出会い
出会いとは、いつも唐突に訪れるものだ。
それは、予期しないとき、予期しない形だということでもある。
その日は、高校の入学式の翌日。
新入生の一行は、学校の中を巡って、だいたいの構内図を頭に叩き込むことになっている。
淑子は、その列の中にいた。
当然、啓介はこの場にはいない。
出席をとってからあっという間にいなくなった。
先生が先導をして、あちこちを見て回り終わってから、教科書を受け取って、この日は終わった。
「じゃーねー」
淑子の中学校からの友人の一人である金内愛美が手を降っている。
「ええ、明日」
淑子が手を軽く胸の前で振り返す。
Y字路で、鋭角側の2本の道に分かれていく二人。
そして、別れてから3分ぐらい立った頃、公園に入ったとき、うしろから誰かが早歩きをしているような足音が聞こえてきた。
淑子が道の脇に寄りつつ、歩き続けていると、その足音はだんだんとスピードを増し、数を増やした。
後ろを振り返ると、ニヤッと先頭の男が笑っていた。
「おじょうちゃん、ちょっときてくれないかな」
「いやです」
はっきりと断る。
「いいじゃねえかよ」
別の男がダンッと飛び出してきて、淑子の手をつかむ。
「ぃや!」
手を振りほどこうとしても、男の力が強くてなかなかほどけない。
そのうちに、3人に掴まれてしまった。
「……ここはダメだな、もうちょっと暗いところに行こう」
「誰かーっ!」
淑子は、ありったけの声を出して叫ぶ。
「口をふさいじまえ!」
男が言ったが、その前に物音が聞こえてきた。
「隠れろっ」
掴んだまま、4人組の男に公園の雑木林の中へと連れ込まれる。
そこは、生け垣のおかげで、道からは見えないところだった。
物音は更に近づいてくる。
そして、これが聞こえてきた。
「っかしーなー、このあたりだと思うんやけどな」
「おいおい頭領、わすれたんですかい?」
笑い声も聞こえてくる。
「いや、女の叫び声がしたら、普通は駆けつけるだろうさ」
淑子は足でぎりぎり届いた生垣をおもいっきりける。
男の顔が青ざめる。
「……そこか」
その声は、殺気がこもっていた。
声の主が覗きこんでくる。
「…何をしてる」
「いや、なにも……」
淑子を掴んでいる男たちは、冷や汗がタラリと出てきている。
声を聞いただけで十分な男。それが、敬介だ。
「彼女を離せ」
だが、知らない男も、まだいる。
「嫌だと言ったら?」
まだせせら笑う勇気があるようだ。
「……そうか」
一言だけを言った。
だが、それだけで十分だった。
50cmほどの厚さで、高さ1.5mはあろうかという生け垣をひとっ飛びで飛び越えると、男の1人が立ち上がった。
「婦女暴行の現行犯ってとこだな」
敬介以外の道路にいる人らは、回りこんでくるようで、足音が分散した。
「一人で来るとは、いい度胸だな」
手にはポケットから取り出した折りたたみ式のアーミーナイフだ。
「ほう、銃刀法違反も追加、と」
それからサラリと言い放つ。
「それだけでいいんだな」
「ほざけっ」
男はナイフを勢い良く敬介に突き立てようと突進をしてくる。
右腕をつきだして、当たりそうになった瞬間。
「……がっかりだよ」
敬介が言ったような気がした。
右腕はあらぬ方向へと弾かれ、体は前のめりになる。
そこに、敬介は右膝を相手の腹にめり込ませた。
一瞬で肺が潰される。
足をのけ、体の下側の空間に遮るものがなくなると、こんどは両手を組んで、相手の頭へと振り下ろす。
うんともすんとも言わない男は、もはや意識もあるかどうかわからない。
ドシャと地面に倒れると、ぴくりとも動かなくなった。
「さて、次は誰が相手をしてくれる?」
1人が倒されると、慌てて他の3人は逃げた。
そこへ敬介の友人たちがやってくる。
「あれ、他のメンツは…」
倒れたままの1人を見て、息も全く切れていない敬介を見て聞いた。
「逃げたよ」
それから仲間に男を警察につき出せと命じてから、まだ座ったままの淑子のそばに片膝付いた。
「大丈夫か?」
「……はい」
「立てるか」
そう言って、敬介は右手を差し出す。
淑子はしっかりと掴んで、やっと立ち上がった。
「ん、あるけるようだな。なら大丈夫だろう」
そこまで言ってから、やっと制服に気づいたようだ。
「なんだ、同じ高校か」
「え?」
「お前も、国立手野なんだろ」
国立手野とは、国立手野大学付属 手野高等学校というのが正式な名前だ。
長いから国立手野と略すことが多い。
なお、手野市立手野高等学校という名前の高校もある。
こちらは、単に手野高校と呼ばれている。
「いやぁ、偶然だな」
敬介はハハハと笑いながら言った。
「俺は祝田敬介。お前の名前は?」
「私は改田淑子。あの……」
淑子は頭を下げようとする。
「いいっていいって。んじゃ、俺はいなくなっから。今日のことは秘密だかんな」
ばれたら親にしばかれると言い残して、敬介はあっという間に生け垣を飛び越えていった。
淑子は、ちょっとしてから歩き出した。