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鮫島絵里

 ぼくたちを乗せた大型バスは、黄土の荒野を抜けると、緑の草原に出た。


《周辺に、敵の反応はありません》


 ラピスがスキル【察知】の結果を報告し、そのことを女子たちに伝えると、ひとまずバスの中の張り詰めた空気はやわらいだ。

 時速五十キロほどで、三十分も走っただろうか?

 車内マイクで、ぼくは運転席の福原さんにも聞こえるように提案した。


「とりあえず、どこかで荷物の整理をしよう。なにが役に立つかはわからないけれど、食べられる物がどれくらいあるのか確かめたい。あとは、衣類か」


「あ、服ならあたしの【物質修復】で洗濯できるよ」

 ぼくのとなりに座る如月さんが告げる。


「なるほど。まぁでも、夜冷えた場合、集めれば布団代わりになるし、ケガをしたときの包帯……は、福原さんがいるから必要ないか」


『はい、まかせてくださいっ!』

 車内スピーカーから、はりきった声が響く。


「待ってよ、荷物の整理って、もしかして、みんなのを漁るつもりなの!?」


 ぼくたちから離れて、後ろのほうの席に座っていた鮫島さんが立ち上がった。ボロボロだった制服は、如月さんがスキルで直している。

「そのつもりだけど?」

 ぼくらがこの異世界にやってきたのは、修学旅行の帰路だ。

 バスの腹の部分にあるトランクには、みんながお土産に買ったお菓子が入っている。

 かき集めれば、それなりのカロリー補給にはなるだろう。


「信じられない……なにを考えているのよ」


「生き延びることを考えてるんだ。いやなら鮫島さんは食べなくてもいい」


「古河……」

 親の仇を前にしたみたいに、鮫島さんはぼくをにらんだ。

「まぁまぁ」と如月さんが間に立つ。


「鮫島さん、あたしも、古河くんの意見が一理あると思う。たしかに、死んだ人の荷物を漁るのは気が引けるけど、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ。良心の呵責に悩むのはまだ先にしておいて、あたしたちが死んじゃったみんなに出来る一番の供養は、一秒でも長くこの状況を生きて、どうしてこんなふざけたことに巻きこまれたのかを知ることだと思う」


「知らないわよ、そんなの……!」

 まともな反論の言葉もないなら、しゃべらないでくれないでくれないだろうか。


「大体、なんでその化け物がバスの中にいるのよ!」

 鮫島さんは、ぼくの足元の通路に佇むラピスをさして、金切り声を上げる。


「ラピスはぼくの下僕だ。危害は加えない」

「そこにいるっていうだけでいやなのよ、同じ空間にいて、同じ空気を吸っているってだけで、吐き気がするの!」


『ラピスは酸素は必要としません。生きるために必要とするのは、水と光と魔力の補給だけです』

 蒼きスライムが、身体をふるわせて言葉を発した。


「しゃべれたのか!?」

 あまりに突然のことだったので、ぼくまで驚いてしまった。

「しかも意外とかわいい声」とは、如月さんの評である。

『えへへ、かわいいなんていわれたら照れちゃいますぅ』

『ラピスっていうんですか。素敵な名前だと思います』

 車内スピーカーで、福原さんも話しに加わってきた。


『えへヘヘヘ、ますたーがつけてくれたんです。ラピスの一番の宝物ですぅ』


「へぇ古河くんが……ちょっと意外かも」

 如月さんが不思議そうな顔でぼくをのぞき込んだ。

「敵もスライムだし、名前がなかったらややこしくなると思っただけだ」


「あんたらどうかしてるわっ! なんでそんなのとへらへら会話できるのよ! みんな、みんなそいつに殺されたのよ!?」

 無視されてた鮫島さんが、再び騒ぎだした。


「ラピスが殺したのは、相沢だけだ」

 鮫島さんは、目を見開いてぼくとラピスをにらんだ。

「相沢くんを殺したことをわかってて、どうして……!」


「決まっているだろう。死にたくないからだ。この世界、わけの分からないことばかりだが、ひとつだけはっきりしていることがある。ぼくたちに与えられたスキルの多くはスライムに対して無力で、同じスライムであるラピスの力がなければ生き延びられない。たしかにラピスは人間を食べる化け物だ。しかし、ここで生きていくためには、その力だって利用する必要がある」


『ラピスはますたーの従属物なので、いっぱい利用されたいですぅ』

 おまえはちょっと黙ってろ。


「ふざけないでよ! 生きるためにって……古河、あんた、狭間くんやみんなの能力を全部自分のものにして、本当は喜んでるんじゃないの!?」


 でかい顔をする馬鹿がいなくなってくれたことには、清々している。

 けれど、さすがにそれは口にはしない。

 ぼくが黙っていると、となりに座っていた如月さんが立ち上がって、鮫島さんの前に立った。

「な、なによ――」


 乾いた音が、社内に響く。

 如月さんが、鮫島さんの頬をはたいた音だった。


「いっていいことと悪いことあるでしょ。スライムに襲われたあなたを助けたのは、誰なの?」


 鮫島さんは烈火のごとき怒りを瞳に燃やした。


「知らないわよ……! どうせ力のある自分を誇示して、ヒーロー気取りでいるんでしょ!」


「あなたね……」

 如月さんは、頭を抱えた。

 もはや、かける言葉も見つからないといった様子だ。

 ぼくは、深いため息をついて、二人の間に立つ。


「如月さん、ぼくをかばうことはない。鮫島さんのいうとおりだ。ヒーロー気取りじゃないけど、ぼくは狭間や相沢、みんなの能力を奪って生き残ったことに、罪悪感を憶えてない」


「ほら、とうとう白状した」

 鮫島さんは笑った。

 口元は弧を描いているが、目は笑っていない、狂気を感じさせる笑みだった。


「そっか、わかった……これ、全部あんたが仕組んだことなんでしょう?」


「すばらしい想像力だな。具体的にどうやったのか教えてくれないか」


「黙れ、あんたは狭間くんの仇よっ!」


 鮫島さんはぼくに殴りかからんとする。

 当たっても痛くはないだろうけれど、殴られてやる義理もなかった。

 ラピスが、主人を守ろうとして動く。


――殺すな。

《いえす、ますたー》


 蒼い触手は鮫島さんの身体に巻きつき、宙づりにする。


「いや、いやああっ!」


 奇しくも、先刻スライムたちに襲われた時と似たような状況で、散々なぶられた鮫島さんは生きた心地がしないだろう。


「放してぇ! 放しなさいよぉっ!」


 情けない絶叫を轟かせる彼女を見上げて、ぼくはいった。


「放してほしかったら、大人しくすることを誓え」


「あんた人間じゃないのよ! いいから放してよっ」


 会話にならない……。

 この女は、動物として扱わなければ駄目だ。

 ぼくは、スライムの触手の締める力を、強めさせた。

「あぐぅっ!」と、宙づりにされた鮫島さんが、苦悶の声をこぼす。


「ぼくが人間だろうがそうでなかろうが、どんな思惑でいるのかとかは、どうでもいい」


 もう一本、ラピスの触手が伸びる。

 その先端部分はナイフのように鋭く研ぎ澄まされていて、身動きの取れぬ鮫島さんの前髪をわずかに切った。


「い、いやっ……!」

「死にたくないか?」


 ぼくが尋ねると、彼女の顔から表情が消える。

 それは自身の命が、嫌悪する相手に握られていることを理解した瞳だった。


「死にたくないなら、ぼくのいうことを聞け」


 触手の力を、わずかに緩めさせる。それでも喉が引き攣って上手く声を出せない彼女は、小さく何度も、首を縦にふった。

 ぼくは、ラピスに命じて、鮫島さんをバスの床に降ろした。

 膝に力が入らないらしく、その場にぺたんと座りこみ、泣き出す。


「やだ……もう、やだよぉ……帰りたいよぉ」


 その鬱々とした泣き声に、うんざりとした気分になる。


「メソメソするな……おまえだけじゃない、みんなだって地獄を見たんだ」


 ぼくは、鮫島さんの制服の襟をつかんでいった。


「帰れる目処なんかないんだ……今までぼくたちがいた世界じゃない……わけのわからないこの場所が、今は現実なんだ。ぼくらが元いた世界の話は、今後厳禁だ」


「そんな」


「口答えするな。ぼくは生きる。ついでにおまえが生きられる場所も作ってやる。でも、そこに無能な奴や弱い奴の居場所を作れる保障はまだない。うだうだほざいて足を引っ張るなら、ラピスに食わせて【気配遮断】スキルを奪うだけだ」


 間近で見つめる鮫島さんの瞳から、涙が引っこんでいく。


「悔しいだろ。今までコケにしていた男にこんな風にいわれて。でもな、それがおまえの現実なんだよ受け入れろ」


 煽ってやると、真っ青だった表情にわずかに血の色が戻った。


「なによ、古河のくせに……」


「ああ、そうだ。けど、そんなぼくのいうことを聞かなきゃ生きていけないのが、今の鮫島さんの現実だ。君はぼくのお荷物なんだ。弱者なんだ。ぼくの顔色を窺って、ぼくの迷惑にならないように息をしてろ」


 鮫島さんが、唇を噛み締め、にらんでくる。


「反抗的な目だな……まぁ、メソメソしてるよりはマシだ。許可してやる」


「あんた、覚えてなさいよ……!」


「なにを覚えてろっていうんだ? それよりも、君こそぼくに、なにかいうことがあるんじゃないのか?」


 屈辱に肩を震わせる。


「……さい……」


「聞き取れない。もっと、大きな声でいえ」


「ごめんな、さい……生意気なことをいいました」


「それと?」


「……助けてくれて、ありがとうございます」


「よし」


 ここまで屈伏させておけば、ひとまず反抗することはないだろう。

 ぼくはさっきまで座っていた席に戻った。

 背中に殺意のこもった視線を感じるが、気にしないでおく。

 如月さんもぼくの隣にすわりなおして、バスの中は、一応の平穏を取りもどした。


「お疲れさま」


 如月さんが、ぼくにだけ聞こえる声でいった。


「意外だな……古河くん、邪魔になったら問答無用であたしたちのことをラピスちゃんに食べさせると思ったから」


 ぼくは息をのんだ。

 この女、意外と鋭いな。


「殺すことはいつでもできる……生きていくうえで他者は必要だ。話し相手がぼくのいうことになんでも『いえす』としかいわないスライムじゃ、あまりにも貧しい」


「あたしらに古河くんの話し相手が務まるかな?」


「卑下するな。おまえはクラスの中で頭のいいほうだ。それに、身のほどを弁えてる奴は嫌いじゃない」


「照れるね」


 冗談でいっているのではなく、如月さんは本当に、その雪白の頬を薄桃色に染めていた。

 今まで、ぼくの周りにはいなかったタイプの女だな……。

 他人に評価されるということを嬉しいと思ったのは、久しぶりだった。


「そういうわけで福原さん、話がそれたけど、荷物の整理をするから、一度車を止めてくれ」

『わ、わかりましたっ』


 ぼくらは、バスのお腹のトランクを開けて、食べ物と衣類、その他のもので区別をした。

 食べ物は修学旅行土産のカステラやまんじゅう、バスの中で食べるためのキャンディーやグミ、チョコレートなどをかき集めるとかなりの量があった。

 節約すれば、この人数なら十日はいけるんじゃないだろうか。

 衣類は旅館で過ごすためのジャージを中心としていっぱいあり、如月さんの能力と合わせれば困りそうにはない。

 膝掛け用の毛布も何枚かあり、夜の冷えはしのげそうだった。

 その他にめぼしいものでデジタルカメラが数台、パソコン部の磯辺が妙に高価な双眼鏡とビデオカメラを持ってきているのが目立つ。

 ぼくはピンときて、磯部のビデオカメラを如月さんに託した。

 如月さんは録画データを確認し、「最ッ低……」と評して、その内容を消去した。

 やはりか……。


「の、のぞきですか……!」


 福原さんもなにが映っていたのか見当がついたらしく、嫌悪感をあらわにした。


「標的にされていたのは隣のクラスね……男女の入浴時間がかぶってたおかげで、あたしたちは映ってなかったわ」


「なんにせよ、犯罪です」


「落ち着いたらどこかにみんなのお墓を作ろうって思ってたけど、磯部くんのには『HENTAI』と刻んでおきましょ」


 その他、筆記用具やトランプなども一箇所にまとめておいた。

 商業活動ができた場合、これらのものは、売れる可能性がある。

古河奏人のスキル……11個

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