「第5章 前に進む勇気の出し方と作り方」(3)
(3)
「……んっ、」
肩を叩かれた衝撃で桜の意識はゆっくりと浮上する。決して強くなく優しさが内包された衝撃。彼女は、ぼんやりとした頭を起こして、その衝撃の正体を察して全身に電気が走り、勢い良く振り返った。
「真緒っ!?」
桜が祈るような目で振り返ると、そこにいたのは真緒ではなく、父親だった。
「お父さん……」
振り返った先で立っている父を見上げて桜が声を漏らす。そこにいた父の姿に現実感がなくて、まるでまだ夢の中にいるようだった。
父は安堵した表情で肩をガクッと落として、大きく息を吐いた。
「やっと見つけた。探したぞ、桜」
優しくそう話す父にああ、ココは夢じゃくて現実なんだなと再認識する。
「どうして、ココにいるの?」
「東京に行くってLINEが届いたからな。心配して探しに来たんだ」
「あぁー」
「あぁって……」
桜の反応に父は呆れるように笑いながら、そう返した。
確かに東京に行くとLINEを送った。それは自分がいる場所を示した方が安心するだろうと考えたからだ。まさか探しに来るとは思わなかった。
父のこんなに行動的なところは、見た事がなかった。むしろ彼は慎重に慎重を重ねるタイプだったのに、たった二回のLINEだけで東京まで探しに来るとは。
そして同時に父一人しか東京に来ていないのを悟る。
結局、母はそういう人なのだ。
「……あの後、お母さんはすぐに帰ったの?」
「えっ?」
桜がそう尋ねると、父が戸惑いの声を出した。そして後ろから、頭の上にポンっと再び優しい衝撃が走る。
「だ〜れが、帰ったって?」
振り返るとそこには母親の姿があった。
「お、お母さん!」
まさか母まで東京に来るとは思わなかったので、父の時以上に桜は声を出して驚いた。
「ったくもう、話の途中で家から飛び出して、まさか東京にいるなんて。服まで着替えてるし。どうしたのその服?」
「あっ、うん。来る途中で三宮のUNIQLOで買った。シャワーもインターネットカフェで浴びて。突発的に東京まで来る事になったから」
「うわぁ〜、大冒険だったんだ!」
こちらの事情を聞いて母は驚く。隣で聞いていた父も同じく「大変だったね」と言った。二人にそう言われても当の本人は、決して大変だとは思っていなかった。
何故なら真緒がずっと一緒だったから。そもそも一人だったら東京に行こうなんて考えない。
そうだ、東京に行くという発想自体が真緒の提案なのだ。
桜は自然と目から涙が流れてきた。
しまったと思った時には、もう止められなくて涙は自分の意思とは無関係にあふれてくる。
「おっとと、」
その様子に母がそう言って、自身のカバンからハンカチを取り出して桜に差し出す。
「ありがと」
差し出されたハンカチを目に当てて涙を吸わせる。
両親がそれぞれ、桜を挟む形でベンチに座った。
下を向いて涙を吸わせて、落ち着いてから、桜はゆっくりと顔を上げた。
「大丈夫? 落ち着いた?」
母にそう言われて、桜はコクンと頷く。
すると母は自身の両手をパンと小さく叩いて、口を開いた。
「よし。それじゃ、今朝の続きをしますか」
母の言葉に桜よりも父が反応する。
「いや、ちょっと待って。ココで?」
多くの人が座り、また周囲の雑踏も多い待合スペース。こんな場所で今朝の話の続きなんか出来る訳がない。桜も父と同じ事を思った。
「分かってる。何処か喫茶店にでも入ろう?」
「ああ、それならまぁ賛成。桜は?」
「私も」
父に同意して桜は賛成の意を示す。彼女自身の考えはスカイツリーを出てから、東京駅に来るまでで固まっている。




