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第1章 初恋の人が死ぬ未来(1)

窓の外が真っ白に染まって、私を呼んでいた。

世界がまるごと、大きなスノードームの中に閉じ込められたみたいで、飛び込みたくなってしまう。

だから私は、そっと二階の窓から飛び降りた。


「お嬢様ぁぁ!」

「エカテリーナ!そこに止まりなさい!」

「いやです!」


母と乳母は追いかけることもできず、諦めるしかなかった。

そもそも、ドレスにヒールで、速く走れる方がおかしいよね?


私は舌をぺろりと出し、雪原(せつげん)に飛び込む。


「エカテリーナ、お前という子は本当に――!」


母も乳母も、私を止めることはできなかった。

私の脱走技術は、日々向上していったからだ。


少し寒いだけで風邪を引き、ぐったり寝込むくせに、脱走の達人になった私。

母は頭を抱えるしかなかった。


結局、母は私を連れて、小さな南の島へ向かった。

多くの国の貴族たちが訪れる冬の保養地(ほようち)だった。


「こんにちは! 私はエカテリーナよ! オブロフから来たの」

「あ、こん……にちは」


そして私はそこで、隣の家に住む男の子――エルと仲良くなった。

私より二歳年上で、この地にもう二年も住んでいるらしい。

なぜか両親ではなく、乳母(うば)と二人きりで暮らしている子。


暖かい南の島に心躍らせ、私は毎日のように外を駆け回った。

おとなしかったエルは、嫌だとも言わず、毎日私に引っ張り回されていた。


「危険、だよ」

「大丈夫! 見て、もう全部登ってきたんだから! やっぱり高いところから見ると気持ちいいね!」


エルはいつも慌てて、私を止めようとするけど――。

結局、止められないのがお約束だった。


「降りるよ!」


風をはらんだスカートが、花のつぼみみたいにふわりとふくらんだ。

木からすいすい降りて、軽く跳ねて地面に着地する。

エルはただ心配そうに、真剣な眼差しで私を支えてくれた。


「カーチャ、大、丈夫?」

「うん!」


エルは幼い頃、ひどい熱病にかかり、言葉が少し不自由になったのだと聞いた。

大人になれば、治癒魔法(ちゆまほう)で治るかもしれないけど……。

周りの子供たちは、うまく話せないエルを馬鹿にして、誰も一緒に遊ぼうとしなかった。


それでも、私はエルのことが好きだった。


大人ぶってすました顔で、偉そうなことを言う子たちより、ずっと――ずっと好きだった。

言葉はたどたどしくても、私だけを映してくれるエルの瞳は、いつも優しかったから。


「見たでしょ? 私は木登りの天才だよ?」


幼い頃の私は、いつも自信満々で、つい油断しがちだった。


あの日も、そうだった――。


「カーチャ、危険……だよ」

「大丈夫、大丈夫! 私が今まで登った木はいくつだと思う?」


偶然見つけた鳥の巣に胸が弾んだ。

巣の中ってどんなだろう? ヒナがいたりするのかな?

きっとすごく可愛いに違いない……!


でも、いつもなら諦めてくれるエルが、この時だけは首を横に振った。


「鳥の巣、よくない」

「どうして?」

「お母さん鳥、あぶ、ない……」

「お母さん鳥が? どうして?」


エルは何かを伝えようとして、唇を何度も動かした。

けれど、声はうまく形にならない。

彼は喉に手を当て、悔しそうに紫の瞳を揺らした。


首をかしげた私は、手をぽんぽんと払うと、木に登る準備をした。


「じゃあ、行ってくるね!」

「行っちゃ、ダメ!」


エルが慌てて私の腕を掴んだ。でも夢中だった私は、その手を振り払った。


「エルって本当に心配性! 後でヒナがどれだけ可愛かったか、教えてあげるね!」


私は勢いのまま木の上まで登った。

ヒナが思ったほど可愛くなくて、ちょっとがっかりしたけど……。


不安そうな顔で私を見ているエルに、笑って手を振った。

その時だった。


「ピイッ――!」


空を鋭く裂くような鳴き声。

ん? 親鳥が戻ってきたのかな?

私はぼんやりと、その親鳥を見上げた。


「カーチャ……!」

「えっ? きゃああっ……!」


親鳥が鋭いくちばしと爪で襲いかかる。

必死で逃げようとしたけど、私は木から落ちてしまった。


体がふわりと浮き、風の音が耳を打つ。

枝が肌をかすめて、ひりっと痛む。


……地面にぶつかったら、もっとずっと……痛いよね?

拳をぎゅっと握りしめ、目を閉じてしまった。


――やがて体に強い衝撃が伝わった。


「うっ……!」


……あれ……? 思ったほど、痛くない?


そっと目を開けた私は、息を呑んだ。


――エルだった。

彼の腕がしっかりと私を抱きしめていた。

落ちてくる私を受け止めてくれたんだよね? 本当に助かった!


でも、なんか……おかしい。

私を抱きしめているエルの両腕が、変だった。


エル、どうして腕があんなふうに曲がってるの?

手のひらが、どうして……上を向いているの!?


……まさか、私のせい?

落ちてくる私を守ろうとして、怪我したの?


エルは両腕が変な方向に曲がったまま、私を離さなかった。


その時、私はどれだけ危険なことをしたか痛感(つうかん)した。

体がガタガタと震えた。


早く『ありがとう』と言わなきゃ。どれくらい痛いのか、聞かなきゃ。


怖くて息が詰まる。

口を開かなきゃいけないのに、唇だけがわなないた。

そしてようやく名前を呼んだ。「エル」って。


「痛く……ない」

「嘘だよ」

「大丈夫」

「大丈夫なわけ、ないでしょ!」


エルは曲がった腕を無理に動かして、私の涙を拭ってくれた。

ぼやけて歪む視界の中で、私は自分が泣いていることに気づいた。


「嬉しい。カーチャが……無事で」


エルは、相変わらず澄んだ笑顔だった。


「エル、バカ……、う、ううっ……!」


私が悪かったの。

こんな危ないことをしなかったら、エルは怪我しなかったはずなのに。


きっとすごく痛いはずなのに、エルは泣かなかった。

ずっと私のことばかり心配していた。泣いているのは……私だけ。


「痛い? 泣かない、で……」


「……ひっく、どうしてエルは私のことばかり、心配するの? いつもあちこち連れ回して、わがままばかりなのに」

「違う。カーチャ、いい」

「どうして?」


エルはしばらく言葉を探してから、ゆっくりと答えた。


「カーチャは、いつも…… 優しい。僕を…… 見てくれる。他の人と、違う。

僕を見て……嬉しそうな顔、してくれる。好き」


その無垢な笑顔に、なぜかとても切なくなった。

私はエルを抱きしめて、大声で泣いた。


――ごめんね。エル……、死なないで。

私のせいで死んじゃダメだよ。全部私が悪かった。


胸の中で思いがぐちゃぐちゃに渦巻いて、まとまりのない言葉がぽろぽろと溢れた。


「私も、ひっく、エル、本当に好き!」

「うん、僕も」


私は、エルの怪我をしていない手の甲に、そっと手を重ねた。

エルは純粋で、優しい。

だから、絶対に一人にしておけない。


「これからは私がエルを守ってあげる。私たち結婚しよう!」

「え……ええ!?」


エルは真っ赤になって、目を大きく見開いた。


「ぼ、僕と……カーチャ、が?」

「うん! そうしたら、ずっと一緒にいられるでしょう?」

「でも……僕、なんかで、いい?」

「私はエルが好き。エルは……嫌?」

「ぼ、僕は……」


しばらく途方に暮れていたエルは、やがてぎゅっと目を閉じた。


「僕も、カーチャが……好き。誰、よりも」

「うん!」

「ちゃんと、治ったら……カーチャに、会いに、行くから」


それが、私の最初で最後のプロポーズ――ではなく、結婚の約束だった。


――その後のことは、みんなに見つかって死ぬほど怒られたことしか覚えていない。


当然、外出は禁止された。

代わりに謝りに行った母から聞いた。

エルは両腕を骨折し、熱を出して療養(りょうよう)しているのだと。


心配で気が狂いそうだった。

けれど、面会も許されなかった。

オブロフに帰ることなった日は三日後だったのに。


結局、私はエルに会えないままオブロフへ戻った。

八歳、夏だった。


――そして、十四年が過ぎた今。


私が見つけたのは、エルの、死亡予告だった。


お読みいただきありがとうございます。

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