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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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レーダー(2/2)

この章は全部IF歴史です。ただアンテナとマグネトロンが一番進んでいたのが日本でした(正史)。

1941年04月伊藤は独潜水艦基地ロリアンを見学する。

射撃制御レーダーウルツブルグ(Würzburg)を見る事が出来た。


このレーダーのマイクロ波マグネトロンは1.25Ghzである。

伊藤は知る由もなかったが、日本の岡部は10Ghzを研究していた。


日本は高出力/高解像度のマグネトロンで世界最先端だったのだ。

「灯台もと暗し」と言うが、これはあんまりであった。


独製レーダーは103mm高射砲と連動して照準も半自動であった。

ただしアジマスとエレベーションはハンドル操作だった。


そこにはGFCS(GunFireControlSystem)砲射撃指揮装置の萌芽があった。

世界はスゴイ速度で革新と進化を続けていた。


帰国後、伊藤は八木秀次、宇田新太郎、岡部金治郎に謝罪した。

もうちょっとで技術の逆輸入になるところだったのだ。


八木「もう少し国内電子工学も見直して欲しいものだ」

宇田「電波技術は決して外国に引けは取らないつもりだ」

岡部「マイクロ波マグネトロンは温め器にも使えるぞ」


さっそく実際の技術者たちの研究が始まった。

レーダーと射撃管制システムの開発が急がれた。


ちなみにウルツブルグは佐竹式ウルツブルグとしてデッドコピーされた。

後日、東京都久我山で五式十五糎高射砲とともに防空の任に就いている。


最初のレーダーは18トンもある大型のものだ。

要地用レーダーなのでいくら大きくても問題は無い。


伊藤「これでは艦載用にはちょっとな」

レーダー波の長さを半分にすれば、大きさは半分になる。


波長を1.5mまで下げて、重さを4トンまで小さくした。

これは真珠湾にあったSCR-270相当のレーダーであった。


1941年12月08日真珠湾攻撃勃発。

日本側レーダーは艦載に至っていない。


1942年04月ドーリットル空襲が起こる。

千葉勝浦と神奈川衣笠のレーダーサイトは探知できなかった。


低空飛行の敵機を海面反射がジャマして識別出来ない。

ドップラー効果(移動による周波数変化)を使えば探知は可能だ。


だがまだそこまでの技術の追求がなされていない。

解決すべき困難は多く、まだまだ山積みであった。


これを危惧していた海軍正規空母蒼龍の艦長がいた。

海軍軍備計画の主務課長だった柳本柳作(やなぎもとりゅうさく)である。


柳本艦長「これは将来大変な事になる」

陸軍との固執はあれど、それに拘っている場合ではない。


測距儀で敵を探査する時代は終わろうとしていた。

横須賀に帰港した蒼龍の柳本艦長は井上中将に直談判した。


柳本「今はレーダーの時代です」

ドーリットルによる帝都空襲の衝撃は大きい。


5月には海軍によるポートモレスビー攻略がある。

珊瑚海では敵航空戦力との会敵も充分考えられた。


第四艦隊司令長官井上成美中将はレーダーに理解があった。

井上「よろしい、だが蒼龍だけだぞ」


柳本「ミッドウェー海戦まで3ヶ月しかない」

ドンドンカンカン、24時間突貫工事だ。


1942年04月横須賀にて、空母蒼龍にレーダーを搭載。

柳本「海軍艦艇全てにレーダーを艦載できればなあ」


海軍軍備計画の主務課長だった柳本は苦悩していた。


レーダーは陸軍技官が空母蒼龍の艦橋に乗り込んで艤装した。

目立たぬよう造船所下請けの作業服を着ての作業である。


それでも陸軍主導の大改装に海軍重鎮は眉をしかめた。

そのため蒼龍は第二航空戦隊の旗艦から外されている。


だがその色目も5月の珊瑚海海戦で変わる。

米軍は水上レーダーを使ってきたのだった。


日本軍側は攻撃を待ち伏せされ心底驚いてしまった。

迎撃は日本機の優勢な性能と初期電探運用の未熟さゆえ失敗した。


だがもはや有視界で攻撃、迎撃する時代は過ぎ去ろうとしていた。

これからは艦隊相まみえる事なく、航空機が勝敗を左右するのだ。


海戦中は電探装備はまだ工事中だった。

戦闘中も配線工事、回路引き回しが行われていた。


蒼龍のレーダー艤装は珊瑚海海戦に間に合わなかった。

柳本「レーダーさえあれば」


こういう経緯で、日本海軍はとうとうレーダーを採用した。

その1号機が蒼龍のレーダーになる。


スコープのCRT(陰極線管)も大幅に改造された。

最初はAスコープといって波形を見るタイプだった。


平坦な波形の尖った部分が探知された目標である。

だがこれだと距離と方向を電測士が計算しなければならない。


計算結果によって白地図上に点をプロットする必要があった。

これを組み合わせてようやく距離と方向が分かるのだ。


レーダー以外の作業が多すぎて、時間を取られすぎていた。

そこでマイクロ波レーダーと高利得パラボラアンテナが開発された。


マイクロ波には高出力マグネトロンが必要だ。

分割陽極型マグネトロンというヤツである。


東北大の岡部金治郎教授の発明だ。

彼はさらに強力なマグネトロンを研究していた。


分割を増やし、共鳴効果を応用した多分割共鳴空洞マグネトロンだ。

あまりに強力で放熱に強制水冷方式を用いている。


このシステムは電動で360度回転し続ける。

方向と距離が光点でCRTに表示された。


これがPPI(Plan Position Indicator)スコープで、現在の形と同形状だ。

日本が発明した強力マグネトロンとアンテナがついに実用化された。


空母蒼龍艦長柳本柳作「われわれ海軍もレーダーを遂に手に入れたぞ」

海軍軍備計画の主務課長だった彼の一声が古色歴然の海軍を変えたのだ。


空母蒼龍は電子武装化された最新空母となった。

対空レーダー、洋上レーダー、火器管制レーダーの3つを積載している。


柳本「早期警戒管制装置を偵察機に積んではどうか」

当時700kgあったレーダー装置をポッド化して懸架できるようにした。


海軍偵察機に積んだのも彼だ。

山名正夫海軍技術中佐「ウチの試作機を使って下さい」


そこで試作機に試作レーダーを搭載する事になった。

まさに実戦研究機というとんでもないシロモノだ。


また電子化された蒼龍の外観も異様なモノに仕上がっていた。


針の山のように電子機器が乗っかった艦橋、

これは「花魁(おいらん)かんざし」と呼ばれた。


5m測距儀(有効距離15km)の上に洋上レーダーが乗っかった。

洋上レーダーは探索性能が有効距離100kmもあった。


地球の水平線の向こうは約45kmなので、それ以上は必要ない。

艦船のレーダーとしては少々過剰性能だ。


だがこれは航空機積載を見越しての性能であった。

対空レーダーは有効距離30km、火器管制レーダーは有効距離10kmだ。


洋上レーダーは自然現象の波頭や雨や雲を消去するフィルターがある。

ドップラーシフト回路という優れものだった。


これだけの電子機器の真空管の放熱は異常な暑さとなった。

そのためアンモニア循環の熱交換器(冷却器)が備え付けられていた。


電探室は艦橋直下の薄暗い部屋である。

室内はグリーンディスプレイのほのかな蛍光色が異様な雰囲気であった。


そして隣室には戦闘指揮所(CIC)があった。

いままで艦橋で白地図を広げていた作戦指揮はこちらで行う。


そのため蒼龍の艦橋は従来より一室分長くなっている。

これは英米軍の防空戦闘指揮所のパクリであった。


一方、米国は駆逐艦から空母までCIC化していた。


英国はCIC(戦闘指揮所)をまず地上で運用していた。

地上要撃管制(GIC)システムを地下防空戦闘指揮所で運用。


各地のレーダー情報をまとめて地図卓上の駒として把握した。

敵味方の位置はリアルタイムで分かり、最短で要撃指示が出せた。


これらはフィルター・ルーム・コンセプトと呼ばれている。

米軍も直ちにこのシステムを導入し、洋上で展開した。


1940年8月にはこのシステムは既に出来上がっていた。

艦橋の海図室の一部に戦闘指揮所(CIC)が設けられた。


艦長はレーダーを見ながらオペレーターと直に会話していた。

その情報は艦長によって船内電話で砲術長・水雷長に伝えられた。


CICでの情報伝達はまだ伝声と紙と鉛筆、計算は計算尺だ。

だが艦長の戦闘指揮は確実に拡大されていた。


日本のCICはそれに武器管制システム(WDS)が加わっていた。

<WDS;Weapon Direction Systemの略>


まだコンピューターはないのでオペレーターが手動でやる。

レーダー目標の脅威判定を行い、最適の迎撃方法を選択する。


速度/方位/高度を計算尺で計算し、未来位置を予測。

弾道学の関数系は立体カム歯車計算機による。


モーターと歯車がが唸りを上げて計算し、計算結果をはじき出す。

そこへ最適火砲の十字砲火を集中するのだ。


訓練の結果、敵機12機が限界、20機で飽和してしまった。

手動では上限があり、一刻も早い電子計算機の実現が待たれた。


もはや有視界航行に必要な艦橋にCICを置く必要はなくなった。

レーダーの光点だけで脅威度と最適攻撃の判定を下すためだ。


真っ暗で光沢の反射の無い無照明の部屋が望ましい。

このためCICは艦橋の下、安全な船体内部に置かれるようになる。


とうとう日本はギリギリのところで追い付いたのだ。

レーダーをフル装備した怪物空母蒼龍。しかし歴史の激流には勝てず……。次回はアシカ作戦(1/4)です

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