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潮騒の、すず  作者: 糸東 甚九郎
第7章 夏の空 空手少女と 波飛沫
43/128

43、野州から来たもう一人の少女

   すたっ  すたっ  すたたっ


 松林に囲まれた石段を駆け上がる、一人の少女。


「ほっ! やっ! とっ! ・・・・・・大会、明後日だもんね。神頼みーっと」


 それは、寝間着姿でサンダル履きの、りん。

 緩やかな明かりが灯る提灯に照らされ、軽快に石段を駆け上がってゆく。


「さーて、私は神様に、中学空手日本一を頼んで、パワーをもらうんだ!」


   すたっ  すたっ  すたっ  たたたっ


 石段を上まで駆け上がると、神社の境内がりんの眼前にぱあっと拡がる。

 ぼんやりとした淡く赤い提灯の明かりと、雲間から差し込む青白い月明かりのコントラストが、大荒井神社の境内を神々しく浮かび上がらせる。


「・・・・・・ん?」


 ふと、りんは本殿の方へ目を向けた。その先には、既に誰かがお参りをしている。


「(あらら。先客がいたのね。じゃあ、私も静かにやっていこうっと・・・・・・)」


   そそそっ・・・・・・  こそこそこそ・・・・・・  すすっ


 りんは、その先客の隣にやや離れて立ち、二礼二拍手一礼の作法通りに、二度、ぺこりぺこりと頭を下げる。そして、二回、やや控えめに柏手を打つ。

 隣に立っている客は、さっきからずっと、何かを願ったままだ。


「(・・・・・・隣の人、だいぶ長いお願いだなぁ。私のが先に終わっちゃうかも)」


 りんは、ちらりと横目で隣の客を見る。


「・・・・・・全国一に、なれますように。中学空手日本一に、なれますように・・・・・・」

「え! えええ!」


 ぼそっと呟くように隣の客が口にしたのは、まさにりんが今、願おうとしていたこと。

 びっくりして、りんはつい、大声で驚いてしまった。その声に、隣の客も驚いて、りんとしっかり目を合わせた。どうやら、中学生くらいの少女のようだ。


「あ、あのー・・・・・・。もしかして、あなたも、明後日の大会に・・・・・・?」


 りんは、おそるおそる、その少女に問いかけた。


「・・・・・・。どこの代表ですか? そう言うって事は、全国大会に出るんですね!」


 その客は、スパッとした物言いで、キリッとした目を光らせてりんに問う。


「ひえ! じ、地元茨城の、大荒井中です・・・・・・。あ、あなたは?」


   ざっ・・・・・・  ざっ・・・・・・


 観光ホテルのタオルを首に掛け、スニーカーを履いた少女が、りんの方へ向き直す。


「・・・・・・栃木の()(かわ)宮市立宇河二(みやしりつうかわに)中! 松楓館(しょうふうかん)流、清雲館(せいうんかん)道場の安藤(あんどう)みかんです!」

「(あ、安藤みかんっ? 確かおじいちゃんが、侮れないって言ってた子だーっ!)」


 みかんと、りん。その少女二人は、月明かりの下、静かに火花を散らせ始めていた。

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