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異世界転生、最後の修行  作者: 地淵育生(ベリー)
女性として生きる
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月の報復

 今宵もドノバンは、熱弁をふるいドミニクを口説こうとするのだが、彼女は首を縦に振らなかった。甘い言葉の陰に見え隠れする権勢欲というものに反吐が出る思いがこみ上げてくるからだった。

「世界平和のために、ご協力できないかい」手あかのついたキャッチフレーズを何度も繰り返す男。一見魅力的に見えるその主張は、軍隊による魔王の国(ドブリジューカ)への戦争を意味している。


「戦いには興味がない。共栄共存でいい」ドミニクはかぶりを振る。まとめられた緑の髪がかすかに揺れた。

「しかし、魔王の国は、この星の40%を支配下におさめている。いつ我々の側に侵攻してくるかもしれませんね」額にしわを寄せ、国々の民衆の不安を代弁するかのような口調で語りかける。

「現実に、ハートバルク共和国は侵攻を受けていない。隣のルインシャトフも」とドミニクが言いかけたところに畳み込まれた。

「でも、ドブリジューカが危険な存在であることには変わらないですよ」


 いつの間にか、他の客は会計を済ませて帰り、残るのはドノバンだけになっていた。彼は高貴なオーラを身にまとっていて、酔客を引き下がらせるある種の後ろめたさを引き出すことに長けていた。

「僕は、あきらめませんよ。世界平和のために協力していただきます」丁寧な口調で、うやうやしく申し出る。

「悪いが、興味はない」ドミニクは冷たく言い放った。

「いつか、そのお考えを改める日が来るのを祈っております」その言葉を最後に、ドノバンは店を出た。

店がはけると、彼女はいつもの様に外に出て、月の光を浴びて、物思いにふける。それが彼女の日課だった。


 月は彼女の味方でもあるかのように優しい光を浴びせている。庭木の陰で虫がジージーと鳴いている。夜の風は、服を優しくはためかせる。月明かりの暗がりの中で、自分の魂と対話する。私は正しいみことのりに従って生きているのだろうか。道を誤っていないだろうか。何度も自問自答した。


 彼女の店では酒も出す。前世的に考えると、明らかな後退だが、自身は酒も施しの一つと考えていた。「酒で皆が幸せな気分になるならよし」と考えるようになった。人間としての器が増えたのだろう。魂も彼女の変節を許しているようだった。


 一つの黒い影が、彼女の背後に降り立った。暗闇に乗じてドミニクの命を狙おうというのだろう。彼女は平然としたまま、暗殺者に語りかける。

「何をしに来た」

「あんたの能力が強大なので、命をもらいに来た」

「誰の命令だ」

「そんなことはどうでもいい。覚悟しろ」

冷たいものが首筋に当てられている。刃物の様だった。


「私が死んでも何も変わらぬ」

「お前は、死ぬのが恐ろしくないのか」

「ここまでの運命なのであればそれを受け入れるまで」

「よし、ならば死ね」

暗殺者が握った短刀に力を入れると同時に、天空の青白い月が一段と輝きを増した。

一筋の光が暗殺者を照らし、その体はだんだんと透明度を増していった。


「うぁお、何だこれは、き、気持ち悪い」

自分の手を見ると肉と血管と骨が透けて見える。肌がだんだんと血肉色に染まっていく。

「どうした。私を暗殺するのではなかったか」

「何をすれぇば、これぇが止まる。助ぅけてくぅれ」

男は服をはだけて胸を見た。心臓や肺が丸見えになって時を刻む。

「うわぁおぅえ。許してぇくれ」

男は声にならない叫び声を上げながら逃げ出した。


「大丈夫かい。胸騒ぎがして残っていたら、あいつを見かけたんで来た」ドノバンが駆け寄ってきた。

「あいつには十分な懲らしめになっただろう」

「またそんな甘いことを。おそらく、暗殺者は魔王の手下にちがいない」

「小鬼が雇った三流の暗殺者だろう。本物ならもっと素早く済ませるはず」

「その前に、僕が成敗してみせますよ」ドノバンはドミニクを庇護するように肩に手を回してきた。

「大丈夫だ。いついかなる時でも覚悟は決めている」

「それは勿体ないことだね。その力をこの星のために役立ててこそ、人生に輝かしき栄光を添えることができる」

「発言の大半は、争いの計画ばかりではないか」

「それだけ、この星はあらゆる勢力がせめぎ合い、混とんとしているということですよ。それではおやすみなさい」

ドノバンは、帽子を深々とかぶると、片膝をついてお辞儀をした後立ち上がって、夜道を一人で歩いていった。


「マーロを見習え、彼はお前と違って野心がない」ドミニクの言葉は、ドノバンの後ろ姿に降り注いだが、彼が彼女の意見を採用することはないだろうと思えた。


 ドミニクは家の中に入ると、洗い物や後片付けをして、寝床についた。彼女の中では、暗殺者に襲われた時、死ぬ覚悟はできていたが、まだやり残したことがあると思いなおして、力を発動させた。


「私はこの世界で何を残せるのだろう。何をしにここに来たのだろう」

魂に問いかけてみたが返答はなかった。前世の記憶を消された彼女は、今の自分が望むことを果たすために、自分の欲望と向き合わねばならなかった。研ぎ澄まされた精神は、大半の欲望を捨て去ることができた。その反面、平和や治安の安定と言った名もなき人たちの安寧をもたらす常套句に惹かれる自分がいた。ドノバンのいうことも一理あると思えたが、別の思想が真っ向から反旗を翻して対立しつつあった。共存がいいのか、力による平和がいいのか。まだ答えは出なかった。




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