「第5章 前に進む勇気の出し方と作り方」(2ー2)
(2-2)
それから本の話をした。今日は沢山話をしているのに意外にも本の話はしていなかった。普段、本を読まない真緒に読みやすくて、オススメの小説を桜が薦めていく。楽しく話している間に電車はどんどん進んでいく。
東京駅まで、あとどれくらいだろう?
話が一息付いて桜は、ドア上部にある液晶ディスプレイの車内案内に視線を向ける。
ディスプレイには東京駅までの残り駅数が路線図となって表示されていたが、すぐに切り替わりニュースが流れた。
政治・経済と流れていき、事件のニュースが流れた。
先日、市原 真緒が実の父親に包丁で刺されて殺されたというニュースだった。
「…………はっ?」
表示された文字列を頭が認識出来なくて、桜は不可解な声を出す。
同姓同名? いや、表示されている都道府県は合っている。それに年齢までピッタリだ。珍しくない名前ではあるが、これ程まで一致するのは、まずあり得ない。
でもこのニュースが何を言っているのか、訳が分からない。
殺された? だって真緒は今、隣に――。
桜は顔を横に向ける。すると、そこに真緒の姿はなかった。残っているのは、不自然なまでに綺麗に空けられた一人分のスペース。
「真緒?」
自分がニュースに見入っている内に立ち上がったのか。そう思って周囲を見回すが車内に姿はない。電車は走行中で降りるのは不可能。
そもそもこの車両が最後尾なので、車両間を移動するのなら、必ず自分の前を通らないと行けない。念の為に隣の車両も覗いたが、他の乗客がいるだけで真緒はどこにもいない。
焦って真緒のiPhoneに連絡をするが、LINEも通話もどちらも繋がらない。まるで彼女が退学をした時と同じだった。
消えた?
先程の違和感なんて比べものにならない疑問が濁流のように脳内に溢れてくる。
理解が追い付かないまま桜を乗せた電車は、走行を続けてしばらくすると、東京駅に到着するという車内アナウンスがスピーカーから無慈悲に響く。
待ってっ! ちょっと待ってっ!
焦る桜の訴えを無視して、電車は東京駅に到着した。
ホームに到着した電車のドアが開いて、残っていた乗客が次々に降りていく。それに混ざって僅かに車内に残っていたはずの真緒の残滓も一緒に流れてしまった。
「……っ、」
その場に立ち尽くした桜は、ドアが開いてもすぐに降りなかった。しかし、降りた乗客と引き換えに今度は、ホームで並んでいた乗客が乗ってくる。
立ち尽くす自分を訝しむような目で乗ってくる乗客、こちらの事情など無視して空いているシートに座る乗客等、反応は様々だったが、確かな事はもう真緒はこの電車にいないという事だった。
電車を降りた桜は、当てもなく東京駅をただ彷徨った。
本当に何をしていいか分からなくて、だからといって、このまま帰ってしまうと万が一、いや億が一、真緒がまだココにいた場合、彼女を置いてしまう。その事から東京駅を離れる事が出来なかった。依然として真緒に連絡は繋がらない。
桜が今、出来る事は東京駅を歩く大量の利用客から真緒を探す事だけ。桜は真緒を探し続けた。広い東京駅構内をひたすらに時間の概念も忘れて歩き続けた。
やがて、気持ちよりも先に足に限界が来た彼女は偶然見つけた待合スペースにあったベンチに腰を下ろした。
「ふぅ〜」
足がすっかり棒になっている。こんな事になるなら、スカイツリーから公園までも歩かずに、最初からタクシーを使っておけば良かった。
いや、最初から電車で東京駅まで帰れば良かったのか。
そんな事を考えつつ、横にあった自動販売機で炭酸飲料を購入した。
普段は買わないが、本能がそれを欲した。
カシュっと音を立てて、プルタブが開き口を付ける。
喉から入る炭酸の刺激と人工甘味料の甘さが疲れた体と脳に心地良い刺激と糖分を与えてくれた。
「はぁ、」
缶から口を離して、桜は顔を下にする。東京駅は人の雑踏がとにかくうるさい。常時、何かしらの情報が五感を通して侵入してくる。今は目を閉じて少しでも体力を回復したかった。探し疲れて頭痛までしている。
目だけじゃなくて、耳も閉じたかったけど、残念ながらイヤホンは部屋のデスクに充電されたままである。あの時、咄嗟に財布とiPhoneだけ持ってきてしまったけど、イヤホンも持ってくれば良かった。
十分程、目を休めてからゆっくりと頭を上げる。頭痛は気休め程度マシになったが、それだけだ。この喧騒と体調では、“遠見の力”は使えない。
無理矢理に使っても不発に終わり、頭痛が酷くなるだけだ。
さて、今からどうするべきか。
ポケットからiPhoneを取り出して、状況をあらためて確認する。時刻は、十九時を過ぎていた。LINEアプリを起動して、真緒から連絡が届いていないかを確かめるが、やはり何も届いていない。こちらが大量に送ったメッセージと発信履歴が並んでいるだけだ。
もう何もする気が湧かなかった。ぼんやりとした気持ちでiPhoneを眺めていると、バッテリー残量がかなり減っている事に気付いた。
「……あっ、ない」
余裕で雑踏に負ける声量で桜は呟いていた。行きの新幹線で真緒に充電させてもらっていたが、あれからずっと使っていたからバッテリーにも限界が来たのだろう。かといって、充電類は何も持っていない。
仕方ない、買うか。
桜は残り一口分の炭酸飲料を飲み干して、重い腰を上げる。こちらは頭痛と違って結構、回復出来たようで思いの外、簡単に立ち上がる事が出来た。
缶をゴミ箱に捨てて、桜はすぐ近くの案内板の前に立った。
東京駅には多種多様なお店がある。お土産屋は勿論だが、カフェや書店、ドラッグストアまで用意されている。やはり首都であり、起点と考えられているからだろう。となれば、携帯の充電器ぐらい売っているに違いない。
桜は疲れた目を細めて案内版から充電器が売っていそうなショップを探した。発見したお店は、幸いにも階層を移動しなくても良かった。
その事に安堵しつつ、桜は待合スペースから離れてショップへと向かった。
少し歩いた先にポータブル充電器が売っているショップがあり、そこに入る。東京駅構内にあるだけあって、充電器だけではなく、Bluetoothイヤホンまで売っていた。
疲れて躊躇を忘れた桜は迷う事なく、それらを購入する。
必要な物を購入した桜は、それらを持って再び待合スペースへと戻った。先程座っていたベンチは既に別の人が座っていた為、別のベンチに腰を下ろした。
ビニール袋に入れてもらった購入品の箱を丁寧に開けていく。中から充電器を取り出して、iPhoneに接続した。右上のバッテリーのマークが無事通電して、充電が開始される。
「ふぅ、」
これでひとまずは大丈夫。
桜は次にBluetoothイヤホンを取り出した。付属された説明書を見ながら、iPhoneとの接続を行う。
無事にこちらも接続が完了。日頃、使っている音楽アプリを起動すると、音楽が聴こえ始めて雑踏から守ってくれる。
普段から聴いている音楽が安定と安らぎを与えてくれて、ようやく正常運転まで心を整える事が出来そうだった。
もし今、この待合スペースのどこかに真緒が隠れていて、自分の背中をトントンっと叩き、驚いて振り返ると「もぅ〜、驚きすぎだって〜」と笑顔で笑う。
そんな事が起きればどれだけ良いか。
そうしたら笑ってからちょっとだけ本当に怒る。その後は、いなくなってからの事なんて全部許せる。
そしてあらためて真緒から事情を聞くのだ。
今度は、真緒が張っている膜なんて突き破って自分が彼女の力になる為に。
そんなあり得ない妄想が展開されていく。
ため息を吐いて、妄想を打ち消すと、桜は再生中のプレイリストが一周して再生が終わっていた事に気付く。それに構わず、彼女はベンチに座り続けた。
iPhoneの充電とは別に今度は桜の充電が必要になってくる。それは眠気という形で彼女の下へとやって来て、意識を落とそうとしてくる。
当然最初は、それに抗ったけれど波のようにゆっくりと訪れる眠気には逆らえず、次第に桜の意識は落ちていった。
意識が落ちて、どれくらいか経過した頃、トントンっと桜の肩を誰かが叩いた。




