「第5章 前に進む勇気の出し方と作り方」(1ー1)
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新幹線の改札を抜けて、ホームよりも更に多くの人達が歩いている駅構内へと入った。
カートを引いた旅行中の家族連れ。スーツを着て時間に追われているように早歩きで歩くサラリーマン。大きなリュックを背負って、怠そうに歩く学生。
誰もが皆、各々の世界で生きていた。
「いやぁ、人多いな〜。あと路線がとっても多い」
「うん。流石、東京駅」
流石日本の首都なだけある。この人の多さは正直、予想以上だった。
「さてどうする? 桜は行ってみたい大学とか決まってる?」
「あー、」
真緒に聞かれて桜は思考を巡らせる。新幹線でも東京の大学の話が出てから、考えていたが彼女には、わざわざ行きたいと思える大学がない。本当に自分にとって、東京の大学とは、家族から離れる為の手段でしかなくて、目的じゃなかった。それが良く分かった。
「どうする〜? 私、桜が行きたい大学って聞いた事ないけど、そこにしよっか? お互いに私服だし、こっそり入ってもバレないでしょ」
「うーん」
「いっそ東大とか行っちゃう? 日本で一番、賢い大学って何かの記念になりそうっ!」
大学をまるでテーマパークのように目を輝かせる真緒。そんな彼女に桜は言い辛そうに首を振った。
「……やっぱり大学に行くのはいいや」
「えっ!? 何でっ!?」
桜の答えは本当に予想外だったようで、真緒はかなり大声を出して驚いた。そのせいで近くを歩いていた数人の人間の視線を集めてしまった。数秒大人しくしていると、すぐに視線は霧散したので、会話を再開する。
「う〜ん。新幹線の時も話してて、良く考えたら、特別この大学に行きたいって私にはないかもなって」
「本当に? いいの? 私と話した事なんて何も気にしなくていいんだよ?」
不安そうな顔を傾げて真緒がそう尋ねてくる。彼女の中では、自分と大学の話をしてしまったからという、罪悪感があるのかも知れない。勿論、そんな事ははなくそれを払拭したくて力強く頷いた。
「大丈夫。むしろ真緒との大学の話が出来て良かった。凝り固まってた視界が開けたから」
「そう……」
二人の間に沈黙が流れる。ココではいくら黙っていても常に利用客の足音がするので、ある意味でとても助かる。やがて、真緒がゆっくりと口を開いた。
「桜がそう言うなら、私はいいけど……」
「本当にごめんね。せっかくココまで来てもらったのに」
「ううん。それは全然、気にしないで。だけどそうなると、ドコに行こっか?」
「真緒が行きたい場所ってある? 私、ドコでもいいよ?」
今日はかなりの迷惑をかけてしまっている。せめて真緒が望む事をしてあげたい。桜が尋ねると、「う〜ん」と彼女は腕を組んでしばらく考える。
やがて何かを思い付いたのか、「あっ!」と声を上げた。期待して真緒の返事を待つと、彼女はキラキラとした顔でこちらに向けた。
「スカイツリーに行きたい! 前にテレビで観て。天望デッキからの景色を見てみたいって思ってたんだ」
「スカイツリーか。うん、行こう」
全く頭に無かったけど、言われてみると悪くない、行きたいという気持ちが芽生えてきた。
「やったぁ! 決まり!」
こうして二人はスカイツリーへと向かう事になった。
どうやって行くのかを二人はその場でiPhoneを使って調べる。地元とは違って、東京ではどこに行くにもまず、行き方を調べなきゃいけないので不便だなと桜は思った。
調べた結果、どうやら一回乗り換えの必要があるが、それ程遠くない事が分かった。二人は、iPhoneに表示されたルートの通りにJR総武線の快速に乗って、錦糸町まで行く。そこから東京メトロの半蔵門線に乗って、押上駅へ向かった。知らない路線と地下鉄は、乗っていて微かに緊張した。
押上駅に到着すると、改札を抜けて長いエスカレーターに乗って地上に出る。
すると、目の前に巨大なスカイツリーが現れた。
空に向かって真っ直ぐと伸びているスカイツリーは、顔を上げてもまだ全体像が見えない。二人して顔を上げて、その大きさに圧倒される。
「うわぁ〜! 大っきい!」
「本当、大っきい」
テレビやネットで見るスカイツリーは遠くからの映像で、具体的な大きさの実感は中々湧かなかった。間近で見る事で初めてそれを実感する。
「よし、入ろう!」
「うん」
立て看板を頼りにチケットセンターへと向かう。週末なので、そこでは蛇のように長い列が形成されており、その最後尾に並んだ。
並んでいるだけで、自然と二人のテンションは上がっていく。特に桜はココ数日、母の事でずっと頭を悩ませており、かなりストレスが溜まっていた。地元から離れた非日常を体験するのは、そのストレス発散にはうってつけだった。
当てもなく来てしまった東京だったが、早くも来て良かったと感じていた。
チケットを購入して、案内されるままエレベーターに乗り天望デッキに到着した。ドーナツのように丸いフロアは全面がガラス張りで遥か遠くまでよく見えた。大勢の人の間を抜けて、ガラス窓の前に立つ。
「うわぁ〜! 凄い!」
真緒が窓から映る景色に声を上げて感動している。隣で桜も同様に感動していた。富士山の時にも思ったけど、今日はとても良い天気なので、どこまでも続く青空が素晴らしい景色を見せてくれている。
視線を下げると、車が小指の爪くらいの大きさになって走っていた。何て小さいんだと思わず、笑ってしまう。
「いや〜、スカイツリーに来て正解だった。良い場所を言ってくれた」
「だね。流石、真緒だ」
「えへへ。そうでしょそうでしょ」
二人はそれから、天望デッキを一周する。途中、ガラスで出来た床の上を歩いて、その迫力に声を出し合ったり、興奮のせいで普段なら絶対に出さない声量の声で桜は、はしゃいでいた。
とても今朝、両親と口論した結果、家を飛び出して、勢いで東京まで来たとは思えない。ずっと持っているユニクロの紙袋が、唯一桜に現実を忘れさせなかった。
ココまで来たら、一番上まで行こうという話になり、天望回廊の当日券を購入した。エレベーターで更に上がる。
天望回廊は天望デッキ程の人はおらず、シンとした雰囲気で本当に景色を見る為の場所であるという気がした。下の天望デッキでの景色も確かに良かったけど、ココから見る景色また違って良かった。
順路に沿って歩いて、最後の登り坂が少しだけ辛かったけど、真緒は何て事ないような足取りで歩く。やがて最高到達地点と呼ばれる場所に到着した。
窓から見える景色は素晴らしく、この場所が神聖な場所のようにも感じた。
「下の眺めも凄かったけど、ココは更に凄いね」
窓の外に広がる景色を眺めていた真緒がポツリと言葉を漏らした。
それに桜は頷いて返す。
「うん。ずっと地元にいたから、如何に視野が狭まっていたのかを痛感する」
二人はしばらくそこで景色を見たり、写真を撮ったりして(開くまで景色の写真であり、二人の記念写真を撮ろうと桜が提案しても真緒が断った)ひとしきり堪能すると、再び天望デッキへと降りて来た。エレベーターが開くと、また大勢の人がいる光景は、これはこれで楽しかった。




