金星ゼロ戦(2/3)
この章はほぼ正史どおりです。「金星にしないか」と言ったのも正史です。
結局、長大な航続距離を航空機は強いられる事となった。
出来るだけ軽い機体の為に重たい装甲は出来ない。
「被弾したら防弾も無く、紙のように燃え落ちるだろう」
アルミでなくチタンという選択肢ならあることはある。
アルミ比重2.7、チタン比重4.5、鉄比重7.8であるから有望だ。
だがコスト面で釣り合わないので現実的ではない。
余りのムチャぶりに中島飛行機は途中で辞退してしまった。
こうして済し崩し式に三菱が受注する事となった。
この艦上戦闘機案が後のゼロ戦であった。
ゼロ戦はこうして三菱単独開発となった。
この機体に乗せるのは栄エンジンであった。
こちらは海軍の希望で中島飛行機謹製である。
三菱には金星エンジンがあったが爆撃機用だった。
海軍はより小型の栄エンジンに白羽の矢を立てたのだ。
1938年01月に開かれた官民研究会は紛糾した。
支那事変を体験した第二連合航空隊航空参謀源田実少佐。
彼は航続距離と格闘性能の強化を訴えていた。
前述の通り要求は至極もっともな内容だ。
1938年04月説明審議会はさらに紛糾した。
堀越二郎は格闘力、速度、航続距離の選択を迫った。
どれかひとつ削って、三つに二つである。
だがやはり結論は平行線であった。
源田実「それなら格闘性能の為に他は犠牲にしてかまわない」
柴田武雄「航続距離と速力だ、格闘性能は技量を磨いて補う」
源田「なにを!」
柴田「なにか!」
堀越「まあまあ現場の意見も聞いてみなくては」
前線の第12空の三木森彦からはこんな意見も出ている。
三木「速力・航続距離よりも格闘性能、機銃は小口径、機体の大型化には反対」
まとめてみれば、つまりこういう事であった。
①機体は紙のように軽く軽快である
②小さいエンジンで高出力高馬力
③どこまでも飛べる遠達能力
まるで魔法の絨毯かなにかが出てくると思っているのだろうか?
会議で意見を丸呑みした堀越の設計の苦悩の日々が始まった。
まず空中分解するほどまで、機体を軽量化する。
そうすると格闘戦では機体に捩り応力が発生する。
それは機体のシワになって現れる。
そこから機体が破断するのだ。
それを防ぐには桁材や梁を増やせば良い。
だがそれでは重量が増加してしまう。
あっちをいじればこっちがダメになる。
かといって、補綴すれば、あっちが破れる。
小さいエンジンで大出力にも限界がある。
燃焼室を大きくエンジンを小さくすると壁厚が薄くなる。
エンジン回転を上げるとエンジン燃焼室が過熱する。
過熱を逃がすため放熱板を薄く数を増やす事になる。
とうとう図面では出来るが、加工は無理な製造図となった。
金型低圧鋳造法(ブルーノ式)という方法で放熱板を鋳造する。
鋳型が少し冷めたなと判断して、さっと鋳型を外す高等技術だ。
ただどうしても設計図の極細のフィンが鋳込めないでいた。
試作品は職工が技巧の粋を極めて仕上げるので上手く行くものだ。
だが量産は素人の女工さんや学生さんの手によるものだ。
そんな技術の粋を凝らした設計で素人が製造できる訳がなかった。
だが求められるスペックはその設計通りでなければクリアー出来ない。
堀越「どうして、どうして?」
「ああああああああああああ」
バンバンバンバンッ!
製図用に特化された製図台を自棄になって叩く堀越。
その苦悶する後ろ姿を見ている一人の技術者がいた。
日本海軍の航空技術廠発動機部の永野治技術中佐だ。
ある日彼はとうとう切り出した。
「ゼロ戦に金星エンジンを搭載しないか」
1935年三菱の「金星」に対抗して、中島は「栄」を設計していた。
1937年三菱は試作機にずっと金星を薦めてきた経緯がある。
金星は爆撃機用のエンジンで馬力がある分デカくて重い。
栄は金星に比べボア径10mm減、重量10kg減の小型化に成功した。
これにより栄は技術抗争に勝ち、海軍陸軍での制式採用が決定した。
その栄を捨て、金星一辺倒にしようというのだ。
汚い独占抗争か?
いやそうではない。
栄エンジンは究極のエンジンだった。
設計はこれ以上無いほど切り詰められていた。
要求があまりに高精度で生産技術が追い付かない。
大量生産となれば下請けは「孫請け・ひ孫請け」に及ぶ。
精密加工を要する芸術品のような細密加工は無理だった。
さらに栄は究極の小型化の為に拡張性はゼロであった。
三菱の堀越二郎自身がそれをよく知っていた。
今も製図机の前で悩んでいたのはそれだった。
今はいいが将来的に重機関銃や防弾装甲は必要になる。
防濡タンクによる重量増加もあるだろう。
それに伴ってのエンジンの馬力向上が難しいのだ。
「つぶしがきかない」と言われる所以である。
あっちを触ればこっちが壊れるといった有様だった。
その点「金星」は重くて大きい爆撃機エンジンである。
設計がゆったりしていて「つぶし」が効くのだ。
三菱の工場は子会社に至るまで教育がしっかりしている。
伊達に大会社を名乗る手合いではなかった。
三菱は金属精錬に優れる部門がある。
耐食耐熱合金についての知識蓄積がある。
①ニッケル基にモリブデンやクロムを加えた合金(ハステロイ系)。
②ニッケル基に鉄、クロム、ニオブを加えた合金(インコネル系)。
③コバルト基にクロム、タングステンを加えた合金(ステライト系)。
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耐熱耐食性に優れた合金類は、みなニッケル・コバルト基である。
ニッケル・コバルト原石は日本では産出しない。
これらは全て、外地からの輸入に頼る。
ニッケルマット・混合硫化物から電気分解して精錬する。
それには鉱床のある外地を植民地にしなければならない。
その外地とは、フィリピン、オーストラリアである。
すでにフィリピンのニッケル鉱山は住友金属鉱山が出資している。
オーストラリアは三井物産、伊藤忠商事が担当する予定である。
外地占領と同時に鉱山を占領し、直ちに輸入を開始しなければならない。
もうニッケル・コバルトは1年分の在庫を切っている。
ニッケルは誰かが満州奥地で猛烈な勢いで何かに使っていた。
堀越には想像も付かないが、やはり戦略物資として重要なのだ。
幸い中国南部のニッケル鉱山を海軍省整備局資源課がなぜか押さえていた。
陸軍参謀の誰かが海軍にタレコミを行った結果、発見したそうだ。
これも海軍の艦艇に使われてしまい、こちらには少量しか回ってこない。
堀越「その陸軍の誰かさんの器量にあやかりたいものだ」
何も知らない堀越は独り言ちた。
誰かさんというのは辻参謀のことです。民間人の堀越はそのウワサの人物が誰だか知りませんでした。次回は金星ゼロ戦(3/3)です




