虎之助と小夜
虎之助は娘を抱えて逃げた。しかし何時、追っ手が来るか分からない。慌てていた虎之助はつまずく。
小夜と言う二十代の娘が近くに居合わせ、声をかける。
「あんた、逃げてるのかい? そんなに急いでどうしたんだい」 虎之助は小夜をみた。小夜は言った。
「来な、このままじゃ捕まっちまう」
小夜は小さな飲み屋に連れていった。今日は閉店しているらしい。小さな柴犬が出迎えてくれた。
「ハチ、いい子にしてたかい。お客さんだよ」
座敷にお咲を寝かした。虎之助もしばらく傍にいた。そして小夜が飲んでいたカウンターでお礼を言った。
「でもどうして助けるんです?」
「その日の気分さ。それに役人が嫌いだからね。役人から逃げてるんだろ? でもあんたも役人のようだね」
「どうして役人を嫌いなんです?」
「役人は威張ってばっかりじゃいか、いい人もいるけどね。役人というより、お上が嫌いなんだよ。でも、あんた何したんだい」
「何も、でもどうやら濡れ衣を着せられたようだ。町年寄の前田殿と同心の田中殿がやってきて、同心木村殿の殺害容疑で自害しろと言う。そうこうするうち妻が田中殿に斬られた。それで、田中殿を斬った」
「奥さんが斬られたのかい? それで奥さんは……」 虎之助は首を横にふった。
「そうかい、悪い事 聞いちまったね。ごめんよ。……町年寄の前田って言ったね? そいつ、抜け荷に加担してるだろ」
「なにか知ってるんですか?」
「商売柄ちょくちょく耳に入ってくるのさ。もしかして、あんた抜け荷を調べてたのかい。前田の奴、だから あんたを消そうとしたんだね」
「商売って、この店の人ですか?」
「ここも手伝ってるが、他の仕事も手伝ってるよ」
外から誰か戸を叩いた、
「オレだよオレ。早く開けろ」
「うるさいね、今日は閉店だよ」 小夜は戸を開けた。
「客いるじゃねえか」 光の源という男だった。
「客じゃないよ。ただの人殺しだよ」
「はあ? 冗談やめろよ」
「奥さんを殺されて、その場で討ち取ったそうだよ」
「じゃ、じゃあ 番所にいかんとだろ」
「じゃあ、源が連れていきな」
「オレが? 冗談よせ」
「盗人がわざわざ行けないよな」
「おい、滅多な事言うんじゃねえ、勘違いされるだろが」
「何が勘違いだよ、お前こないだ福多屋に入ったばっかだろが」
「馬鹿、てめえも一緒に入っただろが」
「な、こいつは盗人で、アタイも時々その手伝いをやってるのさ」
「其の後、また他の賊だかが押し入って盗みだけじゃなく、福多屋の主人まで半殺しにしちまってよ」
「それで何かわかったのかい」
「テメエの親父さんが賊を突き止め、殺しちまったってよ。とんでもねえ事になっちまった」
小夜の父、林高政は浪人で小夜と同様、盗人団赤猫の手伝いをしていた。




