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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第0章 あなたに巡り逢う物語
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コメット、契約

 秋。

 紅葉の季節になった。とは言え雑草はまだ青々としているし、太陽は気まぐれに元気になって強い日差しを地表に照りつける。

 二年生は短く感じるだろうなと年度初めに思っていたが本当に短く感じた。夏休みまでのスケジュールを大方解っていたからというのもある。帰り道が早く感じられるのと同じような感覚だろう。そして夏休みが終われば八月もほぼ終わり。あっという間。こんなにも短かっただろうかと焦りを感じるほどだった。

 二年生は保健委員には立候補しなかった。

 二年生も部活には入らなかった。

 そんなわけで入学当時とほぼ変わらないスタートを切った俺は今日に至るまで変わらぬ日々を過ごしていた。

 高校生活の折り返し地点をもう過ぎているわけだが心機一転して新しい自分に切り替わる必要など無い。そもそも高校生の我々は日々成長しているわけで、日々変化し続ける過程にいるわけだ。意識しなくとも変わっている。

 それを証明するかのように祖父母は「あら~またグンと大きくなったね~」と褒めてくれる。ごめん、じいさん、ばあさん。俺の身長はもう止まっているんだ。どうかボケが始まっていませんように。


「行ってきまーす!」


 断じて俺のテンションではない。あんな美少女アニメみたいに元気よく明るく飛び出していけるのは宇銀だけだ。俺があんなにニコニコしながら行ってきますだなんて言った暁には全国の視聴者からクレームが入って干されるだろう。可愛いは正義、とはこれだ。多様性を重んじるこの時代になんたる暴挙。

 妹が出て行った数分後に俺も家を出た。


 授業と授業の間の休憩時間にトマトジュースを飲みながらふと思った。


(また保健委員に入っておけばよかったのかもしれない)


 二年生になってからというもの、赤草先生との接点が激減した。

 健康体の俺が保健室でお世話になることはまず無い。プロ帰宅部員の俺が致命傷を負うようなことも当然ない。なので自然とあの美しい後ろ姿はどんどん遠ざかっていった。若い体育教師にたぶらかされないことをひたすら祈るだけだ。

 入らなかった理由は自分が帰宅部員であることを思い出したからだ。俺は幻想に酔っていて自分を見失っていた。ちゃんと自分を強く持たねばならないのだ。そう胸に刻んで己を鼓舞した。

 

「彗、数学の宿題見せてほし――ってなんでそんなに深刻な顔……」


 真琴が数学の教科書を手に参上した。


「数学だと? 課題、やってきてないのか」

「頑張ったんだけど解らなかったんだ。助けてくれ」

「俺のもアテにはならないぞ。今回は難しかったからな。二渡鶴あたりに訊いてみろよ」


 そう言って二渡鶴のいる方を顎で示した。彼女とは喋ったことはないが学力が秀でていることは知っている。あとはあの容姿だ。校則を満たしているのかは不明だがいわゆるギャルに寄ったファッションなのだ。勉強のことは彼女に頼めば万事解決するだろう。


「やだよ。絶対変な目で見られる」

「解らないぞ。もしかしたら彼女も出会いを求めているかもしれない」

「別に俺は求めてないよ……」

「そうか。仕方がねぇ、見せてやろう」


 仕方なく俺は()()のノートを渡した。真琴は表紙を見ずに「助かる!」と言って自分の席に戻っていった。どうやら次の政経の授業中に不正行為を働くらしい。意気揚々と授業中にノートを開いて借りたものが数学ではなく古典だったときの吃驚した様子が楽しみだ。

 そしてベストタイミングでチャイムが鳴ってくれた。ジ・エンドだ、真琴君。


 昼休みに真琴とのお食事会は開かれなかった。

 俺が招待状を出し忘れたわけじゃない。政経の授業中に不正行為を働くことに失敗した彼はプランクトンを飲み込む鯨みたいに速攻で弁当を食べ終え、今は俺の数学ノートを広げてシャーペンを必死に走らせている。宿題の面倒さは理解できるがちゃんと終わらせような。時間的に厳しいなら部活なんて辞めて帰宅部に身を改めるがいい。時間は自分で作るモノだ。

 小便器にレモンジュースを飲ませた後、自販機に向かう途中で白奈とすれ違った。二年生になってから五ヶ月が経ったが振り返ってみると白奈との会話の記憶がない。クラスが変わり、彼女は隣のクラスになったので接点がなくなったのが要因だ。


 一瞬、目が合う。


 爽やかに「やぁ」とか「ご機嫌いかが」など貴公子のように挨拶ができていたらこんなところで高校生なんかを演じずに今頃は優雅に王城でトマトジュースを飲んでいたのだろう。

 彼女が仲良く見知らぬ女子二人と一緒にいた。事案になるのは嫌だからな。不審者は身長180センチくらいの細身で、中高生風、廊下で突然話しかけられる、みたいな。

 俺は……口を開くことさえ許されないのかッ……!





 その日、私は酷く気分が悪かった。

 不自然な破け方――まるで刃物で切ったかのようにスカートが控えめに破れていた。きっと犯人は大袈裟に切ってしまったら大問題になるだろうと思ったに違いない。私の敵はまだまだ陰でほくそ笑んで構ってくれようと必死らしかった。

 私の敵、というよりは『もう一人の私』の敵かな。そうでないと私の存在意義が失われてしまう。

 しかしこのままでは何も解決しないのではとも最近思うようになった。排除、排除と続けていった先に何が残るかを考えれば一目瞭然だった。私の気分も良くない。けれど今更遅かった。


 放課後になって掃除を済ませてすぐ帰るつもりだった。スカートの破れが気になってしょうがない。応急処置はしたけれどいつほつれて恥ずかしい事態になるかハラハラしていた。

 机の中のモノをバッグに入れていたときに本が出てきた。


(あ。返却日、今日……)


 すっかり図書室から借りていた本のことを忘れていた。私は一瞬迷った後、ため息をついて本を手に教室から出た。

 ほぼ常連とも言っていいくらい何度も借りているので図書委員は私のことを知っていた。私の無愛想ぶりも、私が訪れる頻度も大体解っているだろう。いつも通り、彼らに本を渡した。

 用も済んだので帰ろうと思い、出口の方を向くと少し開いたドアから赤草先生が顔を覗かせていた。私と目が合うと慌てた様子でドアを閉めて曇りガラスに先生の白いシルエットが横切っていった。

 私に用件があったのだろうか。

 その小さな出来事のせいか、ふと次に借りる本を何にしようかと頭をよぎり、自然と本棚の方へと私は足を進めた。

 図書室の需要は時間を追うごとになくなっていっている気がする。みんな本を読まない。娯楽の多様化が生み出した結果だ。たまには読んでみてほしいと願うのだが、堆積する埃は地球の歴史を語る地層のように厚さを増していく。指の腹に付着した灰色の埃を練り潰しながら本棚を見上げ、きちんと行儀良く並ぶ本たちの背表紙に一つ一つ視線をスライドしていった。

 そんな時だった。


「珍しいな」


 男の声。

 私の傍には長身の男子生徒が立っていた。


「きもちわる。死ね」


 反射的にそう返答する。私に話しけてくる奴らは大抵下心を持った軽薄な男ばかりだから。これで引いてくれればいいのだけれど、もし告白でもされたら面倒だ。本名を調べてノートに書き残す手間が生じる。

 しかし彼は私の拒絶をものともせず、まだ私の傍にいる。


「何なの。消えてくれる?」

「残念だが俺に瞬間移動能力はないんだ」


 私は彼を睨んだ。私をからかっているのだろう、この男は。私に少しでも興味を持ってもらいたいがために、私に少しでも『自分』の存在を植え付けるために嫌なことをしてくる奴は珍しくない。

 物理的に被害は受けたくはなかったのでちょっとだけ言葉遣いを静かにした。


「親しげに話しかけてくるけど誰? 私、あなたみたいな人知らないわ」

「俺は榊木彗だ。隣のクラスだよ」


 サカキスイ。知らない。


「知らない。そんな下等動物」


 しかし彼は「わぉ」と一言漏らしてニヤついた。かなり面倒な人に絡まれたようだった。先生に助けを求めることが最善の選択だろうけれど何だか負けを認めるような気がする。人に頼っちゃいけない、と私のプライドが背中を押しているらしい。

 私の警戒心が伝わっていないほど鈍感なのか、それとも単に怖いもの知らずなのかは解らない。彼は私から少し離れてまた口を開いた。


「アリナさん、とりあえず座ろう」

「やだ。どっか行って。気分悪くなるから」

「座ってくれ。まずは話そう。赤草先生に頼まれているんだ」


 赤草先生の名前が出て私は思わず声を荒げた。


「はい? なんでそこで赤草先生が出てくるのよ」

「お前を更生させるためだ。ほら、座れって」


 更生。

 私を更生する……。彼は私の何を更生するつもりなのだろう。私の性格? それとも……。

 先生は勝手に何を教えたんだろうと裏切られた気持ちになった。


「勘違いするなよ。俺はお前を狙ってない。独身貴族を目指しているんでな」

「気持ち悪い。便器なめてたほうがマシだわ」


 このふざけたテンポがとても気に入らない。

 けれど彼の話に不覚にも興味がわいた。だって、転機かもしれないって思ったから。もしかしたら乗ってみる価値はあるのかもしれない。

 歯痒い気持ちを押し殺して渋々席に座った。


「何の用? ホント面倒だから早くして」

「お前の口の悪さを治療しにきた」

「はい? そういう余計なことしないでくれる? 大体あなた誰なの? ホンッット煩わしいから邪魔しないで。図書室だから大きな声出せないけどこれだけは言わせて。消えて」

「そうもいかない。美女の赤草先生に直接『アリナさんをお願いします』って言われたんだ。これを蔑ろにする気はない」


 ここで私が拒否すれば今まで通り。変わらぬ毎日の中で拒絶し続ける。

 ここで私が承諾すれば……何が変わるのだろう。私にはその先が見えなかった。そういった華やかな学園生活、微笑む人の顔、手を繋いで他人を感じた記憶はなかったから。

 でも確実に断言できることがある。


 今、この瞬間が二度と訪れない転機。


 一時停止も巻き戻しもできないこの世界。

 だからこそ再生途中の今を深く考える。やがて現実となる未来のために一歩、また一歩と進まなければならないと私は思った。

 私のこれからのためにも。


「わかったわ」

 

 これから私がどう導かれていくのかは私にも誰にも解らない。でも解らないからこそ想像し、期待し、儚く思うことができる。そうしてやっと私は綴られてゆく『私』という自分の物語を大切にしていけるのではないのだろうか。

 信じてみよう。

 少しずつ、ゆっくりと時間に身を任せて。

 

ご愛読ありがとうございました!

これが最後の更新となります。約1年9ヶ月間、遅筆な私にお付き合いしてくださった読者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。書籍化も皆様無しでは絶対に実現していなかったことでしょう。

終わらせることを惜しむ気持ちも多少はありますが、いつまでも延ばして崩壊してしまったら元も子もなく、物語としても美しくありませんので最後とさせて頂きます。本当に申し訳ありません。

書籍版にご期待頂ければ幸いです。ありがとうございました!

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