八話 血狂い人
八話 血狂い人
ヴァルト達は数体の名無しを討伐した後、メロディのいう下水道施設らしき場所にたどり着いた。斜めに土を盛り上げて、そこを切った所に鉄の扉を押し込んだような見た目をしている。幾重にも重ねられていたとされる鉄の鎖が、その側に散らかっていたが、無作為に引きちぎられたようには見えない。扉は大きく開けられていた。
「切断されてるな」
「シャル……モルモーンの力技ではない?」
「じゃあ、ひょっとしたらジャン=ポールも?」
「うっし、準備するぞ。装備の点検、あと詰んでる荷物で何か使えそうなものはないか?」
馬車の中にある、大きめの木箱をノイは開けた。
「あ、これ明るいやつじゃない?」
ノイは鉄枠で補強された透明な小型の箱を取り出す。内部にロウソクが収納されており、火をつければ明かりが灯せると思われる。
「ノイ。俺の鞄から火打石を取り出せ、火を付けといてくれ。どうせここは暗い」
カチッカチッ。
「危険そうですね……内部にベストロがいる可能性もありますよね?」
カチッカチッ。
「いや、メロディの口振りからそれはないだろうな。だが下水道は高低差のある設計もある。落下で普通に死ぬだろうから、足元には気を付けろよ」
カチッカチッカチッカチッ。
「全ッ然付かないぃんだけど!」
フアンは中々火を付けられないノイと変わって、一発でロウソクを点火させていった。明るさの少しが命を救うことを信じて3人はそれを腰にぶら下げ、口のように開いた扉に、下るように入っていった。
階段を下りた先には扉があったはずだが破壊されており、捻るように開けられていた。ひしゃげた点火の扉を横に過ぎると、湿りと鉄の漂う、不快ではあるが不自然さのない通路にでた。目の前には少々の段差があり、詰まった土や草木、多少の動物の死体があった。青みがかった周囲の壁はや地面は、形成した石材であることが伺える。武器で壁をつつくと少し削れてしまった
「100年前の石材だよな……こりゃ早めにでた方が良いかもな」
「……不気味。どっと空気が重くなった感じ」
歩いていると物音が響いた、足音ともいえない。
「……誰かいます?」
「やめてよ!」
音の方向から数匹、黒く大きめのネズミのベストロが現れた。
「おいおい、ここにもいるのかよ!」
「ノイ、足元に注意して!行きますよ!」
ノイは目の前に照らし出されるネズミのベストロを蹴り飛ばして距離をつくり、腰に下げた戦棍を持つ。
「ノイ、1回下がれ!」
ヴァルトが灯りで周囲を照らすと、光が反射する2つ並んだものがあたりにまだあった。
「結構いやがる……奥に向かおう」
ヴァルトが先導して細道に入る。曲がり角で一斉に待機し、足音に合わせてヴァルトは振り下ろし1匹を討伐。奥に下がりながらフアンは槍に変形し、長さで遠くから1匹1匹倒していった。
「これで、最後!」
最後の1匹を撃破し、探索は再開された。
「……ベストロ、只でさえ意味わかんねぇのがまた、一気に意味不明になったな」
「ですね……寄生するベストロ、生き物として、やはり聖典に書かれている限りの生態ではなさそうです」
周囲をヴァルトは確認し始めた。
「ノイ、犯人がいても早まって殺すなよ?」
「分かってるわよ、そのくらうわぁ!」
ノイの目の前でネズミが走っていった。
「ビックリしたぁ……ベストロなのか普通に動物なのか、一瞬じゃ判断できないね」
ヴァルトがネズミの走ってきた方向を見る。
奥を照らすと、何かが倒れていた。恐る恐る近寄ると、それは女性の死体だった。肌の表面は焼けており、噛み痕が残っている。
「なんでここに……!?」
ネズミに食われ穴開きの死体からは腐乱した臭いがし、虫も集っていた。
「1週間以上はここにあるな」
「……ヴァルト、1つ良いですか?」
「なんだ?」
「ジャン=ポールが屋敷に残した遺体……そしてこの遺体も」
「……全部女」
「男性の遺体はその……セヴラン君だけですよね?」
「あのジャン=ポールの趣味ってこったろ?ここに連れ込んで食って放置」
「いえその……それはともかく、モルモーンの生態の話なんです。多すぎる残った女性の遺体はジャン=ポールだとしたら、モルモーンは男性だけ襲うことになりませんか?そうでなければ、被害者の比率がおかしくなります……」
ノイは身の毛が弥立つ。
「わ、私……」
「お前は強い、誰が脅威かも知ってる。大丈夫だろ」
ヴァルト達は、進んでいった。整備用の梯子に太い配管の上、長い管の坂道を下り、縦に楕円の狭い道の果てに崩れた配管を登る……どこかに出た。奥まで光が届かないことが広さだけを伝え、大きめの柱が数本生えている
「ここ、どこ?」
「たぶんだが……沈砂池か沈殿池か?下水道の設備のひとつ、汚れを時間かけて沈めて綺麗にする場所だ。気を付けろ、普通にウンコとか落ちてるかもだぜ」
「うえぇ……ねぇヴァルト、フアン。上見て」
ヴァルトが上を見ると、簡素な鉄の橋がかかっていた。
「整備用だろうな……さっさと登るか。落下した時用の梯子があるはずだ。俺なら設置する」
梯子を探そうと壁を伝おうとした瞬間、液体の飛び散る音と共に、上から呻く女性の声が聞こえた。
橋の上に誰かがいる。松明を橋にかけ、優雅に手すりに腰かけているのがうっすらと伺えた。
「……おい、てめぇだろジャン=ポール。キモいことばっかしやがって」
ヴァルト達は近寄り橋上を確認すると、体の蠢きに苦しみながら躍動するシャルリーヌがいた。全身を縛られて拘束してある。
「うぅ……ぁあああ……」
痙攣し掠れた声で餌付いたような鳴きを行いながら、ヴァルト達を見る。
「……い、えぁ、だ。も、い……あ」
血と唾液の混合物を、こぼした容器のようにぶちまける。口は縫われているように見える。彼女自身が抑制するように頭を地面に叩きつけ、自分を殺すようにしていた。
「恐ろしい、我欲の顛末とは……恐ろしいですね。タチアナもきっとこうだったでしょういやぁ恐ろしい恐ろしい。人間、ベストリアン、ベストロ……彼女を見てください。ふふっ、どれに該当するのでしょうね?」
「ヴァルト……何とか、で、できないの?ねぇ、シャルリーヌが……シャルリーヌが!!」
「……すまん」
「彼女はもう、並々ならぬ力で獲物をねじ伏せるのです……人を食った数で強くなり、一定数を完食すればモルモーンは覚醒します。ですが……かなり不完全のようだ」
頭の叩きつけにより何かが橋から落ちる……人の腕だった。
「あれは君のものですよ?」
「てめぇ、何しやがった?」
「お分かりでしょうか、ムッシュ・ヴァルト殿?」
「寄生か?」
「おぉ!!ご明察です、貴方は実に自由な発想をお持ちのようだ!!」
全てを真剣に嘲笑うような表情を、遠目からでも見える。
「……しかし、まさか保安課が来るとは思いませんでしたよ」
「あのばばあが帰ってこねぇ、お前やったか?」
「いいえ、むしろ何故か私に手を出して来ませんでしたよ」
ノイが前に出た。
「あなた、散々これだけやっておいて、逃げられるとでも!?」
「ムッシュ・フアン殿!貴方はとても良い正義感を持っているようで!空回りしていないか不安ですねぇ。そして、あぁなんて麗しい黒髪だ、今すぐにでも口にしたい!」
「降りてきなさいよ……ぶっ飛ばしてやるわ!」
怒りで過呼吸になるのノイをヴァルトが肩を叩いた。
「何がしたかったんだてめぇ、遺言変わりにしてやるよ」
ヴァルトが剣を抜いた。
「ヴァルト、アレ殺すの……?」
「たぶんコイツは末端だと思うぜ。何聞いたって、情報を持ってなさそうなんだよな……ガチで悪いやつってのは、大概表には出てこねぇんだよ。カルメのばばあの方がまだ何か知ってそうだ」
フアンとノイも抜刀した。
「皆さん、命は……尊いと思いませんか?」
ジャン=ポールの発言に全員が困惑した。
「はぁ?」
「思いますよねぇ!?産まれ、育ち、育み、絶える……この繰り返しのなんと美しいことか!!命を繋ぐ行為もまた等しく尊く、まさに正義……しかしその定義とは?簡潔に言えばそれは眠ること、食らうこと、犯すことにあると、私は考える、これに逆らえる者は生き物ではない、これらに沿ってこそ、生命とは善くあれる……故に、私に罪など存在しない」
「おい、てめぇ正気でいってんのか?」
「えぇ、私は実に正気です」
「じゃあ病気じゃねえか」
「……私はここクロッカスを、私の趣味の牧場にしようと考えていました」
ジャン=ポールは手すりを下りて橋を歩き回る。
「昔から私は、食事を……とりわけ肉を食らう度に、蠢きを覚えていました。試しに、私を溺愛していた女の怪我を舐めてみたのです……蠢きの正体が分かったのです。盛りの盛ったこの心、あぁこれは情動であると。ひたすら舐め、果てに吸い、とどのつまりには食らった……私はもう戻れなくなっていた。あの日から私は、己の食欲が繁殖の欲と連結しており、動物や同種の雄にそうならないよう、私は女体しか口にできなくなったのだよだが、社会的にそんなものは異端でしかなく……私は隠れることをこの産まれによって強制させられてきた、惨めだった。私はもっと自由に生きたい!!更に厄介なことに、人に……飽きてきてしまってね?他の味も試したいと思ったのが……オルテンシアに別の人種、ましてやベストリアンなどいなかったのだよ。私は外に出て、どこか都合の良い場所がないかと探したかった……そしてあの方に教えてもらい、見つけた。すまないね君達、知りたいことも沢山あるだろうが、僕はもう1つの場所を知れたのだよ。ナーセナルというものが、ここより東にあるそうじゃないか。そこに行こう、もっと私に、更なる充足を!」
「ふざけないで下さい!貴方のせいで亡くなった方々は、日々懸命に生きていたんですよ!」
「えぇ、日々を懸命に生き、でも最後には皆死ぬんです。死体は土に埋められる。知っているかい、その後どうなるか?ミミズやモグラに食われて終いだ!いつか何者かの糞尿になる運命ならば、私はそれを早めているだけに過ぎず、むしろこの高貴なバズレール家に血を分けるようなものじゃないか、喜ばしいだろう!?それに、私がここクロッカスで食らったのはベストリアン達だけだ!あれらを殺したとて私の罪はどこにある!?誰が、この西陸で私を叱責できる!?罪とは多数派が決めるものであり、キサマらは少数派で、ただの弱者だ!我々が支配しキサマらは支配される、これを変える力もないだろう?むしろ私は、この残酷な教えの中でもベストリアン達を1匹のメスとして見られる!尊厳を与えてやっているのだぞ?敬いひれ伏し、暗記しろ!他を律する前に、己を律したまえ愚者め!」
「要はてめぇ、自分の都合良く全部回したいだけじゃねぇか。なんか自分偉いみたいな感じで喋りやがって、全然偉くないからなお前?あと見てみろここを下水道だぞ?しかもちょっと前は地下室の酒蔵で……お前カビかなんかか?光の当たらない所がお好きなようで、まるでてめぇの生涯みたく、暗くてジメジメだなぁおい」
「ただの罵倒ですか?」
「そうだな、お前をどうこう言うのに論も証拠もへったくれも必要ねぇ、お前自身がへったくれだからな」
「……そろそろさすがに、耐えられないでしょう、さぁシャルリーヌよ、その内をさらけ出しなさい……さぁ、さぁ、さぁ!あの愚か者のように!」
シャルリーヌはジャン=ポールに蹴飛ばされ落下し、抉れた腕や足を叩きつけた。
「シャルリーヌ!!」
ノイが駆け寄る。
「ノイ、離れろ!」
ノイは駆け寄り、潰れかけのシャルリーヌを起こす。
「シャルリーヌちゃん、シャルリーヌちゃん!!」
「うぅ……うぁあぅ……うぅぅうっ!!」
シャルリーヌは全身を動かしてノイから離れ、這うようにして後退した。
ヴァルトは警戒したが、フアンが近付く。
「……貴女は今、離れました。誰かに迷惑をかける創造ができるなら、まだ意識はあるはず、まだどうにかできるかもしれない」
シャルリーヌの動きが止まる。フアンは抱き抱えるようにシャルリーヌを起こした。自立して座れるように、太い柱にかける。
「ノイ、少し離れて下さい」
フアンはノイが距離を取ったのを確認し、槍を変形して剣にし、そっと顔に向ける。ノイが止めに入った。
「ちょっと、やめて!!」
「早まらないで下さいノイ」
フアンは口の縫われた所を切っていき、口を開けさせた。牙のようにそれは、口を引き裂き、自ら自分を食べているようにも見える。
「シャルリーヌさん、どうぞ……」
ノイがフアンを退けた。
「私が聞く!」
ノイが正面になると、シャルリーヌは話し始めた。
「……ぐっひょ、ぎひんがあはっはの」
「……ずっと、自信がなかった?」
「ほえをのえあ、ひえいいあうへ」
「これを飲めば、キレイになれるって?」
「ああひ、あいえ……あいへ……」
「最低なんかじゃないシャルリーヌちゃん!私酒場で、正直あんまり馴染めてなかったのに、話しかけてくれたじゃん!嬉しかったよ!?初めて外で出来た友達で……なのに、こんなことってないよ……!ねぇ、なんとか、なんとか……なんとか……!!」
「ほい……ひゃん……!!」
シャルリーヌは、涙を血と共に流す。目は潤っているのか爛れているのか、もはや分からなかった。
「あ……あ……」
「何……?」
「あいが」
シャルリーヌの腹から順に頭が裂け、裂け目から触腕と口の混じが飛び出し、ノイに襲いかかった。ヴァルトはノイを咄嗟に右手で守り触腕が触れ傷を付けるが、痛みを我慢しながら左手の小指でで刀剣の鞘に付いた引き金を引きながら、柄を小指以外の四指で握りしめ、火薬と不馴れな操作で左手を火傷しながら、逆手で刀剣を射出し灼炎と共に抜刀。脇を大きく広げながら操作し、触腕ごとシャルリーヌの首を叩き斬った。ジャン=ポールは上でボソッと言う。
「確か、あの方はこう言っていた……モルモーンは宿主が瀕死になる時も覚醒し襲い掛かると……あのまま私が上で拘束し続けていたら私が襲われることに……恐ろしい」
ノイは唖然としていたが、ヴァルトが悶え始めた。
「すまん、血が目に入った……!!前が見えねぇ!まずいぞ、ベストロが寄ってくるかもしれねぇ!」
ノイは唖然としていた。
「ヴァルト!!大丈夫ですか!?」
ノイは唖然としていた、フアンが辺りを照らすと反射する2つのものが並んでいるのを見る。
「もう集まって!?」
「くっそ、退避だ!あの野郎ぶちのめす前に俺らが食われるぞ!」
「ノイ、ヴァルトをお願いします!正面は僕が」
ノイは立ち上がってヴァルトを担ぎ上げる。
「くっそ、頼んだノイ!」
ノイはフアンの先導の元に走っていく。シャルリーヌを背にしていた。
(振り向きたい、せめて、せめて……でも、ヴァルトもフアンも動いてるの……ごめんねシャルリーヌちゃん)
ノイは震えた声を出す。
「さようなら」
ネズミのベストロは数を増やしていき、配管に敷き詰められ押し上げられ、つまった汚れのようにヴァルト達を追ってくる。
「ヴァルト、何か道具はないですか!?後ろはまだしも、これ正面から来られたら終わりです!」
「鞄あされ!酒場で回収した火薬があるはずだ、こっから確か、配管を登る道があるはずだ」
フアンは配管を登りきり、ノイが運び終わるのを見た瞬間、配管が壁に刺さっている所に全て振りかけ、灯りのロウソクを投げた。火薬は勢い良く燃え、配管の接合を弾き飛ばし、ベストロの大群ごと落下していった。
「よし、これで後ろは大丈夫」
出口付近であるひしゃげた扉付近まで来ると、今までのネズミとは全く違う、やたら大きく耳の大きさもそれに比例し、げっ歯がもはやノコギリなネズミのベストロが現れる。
「名付き、カレティス!?」
「フアン、ヴァルトをお願い……」
ノイはフアンにヴァルトを預けると、腰の戦棍を右手に装備した。口を開けてノイを食おうとするのを見切り歯を殴打し砕き、砕いたそれらを喉奥に投げ入れ突き刺した、悶えるカレティスの脚を殴打し転倒させ、頭部を粉砕し粉微塵にした。
「一旦外に出ましょう」
「あぁ?なんかぐちゃぐちゃって、カレティスはどうなった?」
「落石で死にました。目は大丈夫ですか?」
「くっそ痛ぇマジで……ノイは大丈夫か?」
ノイとフアンの目線に光が見えた。外に出てまずノイは扉を閉鎖し、フアンは馬車から水を持ってきてヴァルト目を洗う。
「……はい、これで見えますか?」
「あぁ、バッチリだ……」
ヴァルトは少し目線を落とす。
「ヴァルト……ノイを守ってくれて、ありがとうございます」
「なんだぁおめぇ、まさかあの場であいつを助けようとしたこと、後悔とかしてんのか」
ノイが近寄り、ヴァルトの左手が爛れているのを見る。
「……これ!」
「あぁ?んまぁこれで済んだしな。逆手で抜刀なんざ初めてやったぜ」
右腕を少し押えるヴァルトに、フアンは反応した。
「他にもどこか……!?」
「軽症だアホ、だがすまん……馬車の運転はちょっとな」
「僕が運転します、ノイはヴァルトを運び込んで下さい!」
「いいって、そんくらいできうわぁ!」
ヴァルトらは馬車に乗り、一旦機関しよとする。フアンが扉の方を見た。
(えっ?またこれだ、さっきもそう……あの時も、何か……感じる。これは、呼び声??)
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




