マーロとの出会い
リヒータナの町の朝は早い。夜明け少し前から人々は起きだし、朝の支度をする。ドミニクも起きだして、冷蔵庫の氷の大きさをチェックする。残りがわずかなようで、彼女は町の氷屋を訪ねて氷を運んでもらうように注文した。店から出てきたのは、ドミニクより少し幼い、氷屋の息子のマーロ・シャロンデだった。
「おはようマーロ。氷を一つはこんでくれないか」
「ありがとうございます。午前中に配達しておきます」
「マーロ、重くないか」
「大丈夫です。慣れてますから」
マーロは背丈もそれほど大きくはないが、力だけはあった。グレーの髪にイエローの瞳を持つ小柄な少年だ。気が優しくて乱暴な所などなく、ドミニクが唯一心許せる相手だった。無地のシャツに黒いズボンをはいて、肩には手ぬぐいを乗せて働いている。
ドミニクは家に戻ると、朝食の支度をした。卵を割り、さやえんどうの筋を取り軽く炒める。パン屋で買ったパンを皿にのせて、質素な食事を始める。のどを潤すのは一杯の水。井戸からくみ上げたもので、十分に冷たかった。そのまま飲み込んでは胃を痛めると思い、口の中をなんどもくぐらせてから嚥下する。
薄桃色のカーテンを開けると、朝日が窓を照らしていた。日の光を浴び、今日も一日つつがないことを祈る。朝食をゆっくりとよく噛んで食べる。早食いはしない。健康に一番適した食事法をなぜか身体が心得ていて、それに従うだけでよかった。嗜好品の類は一切とらなかった。食後には果実が欠かせない。すももを取り出し器用に薄皮を剥く。口の中に入れると繊維を含んだ瑞々しい果肉が口の中に広がり、果汁がのどにしたたり落ちていった。
食事を終えた頃、マーロが氷を担いでやって来る。厨房から少し離れた陰にある冷蔵庫の上にそなえつけてもらう。冷蔵庫の中にはハムやベーコンが収納されている。マーロは、氷室から氷を少しずつ切り出して配っている。代金を払ってから、氷はどのくらい在庫があるのか気になってきた。今度マーロに会ったら聞いてみようと思う。
外に出て市場に買い出しに出かける。今日来るであろうお客に出す分の野菜やハムなどをまとめ買いする。魚のオイル漬けも気分で少し買い足す。市場では、珍しくナーシェ・ビートゥに出会った。
「ハーイ、ドミニクお久しぶり」
「ああ、ナーシェ。元気だったか」
「私はいつも元気よ。今度教会に来ない?」
「時間が合えば行ってみる」
「そう言っていつもこないじゃない」
ナーシェは不満そうに口ごもった。ドミニクは昔から教会が苦手だった。魂にきいてみたが、理由はわからないが、魂そのものが教会を拒否しているようだった。
「ランセットは最近どうなの」ナーシェがそれとなく彼の機嫌をきいてきた。
「畑が小鬼に荒らされていて怒っていた」と事実を伝える。
「神様はどうして天罰を与えないのかしら」ナーシェもランセットの感情に沿わせ始めた。
「天罰は軽く与えておいた」ドミニクは簡素に伝えた。
「それは、神様の領分じゃないかしら」
ナーシャは、日ごろから抱いている疑問をドミニクにぶつけてみた。彼女も煮え切らないドミニクの行動に疑問を抱いているぽかった。ナーシャもランセット同様小鬼は退治すべきだと考えているようだった。
「退治まではしないが、頼まれたからこらしめたこと」ドミニクは思っていることを素直に伝えた。
「でも神様は天罰で雷を落としたりするわよね。もしドミニクの能力が神様から与えられたとしたら、
モンスターに相応の罰を与えても悪くないんじゃないかしら」
ドミニクはしばらく目を閉じて心を落ち着かせたのち、おもむろに口を開いた。
「罰を与えるのは私の裁量だが、殺生はダメだと決めている」
「でも、相手はモンスターじゃない」
市場の中の人がざわついた。
「急いでいるからあとで」
ドミニクは、話を一方的に打ち切って、家路を急いだ。
ドミニクの中では、モンスターも人間も同じ生き物として平等だった。
たとえ自分の力が、神に与えられた能力だったとしても、それをどう使うかは人間にゆだねられるのだと考えていた。
ドミニクは自宅に戻ると、材料を所定の位置にしまった後、しばらくテーブルの前で考え事をしていた。何ゆえに、自分にのみ破格の能力が付与されてしまったのか。この能力で何をなすべきか。モンスターは何のために存在し、人間に悪さをするのか。三十分ほど考えたが、回答は得られず。魂にも聞いてみたが、「ただ思うことをなせ」という声が深淵からか細く聞こえるだけだった。彼女は思考を打ち切り、料理の下ごしらえを始めた。芋の皮をむき、レタスをざく切りにするなど、手慣れた作業をしていくうちに、疑問はすこしずつ頭の中から退いてくれた。
そして今日もまた、彼女の小料理屋に、食事目当てのお客たちと、彼女目当ての男どもが寄って来る。ドミニクは、奉仕する喜びと、言い寄る男性のウザさがないまぜになった感情に彩られつつあった。ドノバン・ラッセルは今度も口説きに来るのだろうか。来ても、はねのけるだけだと彼女は決めていた。




