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桜マーブル  作者: 綾沢 深乃
「第3章 再会」

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33/50

「第3章 再会」(3ー1)

(3-1)


 スーパーで夕食の材料を買って家に帰る。電車じゃなくて、車で帰った為、いつもの時間より遅くなってしまったが、幸い父はまだ帰っていなかった。


 真っ暗な家の中に安心しながら、電気を点けると、手洗い・うがいを済ませて、手早く夕食作りに入る。


 その後、父が帰ってくる前にどうにか夕食を作り終える事が出来た桜は、手が回らなかった洗濯物を取り込んだり、制服から部屋着に着替えたりして、時間を調整する。


「ただいま〜。すまん、連絡が遅くなった!」


 両手を合わせて申し訳なさそうに謝る父に対して、桜が首を振って「大丈夫」と返した。出来上がった夕食をトレーに乗せて、リビングのテーブルに並べる。


 父は何故か上機嫌だった。仕事が上手く言ったのだろうか。鼻歌を歌うくらいだから、余程の事があったのだろう。


 母と会った事を話すのなら今かも知れない。食事を並べ終えた桜が椅子に座ると対面に座っていた父が、ビールの缶を開けて口を付けていた。テレビはNHKのニュース番組が流れている。ニュースを観ながらビールを飲む父に向かって、桜は「あのね、」話し掛ける。


「ん?」


「今日、学校の帰りにお母さんに会ったんだ」


「おお、そうか」


 一瞬、箸を止めた父はすぐにそう返す。


「仕事でたまたま学校の近くまで来たんだって。だから車で近くまで送ってもらった」


「良かったじゃないか」


 桜の報告を聞いた父は前回と違って、好感触だった。やはり、事前に報告するのは正解なのだ。彼女は安心して話を続ける。


「色々話をしたよ。大学の事とかも」


 そう話した時、それまで上機嫌だった父の顔色が変わった。他人には分からない程の小さな変化だったが、娘の桜は気付いてしまう。


「東京の大学に進学する話を相談した。私の中では、前にお父さんに話した通りで進学予定になってるけど、考え直さないかって言われた」


「そう、か」


 母も東京の大学進学反対派だったのが、父の中で大きな力となっているのを桜は感じた。その勢いから父は箸を置く。


「お母さんもそう言っているのなら、もう一度考え直さないか?」


 こちらを見るその瞳は、桜の口から諦めると言うのを期待している目だった。しかし、残念ながらそれに応える事は出来ない。ゆっくりと首を振る。


「ううん。大学進学のタイミングで東京で出たい。就職してからと大学生からでは、きっと差が広がってると思うから」


 以前に説明した事と同じ事を桜は説明する。変わらない意見を述べる事で、意志が固い事を伝えられると考えたからだ。父は腕を組んで何かを考えるように下を向いてから、「そうだったな」と呟いた。


「うん、」


「小さい頃から桜は、勉強がよく出来て賢くてお父さんの自慢だった。そのあたりは、お母さんに似てくれて本当に良かったよ」


 母に似て良かった。それを言われると、脳に氷で出来たナイフが刺さったような気がした。


 母の話と大学進学の話がこれで終わると、またいつもの食事に戻った。


 二人共、昨日までと何も変わらない。


 そのはずなのに何処かで無理をしている気がしていた。決して踏んではいけない地雷を回避しながら、慎重に足を進める感覚。それに近かった。


 桜はそれがとても窮屈に感じた。母も父もまとめて自分の目に映らない場所にいてほしい。いっそこっちが東京まで離れてしまえば大丈夫だと考えていたのにまさか母まで東京に来るとは思ってもみなかった。これでは、意味がないかも知れない。いや、ダメだ。


 揺らぎかけた感情をかき消すように桜は、白米を口に運んだ。


 


 それから何日か経過したある土曜の朝の事だった。


 桜はいつものようにiPhoneのアラームの時間に起きて、洗濯物を回そうとすると、洗濯機は動いていた。父が早起きして回してくれた? 洗濯機のタイマー表示を見ると、残り二十分となっていた。


 回し始めてから、既に半分くらい経っている


 桜は、洗面所で歯磨きを済ませてから、リビングのドアを開ける。


すると、そこにいたのは母だった。


「あ、桜おはよう〜。土曜日なのに起きるの早いね〜。洗濯物はもう回してるから、後でベランダに干といてくれる?」


 台所に立って当たり前のようにいつも桜がしている青いエプロンをして、母が料理をしている。


 父はリビングでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいたが、桜が来た事が分かると、バサッと音を立てて新聞を折り畳み「おはよう」と笑顔で挨拶をした。


 目の前で起きている現象が分からなくて、桜は固まってしまう。だが戸惑いながらも何とか声を絞り出した。


「……何、これ」


 震える桜の戸惑いの声も不思議とリビングにはしっかりと響いた。


 出て行ってから一度だって帰って来なかった母が、急に台所に立っていて、それを父は何も言わない。


昨日までと比べて何も変わらない父の様子に桜は、底知れない恐怖と気持ち悪さを感じた。


「うわー、昨日親子で殺人事件があったんだって。ココから割と近いなー」


 テレビから流れる別世界の事件に呑気な感想を話す父。


 リビング奥のキッチンで料理をしている母。


 桜だけがこの家で異物だった。尚も立ったままの桜に母が話し掛ける。


「実は桜に話があってね。久しぶりに帰ってきちゃった」


「話?」


 悪戯が成功したような笑顔で母が頷く。


「そっ。あとせっかくだから皆の朝ごはんを作ろうって思って。材料だって昨日の内にスーパーで買っておいたんだぞ?」


「そんなの聞いてない……」


「そりゃ言ってないもん。だって、明日の朝に私が来るって知ってたら、桜は逃げちゃうでしょう?」


 フライパンでベーコンを焼きながら、母が答える。この場に不釣り合いな肉の焼ける良い匂いが桜まで届くが、それがかえって不快だった。


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