「第2章 真緒を探して、追いかけて」 (4)
(4)
翌日、学校が終わり放課後になると、桜は飛び出すように学校を出て、香夏子に渡された住所へと向かった。
昨日の帰りから、この時間までが非常に長く感じた。
考えないようにしているのに常に頭の片隅にいて、そのせいで体感時間がどんどん遅く感じた。桜にとっては、やっと今日が始まったと言っても過言ではない。
若干、息を切らせながら最寄り駅まで到着して、改札を抜けると、丁度待っていた地下鉄に乗り空いているシートに腰を下ろす。ココから降りる駅まではいつもと同じ。そこからが違って真緒がいつも乗っている別の地下鉄に乗る。
昨日の内に香夏子に教えてもらった住所のルートは調べてある。
真緒に会ったら何を話そうか。シートに座って時間が出来ると、桜はそんな事を考えた。昨日は会う事すら出来ないと思っていたせいで、何を話すという気持ちよりもまず会うという気持ちが先行してしまった。でも今日は違う。
やっぱり事情を聞くのが一番か。あとは、皆心配しているからLINEで連絡だけでも出来るようにしてほしい、とか。
地下鉄の車内で桜は思考を纏めていく。ずっと頭が働いているせいか、眠気は全く訪れない。
降りる駅のアナウンスが流れると、桜はすぐに立ち上がり、ドア付近へと向かう。たった数秒の差でしかないが、出来る事はやっておきたかった。
到着した駅の改札を抜けると、いつもの自分が乗っている路線ではなく、真緒が乗る地下鉄へと乗る。普段は乗る事はないが、知らない路線ではない。
改札を抜けて、調べた駅の進行方向のホームへと並んだ。
乗り慣れない地下鉄に乗って降りた事のない駅で降りる。改札を抜けて階段を上がり地上に出た。全ては真緒に会いたい一心で。
駅からの住宅街を抜けて、真緒のマンションへと向かう。昨日“遠見の力”で映った光景と同じであり、テストと同様に答え合わせをしているような感覚で、桜は足を進めた。
やがて住宅街を歩いていくと、真緒のマンションが見えてきた。外観は自分が住んでいるマンションと違うが、建物の大きさは似ていた。桜はマンションの玄関ドアを開けて、エントランスへと入る。やはり同じオートロックになっていた。
ココまで来た時点で一度、桜はiPhoneを取り出して、真緒に電話をかける。案の定、電源が切られているようで繋がらなかった。
「ふぅ」
口から短い息を吐いて緊張を追い出すと、桜はメモに書かれた部屋番号宛にオートロックのインターホンを押す。
ピンポーン。
桜の自宅マンションと同じインターホンが鳴り、少し待つと、インタホーンのマイクの向こうから「……はい」と小さな声が聞こえた。
「あの私、沢渡 桜と申します」
ハッキリと真緒の声が判別出来なかったので、こちらから名乗る。緊張のせいで頬が熱かった。桜が名乗ると、微かな沈黙の後で「え? 桜?」とこちらを呼ぶ声が聞こえた。
今度はちゃんと聞こえる、真緒の声だった。
あの日以来、久しぶりに聞く真緒の声に桜は、涙が湧き上がりそうになった。
「どうしてココに? 誰から? あっ、香夏子さんに聞いたのか」
真緒は混乱しているようで自問自答をしながらも桜にココまで来た経緯を尋ねてくる。
「うん、そうだよ。真緒と交換した連絡先の家の番号がグリーンドアで、そこから香夏子さんにこのマンションの住所を教えてもらって、ココまで来た」
「あー、そっか。自宅番号、お店の番号にしたままだった」
「えっ? ワザとじゃないの?」
てっきり自分にヒントを出す為にワザと残しているのだと考えていたので、桜は驚いて聞き返す。するとインターホンの向こうで真緒の笑い声が聞こえた。
「あははっ。まさか、何にも考えてないよ。グリーンドアの番号を自宅にしたのは、もう大分前だし。たまたま変えるのを忘れてただけ」
「そ、そうなんだ」
深い事情があると思っていた桜は、真相を聞いて呆気に取られる。どうやら幾つもの偶然が重なった事で発生したようだった。
「あ、でも家まで来てくれた事は凄く嬉しいよ。でも……」
真緒が何かを言い淀むように言葉尻が小さくなる。それをすぐに桜は察して「安心して、」と答えた。
「ココに来たのは私一人。広瀬君達には何も話していない」
言い終わってから、また早とちりしていたらどうしようと思っていたが、今度は当たりだった。
「……そう、」
インターホンのマイク越しでも分かるくらいに真緒は安堵の息を吐いていた。
「それで? 桜はどうして来てくれたの?」
「えっと、」
それならばと、桜がココに来た理由を真緒から尋ねられて、桜は上手く答えられなかった。インターホンを押す直前までは、本当に彼女を探していた。その気持ちだけを燃焼に変換して、頭と体を動かしていたのだ。
実際にどうしてと聞かれてしまうと、パッと答えられない。
しばらく頭をフル回転させた桜は、「あっ、そうだ」と口から声を出す。
「学校、急に退学しちゃったから心配で……。だって金曜日に一緒に帰った時は、全然そんな素振りなかったから。あの日も楽しくお喋りして帰ってたし」
「いきなり学校を退学したのは悪いと思ってる。それは山本先生にも言われたよ。挨拶ぐらいはちゃんとした方が良いって。普段、愛想なくて淡白な先生の印象だったけど、二人で話してみると、結構ちゃんとしてた。最後の最後で気付いても意味ないけどね」
「そうなんだ。それで、どうして――」
学校を退学したの? そう尋ねようとしたところで真緒が「ごめん」と先に彼女の言葉を封殺する。
「退学した理由は話せない。あと、ココまで来てくれて本当の本当に嬉しいんだけど、今日は会えないの」
言葉の端々に真緒の強い意志を感じた。彼女に力強く拒否をされた事で、それ以上は何も出来なくなる。
「そっか……。こっちこそ、急に来ちゃってごめん」
「ううん。桜が謝る事は何もないよ。全部、私が悪いから」
「また来るよ。あっ、でもそうなるとまた今日みたいにいきなりになっちゃうのか。実は行く途中に何度もLINEを送ったんだけど、既読にならなくて……」
せめて事前連絡が取れればと、桜がそう話す。すると、真緒が小さく返す。
「ごめん……。多分もう私、LINEは使えない」
「そう、なんだ……」
真緒との連絡手段であるLINEが使えない。それはどういう状況なのか。LINEだけが使えない? それともiPhoneそのものが使えない?
それはつまり――。真緒の言葉から桜は、次から次へと湧いてくる質問の波に呑み込まれそうになる。
広瀬達のグループは真緒がずっと電源を切っているのではないかと予想していた。それに近い事は起こっているかも知れないが真相は違うのだろう。
だが、それを詳しく尋ねる勇気がない。
そのせいで桜は自分がどうして良いか分からなくなった。
「私、全然何も知らなくて……。ごめん」
「謝らないで。桜は何も悪くないから。私も色々と連絡は来てるんだろうなとは思っていたから」
「うん」
二人の間に沈黙が流れる。
桜が今日、ココに来て得たものは二点。
真緒が学校を退学した理由は話せない事。
LINEは今、見られない状態にある事。
どちらも知りたくなかった情報である。マイナスが確定しただけで、とても前進とは言い難い。桜がそう考えていると、真緒が「大丈夫」と口にした。
「iPhone自体は持ってるから。桜と交換した連絡先は今も残ってる。落ち着いたら、必ず連絡するからね」
「本当に?」
必ず連絡をする。それは今日で唯一の希望的な話だった。その為、桜は反射的に疑ってしまい、そう聞いてしまった。
「本当だって。桜を悲しませるような嘘は付かないよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
心強い言葉をもらって桜は真緒に礼を言った。
「あっ、それとね。学校の皆、真緒の事心配してたよ。一応、聞くけどこのマンションの事は教えた方がいい?」
カフェテリアで話した彼らを思い浮かべる。彼らなりに真緒を心配していた。しかし自分以上に情報がなく、動きたくても動けない。この場所を教えたら喜んで来るだろう。
桜が尋ねると、インターホンのマイクからは「やめて」と一言だけ返ってきた。冷たくて強いその一言が、弛緩していた空気に緊張感が走らせる。
「それは本当に止めてほしい。桜だからこうして話しているけど、もし他の子だったら、多分チャイムにも出ないと思う」
「うん、分かった。今後も誰にも言わない」
「そうしてくれると助かる。ありがとう」
真緒の意志を尊重して、桜が誰にも話さない事を誓い、それに彼女も礼を言った。彼らには悪いけど、優先されるのは真緒の方だった。
これで二人の間には、大体話す事は無くなった。その証拠にまた沈黙が漂い始めたからだ。それを打ち消すように真緒が「さて、」と口火を切った。
「今日は本当に来てくれてありがとう。さっきも言った通りまた必ず連絡はするから」
「うん、待ってる。また、ね」
うっかり「また明日」と言いかけたが、どうにか堪えた。
「またね」
桜の不自然に間が空いた挨拶にも真緒は何も反応する事なく挨拶を返して、インターホンのマイクが切れた。
元々、一人でいたはずのエントランスで、本当に一人になったような感覚に陥りながらも桜は、軽く息を吐いてからマンションを後にした。
マンションから出た桜は取り敢えず、グリーンドアに行こうと足を向ける。
早く今日の結果を香夏子に報告したかった。




