表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/26

第二話:特典なしのニューゲーム 〜小学生必死編〜

「――いっ!?」

肺から空気が一気に絞り出されるような感覚とともに、俺は跳ね起きた。

視界が、低い。鼻を突くのは、刺された時の鉄臭い匂いでも、夜の川沿いの冷たい空気でもない。使い古された畳の匂い。窓の外から聞こえる、やかましいほどの蝉時雨。

俺は、自分の手を見た。白く、小さく、肉付きのいい、子供の手。

「……はえ?」

喉から出たのは、まだ変声期も迎えていない、高くて頼りない少年の声だった。震える手で、自分の腹を触る。ナイフで裂かれたはずの場所には、傷一つない。

カレンダーが目に入った。一九九七年七月。

俺は、二〇二六年の冷たい地面で死んだはずだ。だが、今ここにいる俺は、小学校二年生の、あの頃の「久世恒一」だった。

(やり直せる……? 本当に……?)

心臓が早鐘を打つ。これは夢か、それとも死の間際に見ている幻覚か。だが、この畳の感触も、夏の湿った空気も、あまりに生々しい。

「……ハ、ハハ……っ」

笑いが漏れた。喉の奥が引きつる。うまく息ができない。

もしこれが本当に「やり直し」なのだとしたら。

あの時、冷たい地面で誓ったことを――

「……っ」

言葉にしようとして、詰まった。うまく出てこない。

頭の中は、あの光景でぐちゃぐちゃだ。

「……ふざけんなよ」

ぽつりと、零れた。

冴子さんの苦痛に歪んだ顔を思い出す。

やはり暴行されたのだろうか...思い出すだけで腑が煮えくり返る。


俺は立ち上がる。足が少しもつれる。それでも壁に手をついて、なんとか姿見の前に立った。

そこには、まだ何も知らない、ただの子供の顔がある。まだパサついていない黒い頭髪、ダークブラウンの瞳、自信のない表情。

――だが、その奥に。

焼け残ったみたいに、消えないものがあった。

三十五年分の後悔と、あの夜の絶望。

それが、消えずに残っている。

「……これで、終わりじゃねぇんだな」

小さく呟く。少しだけ、声が震えた。

残念ながら、転生特典の魔法やチート能力などは使えないようだ。だが、そんなものがなくてもいい。

いや――あったほうがいい。

「……いらねぇよ、そんなもん」

言い切ったあとで、ほんの少しだけ間が空く。

(……いや、あった方がいい。手から雷とか出してみたかった。)

思わず苦笑が漏れる。

それでも。

人生のやり直しが万人に与えられているとは思えない。これは、間違いなく「機会」だ。

俺は、ゆっくり拳を握った。

まだ柔らかいが、血豆や擦り傷で腫れ上がった子供の手。力なんて、ほとんど入らない。

「……まずは、この体からだな」

視線を上げる。鏡の中の自分と、目が合う。

逃げそうな目だった。前と同じだ。

「……逃げるなよ、俺」

小さく言い聞かせる。

そして、息を吐いた。

(最低でも――)

言葉を、選ぶ。

(俺と、俺が大切だと思えるやつくらいは……あんな目に遭わせない)

一度、目を閉じる。

次に開いた時、ほんの少しだけ、視線が定まっていた。

久世恒一、二度目の人生が、今ここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ