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もしかしてさ

天音さんについて行くと、駅ビルにある喫茶店に入った。ウェイターの男性が案内する席は窓際のソファ席だった。紫黒色の皮で出来た一人掛けのソファに腰を下ろすと向かい合った席に天音さんがショルダーバッグを置いてから腰掛けた。


天音さんはメニュー表を取ると、俺に何が飲みたいか尋ねながら開かれたメニューを指でなぞるように注文を決めていた。少しすると、ウェイターがやってきて、俺のブラックコーヒーと彼女の前にアイスティーを差し出した。


「橋宮くんさ、仕事慣れた?」

「まぁ、ぼちぼちっすね。まだペーペーです。」

天音さんはそれを聞くと楽しそうに話してくれて、店長に関する話とか、苦手な客のことについて饒舌に話して、終わるとアイスティーを飲んだ。


「涼香最近どう?」

「んー、いつも通りだと思うっすけどね。」

急になんでその質問なんだろう。思わずコーヒーを吹き出しそうになった。この焦りようを気づかれてないといいけど。


「天音さんって、涼香さんと話さないんですか?」

「いやぁ、涼香が店入ってきて2年くらいは遊んだりしたんだけどね。最近はあんまりかなぁ。たまに話すけど。」

髪をかきあげながら話していると、天音さんが悔しそうな顔で話し続けた。


「あのさ、彼氏の話聞いた?」


手が止まった。一瞬だったけど、バチッと時が止まった感覚になった。


「えっと…車持ってる人ですよね。」

「そうそう、確か去年くらいから付き合ってる人っぽいんだけどさ、その人が店来てからそっち行っちゃったんだよね。」


やっぱり元は客だったんだ。


「なんか有名な会社の役員の人らしいんだけどね、他のキャストの子にも馴れ馴れしくするし、店前に車停めて涼香のこと待ってるしでさぁ、嫌いなんだよね。ぶっちゃけ。」


かなり饒舌に喋る天音さんに共感も感じつつ、その勢いに圧倒された。


「まぁでもさ。涼香ってそういう男好きそうじゃん。」


天音さんはストローをくるくる回しながら言った。

グラスの中の氷がゆっくり回って、カラン、と小さく音を立てた。


思わず視線がテーブルに落ちた。ブラックコーヒーの表面に、店の照明がぼんやり映っている。


やっぱああいう男が好きなんだ。あの人は俺よりもハイスペックだろうし、単純な見た目とかで見ても普通ならあの人を取るに違いない。


別れた話を涼香さんから聞いた時から、どうしても脳裏から「復縁」という不安が消えずにいた。彼女から復縁の話を聞いてしまったら、俺はどうなるんだろう。


彼氏がいることが分かった時あんなに活力や気力を手放したのに、またあの景色を目に焼き付けられたらどうなってしまうのか。



「橋宮くん?どした?」

「あぁ、いえ、すみません。ちょっとぼーっとしちゃって。」


思わず考えて込んでいたら天音さんとの会話がうわのそらになってしまった。見上げて目が合った天音さんの顔は疑わしいような表情でこちらを見ていた。


けれどその表情は俺がそう言うとニヤリとした表情に変わった。嫌な予感がした。そう思った途端に天音さんが口を開いた。


「橋宮くんさ、涼香のこと好きっしょ。」


心臓が変な跳ね方をした。必死に誤魔化すしかないけど、言葉が引っかかって出てこない。


「いや、そんなことないっすけど。」


言ったあとですぐ分かった。絶対バレてる。天音さんがさっきよりも笑った。怒ってる訳でも、からかってる訳でもない。ただ、分かってる顔だった。


「分かりやすいなぁ。前から何となく分かってたけどさ。」

「そんなバレてたんすか、」


天音さんはストローを外して、グラスをそのまま持ち上げた。


「まぁ私も結構長いからね。そんな場面は何回も見てきたよ。」


それを聞いてなんだか小っ恥ずかしくて仕方なかった。バレバレなのに誤魔化していたその姿はさぞ滑稽だったろう。


「…まぁ、そうですね。」


今更遅いだろうけど重い口を開いて認めた。倉科涼香が好きだということを。


「やっぱね、まぁ全然いいと思うよ。そりゃあんな子と一緒にいれば無理ないよね。」


天音さんは髪を結び直しながらさっきよりも柔らかい笑顔でそう言ってくれた。ちょっと救われた感じがあった。


「まぁでもあの男いるってなると複雑だよね。涼香もそう簡単に別れないかもだしなぁ。」

「あの、その事なんですけど…」


俺は天音さんに先日のことを全て話した。涼香さんが彼氏と別れたこと。自分の家まで送ることになったこと。


話終わると天音さんは分かりやすいほどにテンションが高くなっていた。


「マジで!?橋宮くんやるじゃん!」

「まぁなんかたまたまみたいな感じでしたけど。」

「いやでも電話来てんのはめっちゃアツくない?もしかしたらあと一押しかもよ?」


あと一押し。そんな簡単な話なのだろうか。この邪な気持ちでモヤがかかった恋心はそんな感じで叶っていいのだろうか。


天音さんはその勢いでアイスティーを飲み干した。そしてしきりにまたニヤニヤとこちらを見てきた。


「もしかしてさ……した?」


何を言ってるんだこの人は。思わずコーヒーを少し吹き出した。今回は確実に吹き出した。


「いやしてないっすよ!まじで。」


吹き出したコーヒーと必死の弁解に天音さんは爆笑していた。まるで学生の恋バナを聞いているようだった。


「えぇ〜そこまで行ったならしちゃえば良かったのに。多分涼香もそんなテンションなら意外と乗り気だったかもよ?」

「いやいや、流石に無理っすよ。というか店のルール的にも、それは。」


窓の外を見るともう夕方だった。駅前の人通りが少しずつ増えてきている。


「なんか橋宮くん変なとこ真面目だね。」

「なんすかそれ。別に真面目もなにもないっすよ。」

「ふーん…」


天音さんの顔が神妙になった。さっきまでの表情とはまるで違う。そんな顔だった。


「ん?どうかしました?」

「いやぁ、この流れで言うのもなんかなぁ〜」

「何がですか、教えてくださいよ。」


そこまで焦らされると逆に気になってしまった。その反面少し不安もあった。次はどんな突拍子もないことを言われるのかという不安が。


「私普通に付き合ってるよ。」

「付き合ってるって…誰と…?」


「秋人と。」


萬田くんと天音さんは、そういう関係だった。


言葉にならない不安は想像を遥かに越えていった。


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