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ノヴルドの城塞都市

 荷物の整理を終え、再びバスは走りだす。

 草原の果てに人工物を見出したのは、太陽が傾きはじめた頃だった。


 偵察のためにバスの上空を旋回させていたウインドホークが、背の高い壁を発見したのである。


 高さ十メートルほどもある壁は、外から来る者を拒むように、さらに幅広の堀に囲まれていた。

 ウインドホークが壁を越えると、まず大きな石造りの砦が目に飛びこんできて、その後ろに守られるように街の風景がある。


 さらにそのむこう側には、農耕地帯までもがあった。


 建物は全体的に急ごしらえの印象を受け、人影も少ないように見える。


「城塞都市って感じだな……この堀や壁は、スライムから身を守るためか?」


「あたしも見られる?」

 如月さんがラピスに尋ねた。


『【スキル付与】を使えば可能ですが、そのあいだはますたーがご覧になれなくなれます。よろしいでしょうか」


 ぼくがうなずくと、ラピスは触手を伸ばして、如月さんに触れた。


「【スキル付与】を発動します。一時的にウインドホークの操作権限が如月サマのものになりますので、好きなように飛ばしてください」


 鮫島さんを救出した際に得た【スキル付与】は、自身の持っているスキルや、他人の持っているスキルを別の第三者に一時的に貸し出すことのできるだ。

 応用性の高いスキルだが、渡しているあいだ、本来のスキル所有者は使えなくなるという欠点がある。

 ぼくの【スライム騎乗】を如月さんたちに【付与】することができれば怖い物なしだったのだが、そう話はうまくいかないらしい。


「たしかに、ちょうどあたしたちが今いる方向にむかって守りを固めてるみたいだね」


「あの黄土の荒野がスライムの生息地域なら、スライムを警戒してるんだろう。とりあえず、砦の見張りに見つかる前にウインドホークは消せ。中の奴らが協力的かもわからない以上、手の内は隠しておくべきだ」


《いえす、ますたー》

『と、とにかく人がいて良かったですね!』

 バスの運転をしている福原さんが、興奮気味に告げる。

 車内は、これまでで一番ゆるんでいた。

 ぼくらには関わるまいと後ろで不機嫌そうにしていた鮫島さんも、安堵の息をこぼしている。


「安心するのはまだ早い。相手の出方がわからない以上、スライムの次は人間を相手に戦うことだって考えられる」


 いつだって、最悪の状況を想定しておくべきだろう。


「まぁまぁ、深刻になってもしょうがないよ。もしかしたら都合良く『異世界勇者さま~』って歓待してくれるかもしれないし」


「そうだったら楽なんだがな……ひとまず、ぼくらは遭難者だ。後ろ暗いことがあるわけでもないし、真正面からいこう」


   ●●●●


 城塞都市の門の前で、バスを止める。

 ふて腐れている鮫島さんを除くぼくたちは、バスの前方に集まって、フロントガラスから大きな城門を見あげた。

 堀に渡される跳ね橋は降りることはなく、城門の上にはずらりと弓兵がならび、矢を番えてこちらに狙いを定めている。


「完全に警戒されてますね……」


 福原さんが、不安そうにつぶやいた。


「バスから出た途端に射かけられるのはいやだな」


「あたしがいこうか? 女子のほうが、相手に警戒されないかもしれないし」


 如月さんの提案は、一理ある。

 けれど、首を左右にふった。


「ぼくがいく。ラピス、【サモンソード】で【ソードアミュレット】を出してくれ」

《いえす、ますたー》

 ラピスが、鞘に収められた、銀のロングソードを召喚する。


「【ソードアミュレット】って、どういう剣なの?」


「剣じゃなくて、鞘に意味があるんだ。いざという時に防御壁を展開して身を守れる」


 できれば戦闘中は常に装備しておきたい代物だが、かなり重い上に剣を抜いたら効果は発揮しないところが難点の、完全に防御特化の装備である。

 ぼくは両腕でやっと持ちあがる剣を、ベルトのあいだにはさんだ。


「魔法の鞘、エクスカリバーか……やっぱり、あたしたちの世界と、なんか関係あるんだよね」


「ぼくらの世界の話は、戻れる目処がつくまではしないルールだ」


 如月さんの言葉を打ち切って、慎重にバスの先頭の扉から出た。

 両手を挙げて、抵抗の意思がないことを先に示す。

 幸い、すぐに矢が放たれるようなことはなかった。


「その鉄の乗り物、女神より導かれし異世界人とお見受けする!」


 弓兵たちの中央に立つ男が、朗々とした声を響かせた。

【異世界勇者】のクラス特性【言語解読】によって、相手の言葉は脳内で日本語に変換される。

 ぼくの言葉も、このクラス特性のおかげで自然と相手方に翻訳して届けられるみたいだ。

 話が早くて助かる。


「弓を降ろしてくれ、こちらに敵意はない! 黄土の荒野でスライムの群れに襲われた! こちらは女子どもばかりだ! 門を開けて、保護して欲しい!」


「それは出来ぬ相談だ!」


 にべもない、すばやい切りかえしだった。


「この都市の門は、市長であらせられるノヴルド公の許可なき者には開かれない。異世界人よ、早々に立ち去れ」


「ここにくるまでに、三十人以上の仲間が殺された。こっちだって、やっとの思いでここまで来たんだぞ!」


「我々には関係のない話だ。この都市に、貴様ら異世界人の居場所はない」


 そういってこちらを睨め付ける男の瞳には、遠目にも、ぼくらに対する侮蔑の感情を読み取れた。

 聞こえてくる男の声は荒々しく、野性味の溢れる風貌は狭間達男を連想させた。

 こいつとは……仲良く出来そうにないな。

 とはいえ、そんな簡単に引き下がるわけにはいかない。


「ぼくらには、スキルがある。あなた方も、荒野のスライムに手を焼いているんじゃないのか? 無駄飯ぐらいにはならないぞ」


「ほう、我らに忠誠を誓うというか?」


「必要とあれば!」

 見下ろしてくる男にむかって、挑むようにうなずいた。


「そうか。女子どももいるといっていたな。ならば、その者たちを出して見せよ」


「なに?」

 男の言葉の意図が分からず、ぼくは眉根を寄せた。

 見慣れないバスを警戒しているのだろうか。

 城門を預かる身ならば、都市の中に招く前にバスの中を見せろ要求してくるのは納得できる。

 ちらりと如月さんたちのほうを見やった。

 彼女らは視線を交わしてうなずきあい、如月さんを先頭に三人の女子が出てくる。

 一番最後の鮫島さんは不承不承といった感じだが、街に入れるかどうかの瀬戸際ということは理解しているらしく、協力的だった。


「ラピスは、バスの中に隠れてもらったよ」


 如月さんが、耳打ちする。それが正解だろう、下手に警戒されるといけない。

 ラピスには悪いが、ぼくらの安全が保障されるならば、切り捨てる覚悟もあった。

 ぼくは、横に並んだ三人の女の子たちを示して、再び声を張り上げる。


「これで全員だ! 不安なようなら、この車の中を調べてもらってもいい」


「なるほど……たしかに少女ばかりで、たった今やってきたばかりの異世界人というのは、間違いなさそうだな。面構えを見ればわかる」


 守衛長の男が下卑た笑みを浮かべるのが見えた。


「よしおまえら、この跳ね橋を降ろしてもらいたくば、その場で着ているものをすべて脱げ!」


 ぼくたちは、守衛長の言葉に耳を疑った。

 予想を上まわる要求に、女の子たちが青ざめる。


「どうした、できんか? いずれにせよ、貴様ら異世界人に居住権を与えることは都市同盟の規約にも反するのだ。しかし、居住権のない奴隷娼という抜け道はなくもない。よく男を喜ばせられる者には、上級貴族に口利きしてやることもできるぞ」


「な――っ」

 あまりにも下衆な提案に、拳を握り締めた。


「さぁ選べ。このままスライムたちが彷徨う死の荒野へ舞い戻るか、娼婦となるかだ。後者なら、上手くゆけば衣食住には困らぬぞ」


 ぼくは歯がみした。

 あの男、自分が安全地帯にいると思って、調子に乗っている。


《どうします、ますたー。処す? 処す?》


 主に仇なすものすなわち死――というラピスの思念が飛んできて、ぼくは瞬間的に血が上った頭を冷やすことができた。

 深呼吸をすると、鮫島さんがぽつりと呟く。


「どんな生き方にしたって……死ぬよりはマシよね」


「鮫島さん……さすがにそれは」


 如月さんが止めようとするが、鮫島さんは聞かず制服の胸もとのリボンを解いた。


「あたしは、二度とあいつらに襲われるのはいやよ! それに、これ以上あんたの顔を見続けるのもいやッ! あんな風に溶かされて死ぬぐらいなら、奴隷にでもなったほうが……」


「落ち着いて」


 シャツのボタンにまで手をかけようとした鮫島さんを、如月さんがとめる。


「早まったら駄目だよ……あんな提案、絶対におかしいもん」


「ま、街の中に入ってしまえば、どうにかできませんか……?」


 福原さんが提案する。

 それはぼくも考えた。

 ぼくとラピスがスキルを使って一暴れして、連中に止める術があるようには思えない。

 しかし……都市同盟とか奴らはいっていたし、異世界人のことをよく知っている風でもあった。


「スライムの他にも敵勢力をつくって話をややこしくするのは面倒だ。この城塞都市を攻め落とすのは最後の手段にしたい」


「じゃあ、どうするのよ!」


「もちろん、連中の提案にも乗らない。あいつらは、スキルについて知っていると考えるべきだ。そんな危険な力を持った人間に、無防備な場所をさらす奴はいない……つまり、あの提案の先に待ち受けるのは、死かあるいはそれに等しい状況だ」


 ぼくの言葉に鮫島さんは唇を噛みしめた。


「じゃあ……あたしはどうすればいいのよ……」


「ここはぼくたちが目指す場所じゃなかった……そう思って、別の場所にいくしかない」


「いやよ!」


「じゃあ鮫島さんだけここに残ればいい」


 ぼくはそういって、如月さんと福原さんを見た。

 この街に受け入れてもらおうという考えは、二人の少女のあいだには残ってなかった。


「わたしは……どこまでも、古河くんについていこうと思います……。古河くんは、命の恩人だから……」


「あたしも、好きでもない人にはだかを見せたりするのはいやかな」


「あたしだって、いやに決まってるでしょ……」


 鮫島さんは泣きそうな声で呟き、うなだれた。


「どうやらこの世界は、異世界人を歓迎してはいないらしいな」


「どうした? 我らに忠誠を誓うというのはウソだったのか」


 話し合っていると、守衛長の男が挑発的な言葉をかけてくる。

 ぼくは、一歩前に出た。


「そうやって、高いところから相手を見下しながらでしか話もできない奴らに、彼女らを任せることはできないと判断した」


「なんだと!」


「悔しかったら降りてこい腰抜けが! 勝負するというのなら、受けて立ってやる! ただし、ぼくが勝ったら彼女らの安全は保障させてもらう」


「誰が貴様の条件など呑むものか! 我々は対等ではない。せいぜい、スライムに食われるか飢えて死ぬまでのあいだ、恐怖に怯えて荒野を彷徨うのだな!」


 守衛長はマントをひるがえして、踵を返した。

 もはや、交渉の余地はないということだろう。

 ぼくらには依然、無数の弓矢がむけられたままだった。

 力尽くでどうにかしようと思えばできたかもしれないが、ひとまずバスに戻り、その場を離れることにした。

 バスは、右へと城塞都市を通り過ぎる形で走り出す。

 ここまでと同じように、運転は福原さんがしてくれた。

「はぁっ」とあからさまに深いため息をこぼす鮫島さん。

 バスの中の空気は重かった。


「でも、ちょっとびっくりしたよ。勝負をするなら受けて立つなんて、あんまり古河くんのキャラじゃないみたい」


 となりの如月さんがつぶやく。

 暑苦しいのはぼくのキャラじゃないのはたしかだ。


「こっちが乗るはずもないような変な提案を持ちだしてきて、様子がおかしかったからさ……かまをかけたんだ」


「かま?」


「たぶん、あの連中は、ぼくらと関わって消耗するのを嫌がったんだと思う。あんな風に矢を構えてはいたけど、結局一本だって撃ってはこなかった。さっき、ウインドホークの目を通して塀の内側を見たときも人影は少なかったし……大仰な門の内側に籠もってるけど、たぶん、かなりカツカツなんだろう」


「それが私たちを受け入れなかったわけか……でも、ピンチな状況であたしらのスキルのことも知ってるなら、仲間に入れるてもよさそうだけど」


 如月さんは、頭の回転は悪くない。


「都市同盟の規則とかいってたし、なにか理由があるんだろう。とにかく、ぼくら以外にも異世界人がいるのは確実みたいだし、そいつらは協力してくれるかもしれない」


「そっか……希望もあるんだね」


「たらればの話だけどな……腐ってるよりはマシだ」



古河奏人のスキル……11個

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