「第5章 前に進む勇気の出し方と作り方」(1ー2)
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その後、天望デッキにあるカフェで休憩をする事にした。
「ふぅ〜。美味し〜」
真緒がココでしか売っていない特製フロートを飲み、笑顔で感想を言った。
桜はコーヒーを注文した。シチュエーションの力もあるのだろうけど、朝以来に飲むコーヒーは、全然味が違って美味しかった。
「ねぇ、本当に私がお金出さなくても良かったの?」
「もう。大丈夫だって、さっきも言ったでしょ〜」
「そうだけど、でも悪いし……」
スカリツリーの天望デッキには、登ってくるだけでも相当のお金がかかる。流石に全てを支払う余裕は持っていないが、飲み物代ぐらいなら、今の桜でも出せる。
しかし、こちらの再三の申し出にも真緒は決して首を縦に振らなかった。
「桜の気持ちは嬉しいけどね。でも、本当に大丈夫だから」
お礼がしたいけど、それを断れてしまうのはもどかしい。
その気持ちが真緒に伝わったのか、「もぅ、」と小さなため息を吐いた。
「一緒に東京に来たのもスカイツリーに登ったのも全部私が、桜と行きたいって決めた事なんだから。桜は変な事を考えず私と一緒に楽しんでたらいいの」
真緒の力強い言い方に桜の心が温かくなる。変な事を考えず一緒に楽しんでたらいい。そんな嬉しい言葉を言ってくれる人がいるなんて、自分は幸せ者だ。
思わず涙腺が緩みそうになるが、それをどうにか堪える。
「ありがとう。今日はずっと真緒に助けられてる。真緒から電話が来なかったら、私は駅のホームの待合室で悔しくて泣いて、ボロボロになってマンションに帰ってると思う」
「前に桜が私のマンションまで来てくれた時に約束したでしょ? また連絡するって」
かつて、真緒のマンションに行った際にインターホン越しでした小さな約束。それをちゃんと彼女が覚えていてくれた。連絡をしてくれるタイミングも完璧。
「約束を守ってくれてありがとう」
「当たり前でしょ。友達と約束を守らない人が、この世の何処にいますかっての」
真緒はさも当然のようにそう言って、フロートを口に運ぶ。それが彼女のなりの照れなのだという事を理解しているが、追及せず桜は微笑んだ
それからしばらく二人は無言になった。
朝から会って、新幹線でもスカイツリーでもずっと一緒だった。話も沢山したので、小休止といったところだ。桜は少し視線を横にすると、そこではフロートを半分程、食べて自分のiPhoneを弄っている真緒がいる。
金髪の彼女に向かって、桜は自分の秘めた想いを口にした。
「あのさ、考えたんだけど、」
「うん?」
桜が話し掛けると真緒はiPhoneを操作する手を止めて、こちらを向いた。
「東京の大学に進学するのは止めようと思う」
空気を震わす自分の声。口に出すまでは、とても緊張していたのにいざ声に出すと、思っていたよりもずっと楽に出す事が出来た。
大勢の人が歩いている音や話している音。
天望デッキにはスピーカーから流れるアナウンスを始めとした様々な音があるが、桜の声は正確に真緒の下まで届いた。
真緒が目を見開く。桜は彼女がどう返すか知りたくて返事をじっと待つ。
十秒にも永遠にも感じる時間が流れてから、真緒がそっと口を開く。
「そっか。桜が自分の意志でそう決めたのなら、良かった」
こちらの考えを否定する事なく、良かったと真っ直ぐに肯定してくれた真緒に桜は「ありがとう。全部、真緒のおかげ」と答えた。
「えぇ〜? 本当?」
「本当だよ。今朝、駅の待合室で東京に行こうって誘ってくれたから。そこから全部始まったんだよ?」
「確かに。始まりはかなり、突発的だった」
桜は頷いて話を続ける。
「実際に地元を出て、東京に来た事で私は自分の世界が如何に狭かったのかを思い知った。結局、東京の大学に進学するって言ってるのだって、ただ両親から逃げる為。逃げる事自体は簡単かも知れないけど、それだと前には進めない」
「……前に進めない」
桜が最後に言った言葉を真緒が繰り返す。
「うん、前に。逃げる事、そのものが悪いんじゃないよ? 時には必要な事だと思う。でも逃げてばかりだと、いつまでも前には進めない。きちんと話して前に進まないと。スカイツリーからの景色を見て、そう思ったの」
決して逃げる事を否定している訳ではない。長い人生、全ての問題を正面突破するのではなく、解決出来ない問題から逃げるのだって大事な事だと思う。
だが、桜はこの問題に関しては前に進むと決めた。
どう説明したら上手に真緒に伝える事が出来るだろうか。
答えのない問題を解いているようで、桜はもどかしかった。そう考えていると、真緒が「う〜ん」と腕を組んで唸る。
「前に進むか〜。成る程ねぇ〜」
そう話す真緒の口調にはどことなく、懐かしいというか羨ましいと言えるような感情が内包されている気がした。そこで桜は、真緒の生活環境を思い出す。そうだ、自分だけじゃない。彼女だって大変なのだ。
突然の退学からiPhoneが使えなくて、連絡が取れなくなった事。
それから久しぶりに会って髪色が変わったり、再び連絡が取れるようになった事で真緒なりに大きな変化があったのだ。
真緒が学校で会った時と変わらない笑顔で自分と接してくれているという事は、おそらく彼女も前に進めたはず。
そう考えていたが、桜の考えは次の真緒の一言で打ち砕かれる。
「私は、そんな桜みたいに前に進めないかな〜」
「えっ……?」
「あっ、別に桜の考えを否定している訳じゃないよ。あくまで私の場合はって事」
何気なく話した真緒の一言。それは彼女に対する桜の考えを根本から揺らがすものだった。
真緒本人が前に進めたからこそ、自分の考えに同意してくれるものだと思っていた。
真緒は実に自然体で話しており、一つも迷いがないように見える。
理解不能というよりも心配が桜に芽生える。
「真緒、大丈夫?」
「ん〜? 別にぃ? 大丈夫だよ」
詳しく事情を聞けたらどれだけ良いかと桜は思う。自分に出来る範囲で彼女の助けになれたらと。真緒は常時、薄い膜のようなもので自分を守っていた。
一見すると、突けばすぐに破れそうな雰囲気は纏いつつも、決して破れない強固な膜。
「もし……、」
「うん?」
「真緒が困ってて私の力が必要になったら何でも相談して。どれだけ役に立てるか分からないけど全力で力になるから」
桜が真剣な眼差しでそう話す。両者、しばらく見つめ合っていたが、すぐに真緒が「ふっ、」と小さく笑った。
「どうかな〜? 桜、意外と弱いからなぁ〜」
「だ、大丈夫。頑張るからっ!」
ココで相談されないと意味がないと思って、両手で拳を作って目一杯、真緒にアピールをする。すると彼女はクスクスと笑った。
「冗談だって。ちゃんと分かってるよ。ありがとう」
桜の必死のアピールを聞いて、真緒は笑いながら礼を言ってくれた。
とにかくこれで話したかった事は全て話す事が出来た。
またそれぞれの時間を過ごして、飲み物が空になると、いよいよ二人はスカイツリーを降りる事にした。
エレベーターから降りて、入って来たのと同じ地上に出る。見上げるとついさっきまで自分達が立っていた天望デッキが遥か遠くに微かに見えた。
「随分高い所に行ってたんだね」
「本当〜。上から見ていた時は、あんなに車が小さかったからねぇ。今は私達があれくらい小さく見えてるんだろうね」
真緒も同様の感想を抱いてくれて、やっぱり彼女と一緒に上がって良かった。
桜があらためてそう思っていると「さて、」と言って、真緒が手を叩いた。
「これからどうしよう?」
「うーん。そうだね、どうしようか?」
スカリツリーを出てからの予定を何も決めていない。一応、カフェでコーヒーを飲んでいる時にiPhoneで調べていたのだが、どこも凄く行きたいと思える程ではなかった。もっともスカイツリーだって当初は選択肢になく、実際に来てみたら凄い良かったので、画面だけで判断するのは早計なのは承知している。
「桜は何処か行きたい場所とかないの? スカイツリーは私の希望だったし。今度は桜の番。時間の許す限りだったら、本当にどこでもいいよ?」
「さっきコーヒーを飲んでいる間に観光地とか調べたんだけど、言う程ココだ! ってのがなくて」
「あらら……、そうなのね」
「ごめん」
ずっと自分が行きたいと考えていたはずの東京にいざ来てみると、何も希望がない事がとても申し訳なくて、桜が頭を下げる。
「別に謝る事はないよ。私だって、他に特別行きたい場所がある訳でもないしね。じゃあ、ちょっと散歩でもしますか」
「散歩」
何処かに行くのではなく、ただ歩くのを目的とする散歩。それをはるばる東京まで来てする事として、提案出来る真緒。それに驚いて思わず桜は呟く。
すると真緒は「なに〜?」と言って目を細めた。
「不満顔だな〜? いいでしょ、散歩したって」
「う、うん。いや、全然良いと思う」
桜が同意すると、真緒は笑みを浮かべて「よろしい」と頷いた。
「でも散歩って具体的に何処を歩けば良いか分からないね」
「あ、ちょっと待って」
桜がそう言うと、真緒は自分のiPhoneを操作し始めた。
「ココから少し歩けば、錦糸町駅まで行けるみたい。もし途中で歩き疲れたらタクシーを拾おうよ。二人ならタクシーも半額で乗れるし」
「了解」
こうして二人は、錦糸町駅へと向かって歩く事になった。




