ホワイトクインス、ファルコン、感慨
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三月中旬。
あと二週間程度で高校一年生が終わってしまうわけだが一つだけ懸念事項があった。
「もう終わりだねー……」
体育館でバスケットボールの授業中に白奈が傍でそう呟いた。自分のグループの試合が回ってくるまでステージの上に座って観戦している時だった。
「そうだな」
「クラス替え嫌だなぁ。ガラッと変わっちゃうと心細くなるよね」
白奈はしょんぼりと項垂れてため息をついた。
俺が懸念しているのはまさに『クラス替え』だった。仲の良い友人、愛する人(いればの話だが)と離れることについては問題ない。新しい出会いは自分を変える。
問題なのは帰宅部という概念をまた一から説明しなければならないことだ。これが一番面倒だ。国際的な視点からどのような概念体なのか、何を目的としているのかを全て語ることもできるが莫大な時間がかかる。おそらく年金が受給される年齢に達した頃にようやく終わるだろう。それほど奥が深い。
「五クラス分をシャッフルしたら知らん顔ばかりだろうな」
「彗は寂しくないの?」
「そりゃあ寂しい気持ちもある。でも人間関係のリセットは中々新鮮な気持ちになれるから割と好きだ」
「ふぅん、変なのー。まぁ彗は中学時代から変な人だったから今更だけどね」
「至上の褒め言葉をありがとう」
「どーいたしましてー」
白奈は数少ない俺の理解者なので正直なところ、離れるには惜しい。
「あっ、試合終わったよ。次は彗のグループじゃない?」
「だな。さて、三十秒でKOだな」
「ボクシングじゃないよ!」
バスケは結構得意だった。身長だけは高かったのでレイアップが簡単に成功する。
おや、敵グループには真琴がいるじゃないか。良い機会だ。
一生ミニトマト食えない身体にしてやる――。
真琴を一生ミニトマトしか食えない身体にすることは出来なかったが試合には勝った。
バスケというものは毎回女子の声援が途絶えない。イケメンボーイが一人居るだけでアイドルのライブ会場になってしまう。残念ながらこの場合のアイドルは俺ではない。バスケ部所属の生徒へ向けたラブコールだ。
そして男子生徒は嫉妬する。俺も頑張っているのに……とドリブルをしながら考え、シュートを入れようと顔を上げる。たとえ入れたところで大して盛り上がらないとわかっていても。あまりにも悲しすぎる。平等に応援したしたまえ。
しかしながら全てを悟っている榊木彗ことプロ帰宅部員はそんな安い嫉妬で血は煮え切らない。試合中、俺の脳内ではどうやったら赤草先生と共に逃避行できるか、どうすればトマト大使になれるか、どうすればバスケ部のズボンをパンツごと下ろせるか等を真剣に考えていた。嫉妬などする暇も無い。
白奈が小動物みたいにとてとて歩いてやってきた。
「彗、キメたじゃん! 見てたよ!」
「どうもどうも。わたくしプロですから。あと三十本くらいは入れられたな。だがバスケ部の生徒より目立ってしまったらいろいろと面倒なことになるんで、震える我が右腕には鎮まってもらいました」
嘘である。疲れて後半は自陣を守っていた。
「真琴君と結構争ってたのは何だったの?」
「あぁ、あれはスキンシップだ。肌で友情を確かめ合ってたんだ」
嘘である。一方はミニトマトを食えない身体にするため、一方はわけもわからず接触してくる変人から逃げていただけだ。
次回の体育では方向性を変更してトマトジュースしか飲めない身体にしてやろう。
午前中から運動をすれば腹が減る。
母上のお弁当だけでは足りないであろうと考え、昼休みになったらすぐに売店へと向かった。
いつも通り女子部員から嫌悪な目をされながらパンを略奪し合う醜い戦いに交じる。慣れたもんだ。こいつらの不当な蹴りがなければもっと容易にゲットできるのだが仕方が無い。女子の密集する良い匂いのする楽園にずかずかと入る男の俺が悪いんだ。そうだろ、なぁ。なんで今俺のつま先を二度踏んだの? 絶対意図してるよね? こっちが本気出したらその薄い制服なんざビリビリなんだからな。
教室に戻ると真琴は先に一人で黙々と弁当を食べていた。
「シェフ! シェフはいないのか!」
「だからいないってば……何回このやりとり繰り返すんだよ」
「シェフ!」
「……シェフは彗のお母さんだろ」
「いいぞ。もっとツッコミを磨いて君は将来芸能事務所に入るんだ。いただきます」
「勘弁してよ……」
くだらないやりとりだが今年度で最後かもしれない。そう思うとしんみりとするものだな。
「彗は二年生になったら部活入るの?」
「大丈夫か、脳味噌漏れ出てないか? どこのファンタジー映画の話だ?」
「入らないのか……」
「一年も俺と一緒に居れば解るだろ」
「いや、まだまだ彗は理解できないよ」
まぁ一年で理解されても困るな。こちとら十六年間、血反吐を吐きながら生きてきたのだ。
真琴は「白奈ちゃん」と言って白奈を呼び寄せた。
「なにー?」
「彗って中学の時はどんな感じだったの? 今と変わらない?」
白奈は「う~ん」と唸って考える。
そこまで考えなくとも答えは出ているだろうに。日本史で載ってるだろ。
「変わってないと思う……」
「えっ。ホントに? これが――中学でもずっと? うわぁ……うわぁ……」
「うん。小学校は違うからわかんないけど、中学三年間はずっとこんな感じ」
「白奈ちゃん、苦労してるんだね……」
「もう慣れたもん。へいきー」
二人は俺を乳離れできない幼児みたいな扱いをしやがった。『へいき』ってなんだ、『へいき』って。免疫でもついたのか、白奈君。榊木ウイルスはもう効かないのかな?
「君らはそう言うがな、この不変の性格は強みなんだぞ。『中二病』という病気によって、妄想や自己喪失の症状に襲われた患者たちが溢れかえった教室で唯一、俺だけが自我を保ち続けた」
「私から見たら彗もその病気にかかってるように見えるよ」
「お黙り。自分が世界一最強の男だと信じてやまない奴らと一緒にするな」
「でも、よく自分で『銀河系最強の~』とか言ってるよ。覚えてるもん」
「事実だぞ。おいおい、白奈君。まさか嘘だと思っていたのかい? 悲しいよ。白奈君だけは……俺を理解してると思っていたが、残念だ」
「えっ、いやっ、私は彗のこと信じてるよ! うんうん!」
真琴は咄嗟に「白奈ちゃん、彗の思惑に乗せられちゃダメだよ」と口を挟んだ。君は静かにしててくれ。肛門からトマトジュース注入しますよ。
「ありがとう、白奈。二年生も同じクラスだといいな」
「そ、そうだね! 一緒になれるようお祈りしとく!」
真琴は咄嗟に「白奈ちゃん、自分を取り戻して!」と映画でも聞かない寒すぎる台詞を投げた。酷い脚本だな。いい加減、君は静かにしててくれないかな。下駄箱をミニトマトだらけにするぞ。
「真琴。君は俺を理解する前に恋愛でも頑張るんだな」
「な、何だよ、いきなり」
「もう一度日羽アリナにアタックしてみろよ」
「やめてくれ……トラウマを掘り返さないでくれ……」
「大丈夫だ、お前ならいける。自分を信じるんだ。俺は地上最強の男、俺は地上最強の男、と念じてみろ」
「私もいけると思うよ!」
「白奈ちゃんまでやめて! 無理だから! 彗こそ頑張ればいいじゃないか!」
やはりこいつは解ってないな。俺には赤草先生がいるのだ。
「俺の恋愛事情は極めてフラットだ。ゴビ砂漠のごとく何もない」
「嘘つけ! 赤草先生のことが好きすぎて保健委員に入っただろ!」
「あれは護衛するためだ。他意はない。発情したウサギみたいに興奮するな」
「彗って美月先生のこと本当に好きなの……?」
「おいおい、白奈。先生と生徒の恋愛なんて創作物の中だけだぜ」
「でも実際にいるっぽいよ、そういうカップル……」
妙に食いつくなと思いながらも俺は否定し続けた。これは禁断なのだ。あってはならない……決してあってはならない禁断の関係なのだ――。
白奈は煮えきれないような様子で俺と真琴の高貴な食事会から離れていった。
「あ~あ。白奈ちゃん行っちゃった」
「お前が一般相対性理論とか二重スリット実験の話をし出すからだろ」
「一言も言ってないんですが……」
なんであれ、二人とまた同じクラスだったら俺も嬉しい。
こんな一歩間違ったら保健所に連行されてもおかしくない変人と付き合ってくれるのだから二人は本当に良い奴だ。変わっている。
新たな出会いは俺をどこへ導くのかと期待しながら残された時間をぼんやり計算した。
彼らとの会話を回想しながら。




