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第十三話:不思議な子供 〜小学生必死編〜

吉田みことの夏休みは、税込百五円(当時は消費税五%)のスナックパン一袋と図書館に支配されている。

妹のさおりを連れて、ほぼ毎日図書館に通う。理由は至ってシンプル、家が貧乏だからだ。図書館は素晴らしい。空調はタダ、トイレは綺麗、そして水までもが無料で飲める。スナックパン一袋あれば、丸一日ここで粘れるのだ。二十歳を目前にした女子大生の思考としてはあまりに貧相だが、背に腹は代えられない。

私は今、大学の法学部に籍を置いている。

「立派な正義感をお持ちで」なんて言われることもあるが、動機はもっと泥臭い。父が亡くなってから、女手一つで私たちを育ててくれている母を助けたい。そのためには、稼げる職業――そう、弁護士になるのが一番の近道だと思った。ただそれだけだ。


万が一私が弁護士になってしまった暁には、こんな大義もない人間に弁護される依頼者が気の毒でならない。そんな自虐を脳内で再生しながら、今日も分厚い基本書(法学部生や司法試験受験生にとっての「教科書」のこと)と格闘する。

そんな時だった。いつも大人しいはずの妹が、誰かに声をかけたのは。


「……久世くん、何をそんな熱心にやってるの?」


驚いた。さおりが他人に話しかけるのは珍しい。相手は、彼女と同い年だという小学二年生の少年。

なんとなく、その少年の手元にあるノートを覗き見た私の心臓が、変な音を立てた。


(……刑法、構成要件、責任能力……?)


見知った単語が、ジャポニカ学習帳のマス目を埋め尽くしている。

私は思わず、考えるより先に口走っていた。


「これ、君が一人でやってるの?」


見ればわかる。一人でやっているのだ。だが、目の前の少年――久世くんは、二十歳の私よりもずっと冷ややかな視線を向け、明らかな作り笑顔で「そうですけど。何かおかしなところがありましたか?」と返してきた。

正直、少しゾッとした。

「子供のフリをしている何か」がそこに座っているような、刺すような違和感。妹がなかなか声をかけられなかった理由が、肌で理解できた。

数日後。どうしても興味が抑えられなかった私は、彼の隣で「大学生のプライド」という名の知ったかぶりを披露してみた。


「あー、そこの解釈はね、判例だとこうなってて……」


ウザがられるかと思ったが、彼は食いついてきた。


「では、その判例の論理的矛盾はどう説明する感じですか? 僕はこのように考えまして〜、〜だからこの考察に至ったんですが」


返ってきたのは、小学生どころか、現役の法学部生すらたじろぐような鋭いカウンター。

必死で応戦しているうちに、不思議なことが起きた。彼に教える(というか議論する)ことで、私の脳内にも面白いように知識が定着していくのだ。


(この子、ノートに書き殴っている内容は結構感情が入っていてまだまだだけど、私との議論でしっかりと修正されていってる。私もまた人に教えたり言葉にすることで脳内が整理され正しく記憶定着している、気がする)


こうして、私たちの奇妙な「二人三脚」の夏休みが始まった。

この時の経験が、後に私を無事に弁護士へと導くことになるのだが……。

そして目の前の少年が、まだ見ぬ未来で成し得ることも、この時の私はまだ知らない。

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