ブラッドムーン、遭逢
書籍版『毒舌少女のために帰宅部辞めました』
11月1日に発売決定しました!!!
詳しくは活動報告をぜひご覧ください!
義務教育を終え、高校生にグレードアップした俺は帰宅部員としての意識もより一層強くなっていた。
小中学校は基本的に徒歩で通える距離にあるので帰宅任務の難易度は低い。下校時の危険因子は全くといっていいほど無いのだ。ましてやプロとして生きてきた俺にはあくびが出る。
帰宅のプロとして、俺はよく幼児一人で買い物をさせる番組を参考程度によく見る。肉親からもらった金銭をもち、日本中を駆け、特定の店まで買い物をする番組だ。泣きじゃくりながらも親と再会するストーリーで感動を誘うのが売りなのだが、どうも納得がいかない。
どうしてあそこまで帰宅に関して素人なのか。
小さいから、は理由にならない。猫でさえ泣かずに帰ってくるのにどうして幼年期のホモサピエンスはこうも迷うのか。
結論。親が帰宅部員として育てる気が無い。
我々のようなプロになるために産声を上げた時から教育していれば、例えアンドロメダ銀河のとある惑星に飛ばされても一日で帰宅できる。え? 帰宅部員にさせたくないだって? もう二度と僕の前に姿を現すな。そうすれば全うにお子さんは育ちますよ。割と本気でオススメします。
そんなわけで今日も元気よく帰宅帰宅~と遅刻寸前の美少女のように涎を垂らしながら血眼で放課後の廊下を走っている時だった。
他クラスの教室を横切った際、鍛え上げた第六感が俺に訴えた。
『教室から人間が出てくるよ!』
俺はそう予知し、急ブレーキした。甘いんだよ、俺を殺そうなんざ四十六億年早いんだっつーの。
ゴリュッ。
何だ、今の音は。こんな音、人間に出せるのか?
激痛が俺の右つま先から全身に駆け巡った。止まった瞬間に俺の右足の五本指が逝ってしまったのだ。俺は痛みに耐えかねてのたうち回った。雑巾のごとく廊下のほこりを制服で拭き取った。
痛い、痛すぎる。はやくモルヒネを打たないとショック死してしまう。まずい、まずいぞ、と口ずさみながら筆箱をあさったがモルヒネは無かった。あったらやばいが。
ドアから現れたのは、確か日羽アリナとかいうやつだ。やつは「気持ち悪い」と一言残して立ち去っていった。ふざけんな、誰のせいでこうなったと思ってるんだ。
俺だ。ただの自爆だ。
痛みがなかなか引かなかったので俺は仕方が無く保健室に行くことにした。鋼で造られている帰宅部員が保健室を利用なんて恥でしかないが、今回は本当に痛かったので渋々である。
帰宅部員だってたまには人間ぶってもいいだろ?
そんなわけで保健室に入った。
「あら、どうしたの?」
その声と容姿で、俺はある日のことを思い出した。
「ここはもう……ダメらしい」
彼女にそう伝えると少しだけ悲しい顔をした。
耳を澄まさずとも聞こえてくる銃声は着実に近づいてきていた。彼女もわかっているんだと思う。けれど口にはしない。口にしたら、ここで苦しむ仲間たちを見捨てる決断を迫られるから。だから知らないふりをした。
誰かが残らないとダメなのだ。傷ついた彼らが捕虜になるまで。
しかし何の保証も無い。その場で、ということの方が可能性として高い。ぼくは彼女を連れ出したかった。どうしようもない俺についてきた彼女を。
ぼくは国とか民とかどうでもいいって思うくらい彼女を守りたかった。
ぼくは彼女に手を差し伸べた。
握ってくれ、握ってくれ――。
握ってくれたら、ぼくは走り出せる。ぼくは誰よりも勇敢になれる。
しかし彼女は微笑んで、こう言った。
「きっとまた逢えるわ」
ドアが吹き飛んだ。ぼくはそれから無我夢中で走って、走って、そして山中で泣いた。
次に彼女と再会したときは、もう真っ白な砂になっていた。
ぼくは太陽が沈むまで十字架の前で泣き崩れた。
「――。――ぶ。大丈夫?」
保健の先生の美しさに衝撃を受け、俺は前世の記憶を垣間見た。
「あ、すみません。あ、あの、つま先を捻ってしまって……」
俺は純粋な虫取り少年に戻ってしまった。こんなん無理ですよ。男の子はですね、可愛い子や綺麗なお姉さんを前にすると赤ちゃんに戻っちゃうんでちゅ。ばぶぅ。
「大変ね、じゃあそこに座ってて?」
白衣からとんでもなくエキサイティングな香りがして俺はハイになった。なんて素晴らしき香り。この香りの中で安らかに眠りたい。真空パックにおさめて冷凍庫に保存したい。
のぼせた状態になった俺はもう足の痛みを忘れて先生の背中をみつめた。あの、手当なんてせずにずっとここにいてもいいですか?
湿布やら氷やらを持ってきた先生は俺に「じゃあ脱いでね」と教育上よろしくない発言をしなさった。やれやれしょうがない、と全裸になろうとしたときにやっと靴下を脱いでくれという意味だということに気付いた。あぶねぇ、危うく俺の名前が全国ニュースで流れるところだった。妹に肩身の狭い思いをさせてはならない。
「はい、終わりました」
「ありがとうございました」
先生はニコッと笑って片付けを始めた。
それは終わりの合図だった。なんと悲しき別れ。前世の俺もこんな感じだったのだろう。あまりにも苦しすぎる。
俺は前世同様、言われたとおりに保健室を後にした。
赤草美月。
裏社会の情報屋からの提供で先生の本名が判明した。
なんと……なんと美しいお名前……!
チューリップのような薄く赤みがかった髪、リューリップのような紅い唇、チューリップのような……先生、あなたはチューリップだ。
帰宅部を軽んじる教職員に若干の嫌悪を抱いていたが、考えが改まりそうだ。
俺は先生に関する情報を収集し始めた。
在籍年数、ステータス、人間関係、好物、趣味などなど赤草先生の歴史を探った。なぜ探ったかって? 命を張って護衛する対象の情報は網羅しないといけないからだ。帰宅部員は護衛任務を遂行するとき、「妻と思って守れ」と教育されている。
しかし先生の年齢は特定できなかった。あまりにもプロテクトが固く、おそらく裏で国家安全保障局、もしくは内閣情報調査室がいる。なので先生の年齢、生年月日は不明だ。容姿から推定するに、おそらくアラサー……おっと誰か来たようだ。
男性教師が赤草先生を狙っているという情報も入手した。独身かつ交際相手がいないため、アプローチがあるようだ。特に体育教師からの好意が強いそうだ。マジで許せん。保健の教科書のイラストで我慢しやがれ。
「え? 保健委員会に立候補するの?」
高根真琴は興味なさげにそう返事した。
「そうだ」
「意外だね。彗って委員会とか興味なさそうだから。部活は入らないのに委員会は入るんだ」
「俺は帰宅部員だ」
「帰宅部って単語、もう一生分聞いた気がする」
「そう嫌な顔するな。というわけで立候補するから譲ってくれ」
「そもそも委員会に入る気いっさい無いんだけど……」
「ならいい。最近の高校生は特殊武器の知識がまったくない。俺が保健委員会に入って一から教え直す。NBC兵器の基礎知識から始めるつもりだ」
「白奈ちゃん、こんな変人とよく会話できるなぁ……」
遠い目をしながら彼は耳を塞いで俺の声を拒絶した。やれやれ。真琴君、耳を塞ぐ必要はないぞ。既に君の鼓膜は破ってある。
まぁすべて冗談だ。本当は大天使・赤草美月先生にお近づきになりたいだけである。自分で骨折なり吐血なりすれば合法的に先生と接触できるが、流石の帰宅部員でも痛いものは痛いし、再生には時間がかかる。となれば保健委員会に入るのがベストだ。この組織の総統は全人類の希望・赤草美月様なのだから。
俺の策略通り、保健委員に無事選ばれた。
「え? 君ってもしかしてあたまおかしい?」
今年度初の保健委員会の集まりで、偶然隣り合わせになった二年生女子が俺の脳味噌の構造がおかしいと非難した。それ俺のパパとママの前でも言えんの?
おかしいのはそっちの方だ。俺は彼女と一言も会話したことはない。つまり初対面でいきなり「あなたばかですか」と煽ってきたのだ。
俺はフリーズしたのち、しどろもどろで返答した。
「意味がわからないんですが……」
「ん? なんかあたまおかしい匂いがするなぁって思って」
「いやいやそれどんな匂いですか」
「んー、どんなだろうね。説明できないや。で、どうして保健委員会に入ったの?」
「支離滅裂ですね。いったん脳みそ再起動した方がいいですよ」
「先生目当てでしょ?」
心を――読まれた?
動揺する俺を楽しげに見つめる先輩。ニコニコ笑って俺がどう出るか試してやがる。
しかしこんな状況、危機でも何でもない。秘策を一つ教えてやろう。やばいときは変人として振る舞えば大体解決する。俺はその方法で数多の危機から助かってきた。
「違います。高校生に便秘の危険性を訴えるために保健委員会に入りました」
「へぇ~」
反応がないだと。通常の女子高生なら「きゃぁ榊木くんきたなぁい!」と怒る場面だ。なのに――なのになぜこの先輩はつまらなそうに俺の右手にうんちの絵を油性マジックで書いているんだ? なぜだ――なぜなのだ。確かにうんちは小学生とコミュニケーションを取る上で重要な単語だ。とりあえず連呼していれば九官鳥みたいに真似しだして仲良くなれる。俺はその方法で小学生から『うんちの王様』と崇められたことがある。
「やっぱあたまおかしいじゃん。なんとなく彗君は私と同じ波長なのかなって思って」
「……なんで俺の名前を知ってるんですか」
「交番の指名手配書にあったから」
「わぁ、ぼくびっくり」
「罪状は十円ガム盗難」
「小さい人間ですねぇ」
なるほど、確かに似た波長だ。この人は冗談をわかっている。
まだまだ冗談でバトルする雰囲気だったが、女神・赤草美月様のご登場で中断された。神々しさを前に俺は液状化し、記憶がとんだ。
意識が回復し、状況を確認する。どうやら俺は先輩に尻を叩かれているらしい。液状化した俺を叩いて固めてくれているようだ。
「委員会、終わったよ」
「マジですか。やっぱ赤草先生天使」
「やっぱり先生目当てじゃん」
そうして保健委員として活動し始めた。
先輩は峰亜紀という名前で、簡単に言えば俺のようにほどよくネジが外れていて狂っている人だった。
狂っている、というと誤解されそうなので変人ということにしておこう。変人とは世界を変える素質を持つ者に与えられる名称だ。世界を変えるのはいつも変人なのだ。普通の人は大衆に溶け込んで黙り込む。しかし変人は溶け込むことを嫌い、独立した存在で居続ける。だから変化は変人にしかできないのだ。常に新しい価値を我々に与えてくれる。
俺は熱心に赤草先生をサポートした。
健康診断の補助、健康にまつわる啓発活動、トイレットペーパー補充、環境の衛生管理など先生が見ていないところでも職務を全うした。それが功を奏し、先生は積極的に俺を選んで手伝いを申し込んできた。
わかってはいる。俺はただの便利な生徒――。その事実は揺らがない。
「彗君、あのときはありがとうね」
「何の話です?」
「ほら、化学の鈴藤先生が倒れたときの」
健康診断の補助係として準備を手伝っているときに先生はそんな話をした。俺は計測器具を移動させながら思い出す。
「あっ。あのときのことですか」
「そうそう。鈴藤先生、とても感謝していましたよ」
化学の授業中、鈴藤先生は突然倒れたのだ。何事かとクラスがざわめいて混乱する中、俺は職員室に駆け込んで助けを求めたのである。鈴藤先生が妊娠していたことは俺を含め、生徒は誰一人知らなかったからパニックになってもしょうがなかった。
日頃から保健委員として活動していたという点とプロ帰宅部員という点が重なったからできた行動だった。
「でもびっくりしましたね。突然職員室に入ってきたら『先生! 来てください!』って大声で。誘拐されるのかと思っちゃった」
「すみません。気が動転してて」
「ううん。誇らしいことだよ。責任感の強い彗君がいたときでよかったって先生は今でも思ってる」
「まぁ何かあったら呼んでください。大抵のことは解決しましょう。最強の帰宅部員ですから」
「あら、頼りになるわね。じゃあ――」
先生は何かを言いかけた。
「なんですか? 困りごとでも?」
「――いいえ。でもいずれ……いずれ彗君にお願い事をするかもしれません」
「そのときは遠慮なくどうぞ。任せてください。プロですから」
先生はニコッと笑って「ありがとう」と言った。
やれやれ。
恋、しちゃってもいいですか?




