をここに置いておく理由はない──そう言わんばかりの声音だった。

 私は無言のまま、リーヴを抱き直す。

 長老はその様子を見て、わずかに口元を歪めた。


「ご覧の通り。ノエリアさまに張り付いたままで、離れようともいたしませぬ」


 静かに、しかし確実に結論を示すように言い切る。

 室内に、わずかな緊張が落ちた。

 私は一度、息を整えてから口を開いた。


「二回目の紅魔病発症からの生還は、これまでに例のないものです。現状が安定しているように見えても、まだ経過観察の必要があると判断していますわ」


 長老の視線を正面から受け止める。


「それに……リーヴも、今日は特別な反応を見せました。魔物との接触を受けて、明らかに様子が変わっております。これは一時的な反応と考えるのが自然です。ですから、もう少し様子を見るべきかと思いますわ」


 言い切ると、長老はわずかに目を細めた。


「なるほど」


 短く相槌を打つが、納得した様子はない。

 そのまま、ゆったりとした動作で背もたれに身を預ける。


「しかしながら──」


 声音が一段低くなる。


「彼の実家、ベルマー子爵家が、少々勘違いをしておりましてな」


 空気がわずかに変わる。

 長老は視線をグレンへ向けず、あくまで私に向けたまま言葉を続けた。


「ノエリアさまの婿として、いずれ次期公爵の座に就けると考えているようでして」


 淡々とした口調だったが、その内容は軽くはない。


「そうなれば、当然ながら監督する者が必要になる。ベルマー子爵自らが後見人として実権を握るつもりのようですな」


 一拍置いて、わずかに口元を歪める。


「常識知らずも、ここに極まれり、ですな」


 静かに落とされた言葉が、室内に重く残る。

 隣で、グレンの気配がわずかに揺れた。


「……父が、そんなことを」


 低く押し出された声だった。

 否定しきれない響きが混じる。

 驚きだけではない。

 どこか、覚悟していたものが現実になったとでもいうような、静かな受け止め方。


 長老はその反応を一瞥し、わずかに頷く。


「家を狙う者を置いておくわけにはいきませんな」


 言い切る声音に、迷いはない。

 その言葉に、グレンは一瞬だけ視線を落とした。

 そして、静かに顔を上げる。


「……ここにいることで、あなたの立場を危うくするのであれば」


 その声は、驚くほど落ち着いていた。


「僕は、ここにいるべきではありません」


 はっきりと、そう言い切る。

 それは、誰かに言わされたものではない。

 自分で選び取った言葉だった。


「勝手に決めないで。……それでいいなんて、思っていないでしょう?」


 思わず、言葉がこぼれていた。

 問いかけたつもりだったのに、その響きはどこか、引き留めるような色を帯びている。


 グレンはわずかに目を伏せた。


「ですが、ノエリアさまは次期公爵となられる方です」


 静かな声だった。

 けれど、その言葉は揺るがない。


「弱みを作ってはなりません。僕が出て行けばよいだけです」


 一切の逡巡を感じさせない言い方だった。


「大丈夫です。学園でもお会いできますし、リーヴの様子も、そちらで見せていただけますから」


 淡々と、事実を並べるように続ける。

 そこには、感情を差し挟む余地がなかった。


「やはり優秀でいらっしゃる。……ご自身の立場をよく理解しておられる」


 長老が満足げに頷く。

 その声が、やけに遠く聞こえた。


 引き留めたい。

 その思いだけは、はっきりとあるのに。

 けれど──そのための言葉が、見つからない。


「……すぐに、出ます」


 グレンはそれだけ言って、踵を返した。

 迷いのない足取りだった。

 その背が、離れていく。


 そのときだった。

 これまでずっと私にしがみついていたリーヴが、ふいに体を起こす。

 小さな手が、空を掴むように伸びた。


 そして──グレンの背へと、その手が向けられる。

 まるで、引き留めるように。

 けれど、その距離は埋まらない。

 指先は、何にも触れないまま空を切った。

 それでも、その手はしばらく下ろされなかった。


 ——私は、手を伸ばすことさえできなかった。

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― 新着の感想 ―
家を思っているのかそれともただ隠したいの家の者が気に食わない長老は老害でしかないのか?
いい加減長老がうざったすぎて。決着つけてほしい それはそれとしてグレンの親は制裁で良い
グレンの親と長老を〆よう。今すぐに。
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