34、中学最高峰の剣士たち
「二本目、始めッ!」
「しいいぃええぇりゃーーーーーーーーーーっ!」
・・・・・・ザザッ ザザッ ザザッ ザザッ
・・・・・・ザザッ ザザッ ザザッ ザザッ ザザッ
さっきまでとはうってかわって、相手は翔平を中心に据えるようにして、円を描くように回り込む。
「(くっそぉ! 作戦を変えて来やがったか! くっ。右足さえまともなら・・・・・・)」
「めえええええぇーーーーーーーーーんっ!」
ヒュンッ パパパァーーーーンッ・・・・・・ ビシイッ!
「(く・・・・・・っ! 姿勢的に、この位置じゃ返せない!)」
相手は翔平が反撃できない位置から打ち込んだ。
片手で竹刀を振り、間一髪で防いだ翔平。
・・・・・・ヒュンッ
「こってえええぇーーーーーーーーーいっ」
ビビシイイィィーーッ! ばばばっ!
パチパチパチパチパチパチパチパチ! パチパチパチパチパチパチパチパチ!
だが、防いだのも束の間。赤旗、三本。
相手はすぐに翔平の小手へ強く打ち込み、あっという間に一本返した。
東京都陣営から無数の拍手が降り注ぐ。同時に、茨城県陣営からは「あぁー」というトーンの下がる声が。
「しょ、翔平が取り返されちゃった・・・・・・。翔平ーっ! 諦めないで、集中ーっ!」
葉月は、両手をメガホンのようにして観覧席から叫ぶ。
「翔チャンーっ! 相手の連打に巻き込まれたら不利だよ! 一撃に賭けて!」
いつの間にか、香夏子も葉月の隣で叫んでいる。
「(俺が右足をうまく使えないの、気づかれたな。どうする? いったいどうする!)」
翔平の目には、迷いの煙が立ちのぼってきていた。
相手は、一切、心の内を悟らせない仏のような目で、翔平と向かい合う。
「(さすが全国一の学校だな。この相手、いったい何考えてるか、わかりゃしねぇや)」
冷たいような温かいような汗が、つつっと一滴、翔平の頬を流れ落ちる。
見た目こそ真っ直ぐ立っている翔平だが、袴の中は、まるでバレリーナでもあるかのように、前足の爪先を浮かして床に着けている。逆に、後ろ足は九割の重心が乗っている。
「翔平。ここで勝ってこそ、男だ。・・・・・・頑張れ!」
団五郎も、厳しい目をして息子の試合を食い入るように見つめる。
赤白どちらも一本ずつ取った状態。勝負の行方は、三本目に全てが懸かっている。
「勝負! 始めッ!」
主審の浜崎範士が、三本目開始の宣告をした。
わあああああああ! わあああああああ!
「「「「「 茗荷堀中、ファイト! 東京、ファイト! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「「「「「 大荒井中学校ーっ! 必勝! ファイトーっ! 」」」」」
わあああああああ! ワアアアアアアアアアアアーッ!
中学剣道日本一の学校を決める、最後の一本。
観覧席にいる東京都応援団と茨城県応援団は、堰を切ったかのように大きな声援を張り上げている。
《 応援は、拍手のみでお願いいたします。繰り返します。応援は・・・・・・》
ワアアアアアアアアアアアーッ! わあああああああ!
わあああああああ! ワアアアアアアアアアアアアーッ!
本部席から、注意を促すアナウンスが入る。だが、それすら聞こえなくなるほどの大歓声に会場は飲み込まれていた。
「がんばれぇーっ、ショウ君! がんばれぇーっ!」
「はづき! これ、うちらがよく知る大会の雰囲気だっぺよ! こりゃ燃えるねっ!」
「決勝戦は、こうでなくっちゃーっ! 頑張れ翔平! 最後だよ! ファイトーっ!」
「「「「「 須々木せんぱーーーーーいっ! 」」」」」
「翔チャンーっ! 集中! 集中っ! 一太刀に、ぜーんぶ集中ーっ!」
わあああああああ! わあああああああ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
まるで、男子の試合しか行われていないような雰囲気だが、きちんと隣のコートでは女子の決勝も行われている。
しかし、会場の大歓声はほぼ、男子団体のコートへ降り注がれていた。
・・・・・・スウウゥ・・・・・・ ピタアッ・・・・・・
翔平の竹刀が、相手の喉元に向けられ、ぴたりと制止。
「(はーっ・・・・・・はーっ・・・・・・。さぁ、来い! 俺は、この一太刀に賭けてやる!)」
・・・・・・しいぃ・・・・・・ん
大歓声に包まれながらも、翔平は目の前の相手だけに集中力を研ぎ澄ませている。
相手も、迂闊には出てこない。翔平と同じく、ぴたりと動かずに、呼吸を読んでいる。
・・・・・・しいぃ・・・・・・ん ・・・・・・しいぃー・・・・・・ん
どきどき・・・・・・ どきどき・・・・・・ どきどきどき・・・・・・
「す、すごい緊張感・・・・・・っ」
りんは、息をするのも忘れるかのように、固まっている。
「う、動かないね。呼吸をお互いに読み合ってる。・・・・・・勝負は一瞬だね、これ」
亜弓も、ごくりと生唾を飲み込み、瞬きもせずに試合を見つめる。
「相手は、翔チャンが出合いを取る精度がすごいから、迂闊には動けないのよー」
香夏子も、笑顔が消えて真剣な表情で、竹刀を合わせる両者の様子を窺っている。
・・・・・・どきどき ・・・・・・どきどき
「集中力が翔平とシンクロしちゃうな、わたし。・・・・・・さぁ、出ろ! 出てこいっ!」
葉月は、相手が出る瞬間を狙っている翔平の意識に、同調していた。
翔平と呼吸を合わせるかのようにして、相手選手が動く瞬間を見極めようとする葉月。
目を大きく開いて、切っ先、手の内、足先、腰、目付、間合い、それら全てを網羅するように、感覚を研ぎ澄ませて見つめる。
ざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわ
一分経過。両者、動かない。
がやがやがやがやがやがやがやがや
二分経過。まだ、間合いは変わらない。
ざわざわ がやがや
二分半経過。蝋人形のように、両者、動かない。
まさに、サムライの野試合のような雰囲気。動いた方が一瞬で斬られるかのような緊張感は、観覧席の観客たちにも伝わり始めていた。
ひらり・・・・・・ひらり・・・・・・
ひらり・・・・・・ひらり・・・・・・ ひらり・・・・・・
部旗と大漁旗が、揺らめく。
・・・・・・チリイィーーーーー・・・・・・ンッ・・・・・・
「あ・・・・・・。鈴の音!」
後ろで、潮騒の鈴が、鳴った。みんな、ふり向いた葉月につられて、試合から目を外す。
翔平のバッグから紐が解けて、鈴はするりと落ち、ころころと葉月の方へ転がってきた。
ドパパパァーーーーーーーーンッ!
ズバシャアアァーーーーーーーッ!
みんなが鈴の音に気を取られた瞬間、コートから凄まじい炸裂音が鳴り響いた。
はっとして再び全員コートへ目を向け直す。そこには、二人の剣士が残心を取っていた。