「第2章 真緒を探して、追いかけて」 (3ー3)
(3-3)
時間が経てば、やがて当たり前のように彼らとココに来るのだろうと。今こうして座っているソファ席だって、二人だと広いけど、あのグループだったら丁度良い人数だ。
ところがそうではなかった。桜が黙っていると、香夏子は「それにね?」と続ける。
「真緒ちゃんの事だから、自分が退学してから桜ちゃんがこの店に来る事は把握している。そこで私から連絡先を聞くのも考えているはず。だから、わざわざ自宅の電話番号をこの店にした訳だからね」
「そうですよね」
「そうなの。だからお願いね」
「分かりました」
香夏子の言葉に押し切られる形になってしまったが、彼女に出された条件を桜は同意した。
桜が同意した事に満足したのか。香夏子は「よし! オッケー!」と満面の笑みを見せた。そして、ドアが開きカランコロンと音が鳴って、また新しい客が来店する。それに反応して彼女はソファから立ち上がり、離れて行った。
残された桜はテーブルに置かれたメモに手を取る。綺麗な字で書かれた住所。知らない地名だったけど、iPhoneで調べたら出てくるはずだ。香夏子自身も調べながら書いていたので、住所自体に間違いはない。
その時、一つの考えが浮かんだ。
真緒は自分がグリーンドアに来ると、予め分かっていたという事……。
「すぅ――、ハァ〜」
桜は深く深呼吸をして、目を閉じた。
「……ふぅ、」
桜は目を開いて、未来から現在へと帰ってきた。家の外で“遠見の力”を使ったのは久しぶりで、そのせいか真緒のマンションの直前までしか映らなかった。でも辿り着く事は出来ていた。それだけで一先ずの収穫としておこう。
残っていた最後の一口分のお冷やを飲む。冷えた水が喉を流れるのと同時に外の音が自然と入って来るようになる。空になったグラスを置いて、今度はカフェラテにも口を付けた。グリーンドアで飲むコーヒーは本当に美味しい。味を楽しんでいる内に疲れた頭を回復させてくれた。
ちゃんと動けるくらいまで体が回復するのを待って、桜はグリーンドアを後にした。会計を済ませて店を出る時に香夏子から「何か困った事があった時は、いつでも電話してくれていいからね」と心強い言葉をもらった。
「ありがとうございます。その時はお願いします」
笑顔で桜は礼を言った。
グリーンドアを出ると、空は夕焼けから夜へと姿を変えようとしていた。空の様子を見て、桜は今日の夕食を何も準備していない事を思い出す。
テスト期間と違って、平日なのに何も出来ていない。一応、こういう突発的な場合には事前に連絡をすれば問題ないが、それも怠ってしまった。今からでも間に合うだろうか。
桜は慌てて父親にまだ夕食の準備が出来ていない旨をLINEで送った。
駅まで向かう最中、桜は先程映った未来について考える。
未来では、空は夕方で今よりも明るい。それはつまり、学校帰りに直接、行ったという事だ。
だから今から行く必要はない。確定してしまった未来を無理に変えてしまってもこれまで良い事は一度もなかった。それに一日置いてからの方が真緒と冷静に話が出来る気がする。
桜はそう考えて駅までの道のりを歩く。途中、ビジネス街からアーケード街へと入る横断歩道で信号待ちをしている時に父からLINEに返事が届いた。
【今日は、仕事で遅くなるから大丈夫。むしろ、こっちが先に連絡をしなくて悪かった】
「ふぅ」
良かった、何とかなりそうだ。安堵の気持ちを口から吐き父に返信を書き終えて、目の前の赤信号が変わるのを待った。




