訓練 三日目
―ディン―
ことの始まりは、カナを狼から助けた日の夜に遡る。
「ディン、ちょっといいか?」
冒険者ギルドが閉店間際になった頃、酒を飲んでいるとグレンさんが声をかけてきた。
「どうしたんだ?」
「実はな……お前に頼みたいことがある」
「なんだよ、もったいぶって」
「新人冒険者を対象にした訓練を、ギルド主催でやろうと思っててな。その指導役をお前たちに頼みたい。もちろん報酬は出す。一週間で一人十万エントだ」
「十万か……悪くないな。で、理由は?」
「カナちゃんの件だけじゃない。最近、新人が怪我したり、命を落とすケースが増えている。うぬぼれたまま突っ走るやつが多いんだ」
「なるほど……あの娘だけの話じゃないってわけか」
「ああ。冒険者全体の底上げもしたい」
「分かった。だが俺だけじゃ決められん。パーティの連中に聞いてから返事する」
「いい返事を期待してるぞ」
こうして話はまとまり、訓練が始まった。
だが――指導役は俺たち四人だけ。
他のベテランは「新人の面倒はごめんだ」と断ったらしい。
初日は十人ほどいた新人も、二日目にはカナ一人になった。
アルトは「お前が厳しすぎる」と言っていたが、俺が冒険者になった頃はグレンさんに「素振り五千回が基本だ」と叩き込まれた。
だから、それが普通だと思っていた。
やる気のない奴に教える気はない。
残ったのが一人でも、やる気があるなら十分だ。
◆◆◆
三日目。
朝から強い雨が降っていた。
「おいディン……今日は雨だぞ。流石にカナちゃんも来てないだろ……?」
アルトが傘をさしながら、面倒くさそうに歩いている。
セーラとサラは雨で来ていない。
俺も、誰も来ていないだろうと思っていた。
だが――心のどこかで、来ていてほしいと思っていた。
そして訓練場所である、東門から出た平原に着くと、雨の中、傘もささずに素振りを続ける影があった。
「5122……5123……5124……!」
「マジかよ……」
アルトが呆れたように声を漏らす。
対照的に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
カナは全身ずぶ濡れになりながら、ただ黙々と素振りを続けていた。
「カナ、待たせたみたいだな」
「ディンさん……いえ、素振りしてましたから大丈夫です。身体も温まってますし、いつでも模擬戦できますよ!」
「雨だから今日は休みだとは思わなかったのか?」
「冒険者って、雨の日はお休みなんですか?」
質問を質問で返された。
雨でも依頼はある。
雨だからといって休める仕事じゃない。
「……そんなことはない」
「じゃあ問題ないですよね?」
「……違いないな」
気づけば、俺は笑っていた。
新人、それも女性でここまで骨のあるやつは珍しい。
本気で強くなろうとしている。
なら、俺も本気で応えるのが礼儀だ。
「それじゃあ……行きます!」
カナは濡れたマントを脱ぎ捨て、木剣を構えて走り出す。
昨日は待ってやったが、今日は違う。
俺も同時に走り出した。
「な……っ!?」
俺が向かってくるとは思わなかったのだろう。
戸惑いながらも、カナは剣を振るってきた。
普通の新人なら固まる場面だ。
だが、カナは攻撃を選んだ。
ただ――まだ剣速が遅い。
「遅い! はっ!」
攻撃をかわし、背後に回り込んで軽く木剣を当てる。
「っ……!」
倒れそうになりながらも、カナは踏ん張った。
「はあっ!」
体勢を立て直し、身体を捻って薙ぎ払う。
勢いはあるが、大振りだ。
「甘い!」
避けて、胸当ての上から軽く突きを入れる。
カナは後ろへ倒れ込んだ。
「なぜ大振りになるか分かるか。力みすぎだ。余計な力を抜け。力むと剣速が落ちるし、隙も増える」
「はいっ!」
「まずは呼吸を整えろ。身体と心を落ち着かせてから攻撃しろ」
カナは目を閉じ、深く呼吸を整えた。
さっきまで隙だらけだった構えが、少し締まる。
「行きます……!」
今度の袈裟斬りは、明らかに速い。
避けてカウンターを入れようとした瞬間――カナは体を捻り、下から斬り上げてきた。
「……っ!」
咄嗟に防御に切り替える。
あと一瞬遅ければ当たっていた。
(やはり……この娘は伸びる)
ならば――引き出してやる。
「次は俺から行くぞ!」
連撃を繰り出す。
カナは必死に耐えるが、防ぎきれない。
(どうした……もっと来い……!)
渾身の一撃を放つ。
「はあ……っ!」
カナは木剣で受け止めた。
俺の本気の一撃を、だ。
「ぐ……!」
押し返そうとする気迫が伝わる。
だが――
「……っ!」
力負けし、カナは倒れた。
そのまま意識を失ったようだ。
アルトに手伝わせようと思ったが、あのエルフはとっくに帰っていた。
「薄情なやつめ……」
俺はカナを抱え、ギルドの受付に預けると、そのまま冒険者ギルドを後にした。
少しでもおもしろいとか、続きが気になるなど、気に入って頂けたら☆☆☆☆☆やブックマークへの登録をしていただけると今後の励みになります!
また、感想をいただけましたら喜んで返信させていただきます!




