帰ろっか。
「あのさ、私の家来る?」
身体より言葉が先走ったようにそう言った。そう言ってしまったの方が正しいのかも。
我ながら突拍子が無さすぎること言ったからか、秋人も結構戸惑ってた。
「え、いや、そんな迷惑ですし。」
「でも私萬田くんの身体が心配だよ。」
「いや、でもそんな申し訳ないですから。」
「けど、身体壊したらとか思うとさ…」
「……でも、天音さんには迷惑かけられないです。」
そんな押し問答を続けていたけど、どうしても押し切られてしまった。どうにか力になりたかったけど、秋人の謙虚さを押し切って家に呼ぶのもなんだか違うような気もしてきた。もしかしたらお節介なんじゃないかって。
「萬田くんまだトラウマが残ってたんですかね。家庭の事情で家も出た訳ですし。」
「そうだと良いんだけどね。その時の私はさ、会って間もないのにそんなこと言って引かれたかなって、ずっと一人で反省してたからさ。」
天音さんが弱音を吐いているのが珍しかっただけに、その分萬田くんのことを想ってたんだなって心の中で少し呟いた。
______その日の帰り道。どうにかいつものように話そうと頑張ったけど、暗い顔をしている秋人にそんなテンションで話せる自信が無かった。
「天音さん。」
「ん、え?どうした?」
「大丈夫っすよ。俺。どうにかするんで。」
初めて秋人が名前を呼んで話しかけてくれた。
絶対大丈夫な訳ないのに。それでも私を安心させようとしてくれるのが、なんだか胸に引っかかった。
「ありがと、送ってくれて。」
「いえ、いつもの事なんで。」
そう言うと秋人は振り返って背を向けて歩きだした。
一歩ずつ進む度に喉の奥がムズムズした。このまま帰らせたら、きっとまた後悔する気がした。ハイヒールで足元がおぼつかないまま、気づいたら走っていた。
「萬田くん、ちょっと待って!」
「え?」
私は財布を出して、中からレシートを1枚取り出した。そのまま流れるようにカバンの中からボールペンを探して、レシートに書き込んだ。
「これさ、私の電話番号。マジでキツくなったらさ、すぐ連絡して。ね。」
秋人の右手を引っ張ってちょっと無理やりレシートを握らせた。お節介だと思われても仕方ないと思いながら、嫌われてもいいと思いながらどうにかしてやったことだった。
顔を見上げると、秋人はクスクスと笑っていた。クシャッと崩れた笑顔を見た時、肩の荷がスっと降りて軽くなったような気がした。状況は何も解決してなかったけど。
秋人は礼を言うと、手を振って帰った。心做しか少し元気そうだった。私の思い込みかもしれないけど。
電話がかかってきたのは、それから3週間後だった。
BLUEwideが改装工事で1週間休みを取っていた6月の中旬頃。ここ最近雨が降り続いていて、昼頃に止んだと思えば夜には勢いを増して降りしきっていた。
友達と遊んでいた帰りに薬局に行ってボディソープを買った。店を出ると雨の勢いは収まらずに傘に打ち付けられる音が強くなっていた。
家に戻って上着に付いた雨水を軽く払って、部屋のソファに身体を預けた。夕食の準備をしようと立ち上がろうとした時、スマホが震えた。
身に覚えのない番号からの電話で戸惑ったけど、思いきって電話に出た。あのレシートが、本当に使われるとは思っていなかった。
「はい、もしもし」
「萬田です。今大丈夫でした…?」
「あ、萬田くん!? うん、大丈夫だよ。」
電話の相手は秋人だった。仕事で会ってなかったし、久々に声を聞いたのもあってかなり驚いた。
「あの………」
「…ん?どうした?大丈夫?」
「……ごめんなさい。助けてください……。」
電話先の秋人の声は弱々しくて震えてるように聞こえた。秋人の声よりも雨粒の落ちる音がよく聞こえた。
「大丈夫!?今、迎えに行くよ。どこにいるの?」
「あ…天音さんの家の近くの公園に……」
「わかった。すぐ行くね。」
さっき脱いでソファの背もたれにかけた上着をすぐに着て、冬用のコートを1枚クローゼットから出した。
大急ぎで荷物を持って家を出て、傘を開いて走った。
エントランスを出て足元が悪い中公園に急いだ。水溜まりを踏みながらも、何とか公園に着いた。パッと探すと、秋人が見つからなかった。
さっきの声の感じからして、相当寒がっていたはず。暗がりによって見当たらない所まで探すと、入った真反対のベンチに秋人が居た。
「萬田くん!大丈夫!?」
「あ……天音さん…。」
秋人はいつものシャツと長ズボンに薄いパーカー1枚だけ羽織って傘を差しながら震えていた。急いで秋人の所に行くと傘を雑に地面に投げ捨てるように置いて、コートをバサッと着せた。
「大丈夫…?寒かったでしょ?そんな薄着で…」
「パーカーしか…買える金がなくて…」
それを聞いて胸がきゅうっと締められた感覚になって、気がついたら秋人を抱きしめていた。もうなんとなく秋人を好きになっていたのもあるかもしれないけど、とにかく寒さを紛らわせるための咄嗟の判断だった。
「天音さん……」
「……あっ、ごめんね、その…」
「いえ……俺こそ、ご迷惑かけちゃって…」
言葉に詰まってしまって気まずい時間が流れてしまった。その間も雨は強く傘に打ち付けられていた。
「…帰ろっか。」
「……はい。」
雨が降りしきる中、看病をしているかのように体をさすりながら家へと帰った。
街灯の照らす明かりが、じんわりと暖かく感じた。




