第51話:絶望の狂気と包囲の爪痕
レンジがアルカリの扉の前で雷のエネルギーを集め始めた瞬間、忘れ去られていた静寂の書庫は混沌とした炎に包まれた。
トンネルから聞こえてくるのは、ヴァネラ兵の忍び寄る足音だけではなかった。怒りの叫び声と重々しい足音が混じり合い、制御不能な炎が閃光を放った。これは、崩壊しつつあるデストラの兆候だった。
オリエルは一歩後ずさり、一瞬集中力を失った。
「ヴァネラだけじゃないわ!」オリエルは赤い炎を映し出す青い瞳で囁いた。「追われているデストラの一団よ。ケインの心の浄化の後も、完全に崩壊したわけではないみたい!」
最初に到着した細身のヴァネラ兵は、根拠のない自信をむき出しにして彼らに向かって突進してきた。背後には無造作に炎が燃え上がっている。ヴァネラたちはデストラの混乱に乗じて身を隠していた。
「灰は私のものだ!」ヴァネラ兵は咆哮した。レンジとゼインを同時に守りながら戦うことなど、到底不可能だと確信していたのだ。
その時、残存する精鋭デストラ3体が要塞から姿を現した。彼らは強靭な体躯を持ち、炎の鎧の残骸を身にまとっていたが、炎はゆらゆらと揺らめいていた。
彼らは、かつてアーカムの支配下にあったデストラのような冷酷非情な戦い方ではなく、絶望的な狂気に満ちた、狂気じみた戦い方をしていた。
「裏切り者め!お前たちがこの要塞に幻影を持ち込んだのだ!」そのうちの一人が、口から炎を噴き出しながら叫んだ。 「この門は必ず我々のものだ!この地の鍵を誰にも渡さない!」
ケインはすぐに事態を理解した。ニブリム族は怒りからではなく、包囲攻撃への恐怖から敵に回ったのだ。
アーカムは全ての通常の門を封印し、ディストラ族をヴァネラ族と孤立無援の状態で自分たちの世界に閉じ込めた。彼らは仲間とアルカリ門に唯一の脱出路を見出し、復讐ではなく救済への道を切り開くことを目指していた。
この激しい戦いは、前章のゼイン・ヴァレオの言葉を裏付けるものだった。ディストラ族は閉じ込められ、アーカムは彼らを運命に委ねようとしていたのだ。
ケインは即座に介入し、灰石を握りしめた。アルカリ門の前に立つレンジーに目を向けた。彼の手は稲妻を放ちながらも、まだ不安定な様子だった。
「レンジー、振り返るな!ここは我々の防衛線だ、オリエル!」ケインは命令した。
ケインはデストラに突進した。炎や雷といった武器は彼には使えない。攻撃は迅速かつ、一撃必殺でなければならなかった。
「絶望を忘れろ!」ケインは叫び、最も近いデストラに「能動的忘却」の破片を放った。
銀色の灰の破片は彼を殺さなかったが、彼の意識の絶望の核心を突いた。デストラは立ち止まり、虚ろな目で、まるで死に向かって走っている理由を忘れてしまったかのように見えた。
ウレルはケインが習得した二つ目の呪文を使った。彼女は彼に向かって静止した水の波を放った。それは冷たい水ではなく、感情の障壁だった。水は混乱したデストラ兵士に当たり、彼の打ち砕かれた精神状態を一時的に安定させた。
「騙されてないわ!私たちもあなたたちと同じようにアーカムから逃げているのよ!」ウレルは叫び、デストラに語りかけようとしたが、絶望は言葉では言い表せないほど深かった。
デストラ兵は戦場に戻ったが、動きは鈍く、怒りも消え失せていた。
しかしその時、すらりとしたヴァネラ兵が突進してきた。彼の標的はケアンではなく、意識を失ったゼイン・ヴァレオだった。
「ファントム!」ヴァネラ兵が囁くと、瞬時に幻覚が生じた。ケインの目には、ゼインの代わりにハンナが炎の剣で刺されている姿が映った。
ケインの本能が燃え上がった。忘却の衝動を凌駕する守護本能が湧き上がった。彼は幻覚を救うために、今にも飛び込もうとしていた。
「ザール!」カイーンは心の中で叫んだ。
「視覚的な裏切りの意図を忘れろ!」ザールは力強く命じた。
一瞬のうちに、カイーンは意識を取り戻した。紫色の幻影は単なる記憶操作に過ぎないことに気づいたのだ。
カイーンはヴァネラ兵に向かって濃い灰の雲を放った。今度こそ、操作された感覚を完全に忘れさせることが目的だった。
灰は紫色の幻影に命中した。音はしなかった。ただ、存在の静寂が訪れた。幻影は消え、ヴァネラ兵は攻撃の狙いを忘れたかのように、手を突っ込んだまま立ち止まった。
後方では激しい戦闘が繰り広げられていたが、最大のプレッシャーはレンジにかかっていた。彼は突撃に全神経を集中させなければならなかった。
彼はアルカリの扉の前に立ち、純粋な青い稲妻を纏った手を、鍵穴に差し込まれた半壊の鍵へとゆっくりと正確に導いていた。人間の肉体では耐えられないほどのゼリキの力を、彼は維持しなければならなかった。全ての攻撃は正確に制御されなければならなかった。力を少しでも強めれば石の門は粉々に砕け散り、全てが灰燼と化すだろう。力を少しでも弱めれば、門は時間内に開かない。
恋次の筋肉は激しく震えた。額から汗が流れ落ちる。それは熱によるものではなく、全身を駆け巡る途方もない電流によるものだった。腕に稲妻のような傷を負い、鮮やかな青色に光り輝き、痛みを増幅させた。
「スピードに屈するな、恋次!スピードは幻想だ。正確さこそが力だ!」これは何年も前から、ゼインが彼の頭の中で囁いていた言葉だった。
しかし、ディストラの絶望的な声が耳元で叫んだ。
「なぜこんなことをするんだ、ライトニング!俺たちは閉じ込められている!希望の扉を閉ざさないでくれ!」
恋次はオリエルの近くの地面に無秩序に燃え広がる炎を見て、ゼインの身に危険が迫っていることを感じ取った。彼は、幻影のアリオンが教えたように、一撃で戦いを終わらせるべく、破壊的な一撃を放ちたかった。
「一撃必殺は慈悲だ!生き残るためには容赦なく殺さなければならない!」アリオンの幻影が彼の頭の中で囁いた。
「だめだ!」レンギは心の中で叫び、手が震えた。「絶望に駆られて誰かを殺すなんてしない!雷遁を使う!」
刻一刻と、ディストラの圧力は強まっていった。彼らはもはや絶望を超え、自殺行為とも言えるような、決死の攻撃を仕掛けてきた。
2人がカインとオリエルを挟み撃ちにし、秘密の鍵を握っていると信じるゼインに向かって突進した。
「オリエル!ゼインを守る!」カインは叫び、ゼインに向かって駆け寄った。
カインは、灰石が物理的な防御には向いていないことを知っていた。灰石は肉体ではなく、意志と戦うのだ。彼は彼らの攻撃をかわすために自らを犠牲にしなければならなかった。
その時、オリエルが窮地を救った。緊張のあまり涙が溢れそうになったが、彼女は崩れ落ちる代わりに、その感情を力に変えた。
彼女の周りに巨大な水の波が押し寄せたが、ディストラを倒すほどの威力はなかった。それは、感情が静まり返った、信じられないほど密度の高い水の波だった。波はディストラを襲い、彼らの炎を消し去り、地面に叩きつけた。
「もう誰も傷つけないで!」オリエルは息を切らしながら叫んだ。
しかし、彼女は全身全霊を込めて押し続けた。疲弊しきった体の中に、包囲の力がじわじわと染み渡っていくのを感じた。
「ケアン!」オリエルは叫んだ。「もう長くは持ちこたえられない!レンギは今すぐ行かなくちゃ!」
ケインはレンギを見た。彼の顔は疲労で腫れ上がっていた。腕の雷の裂け目は今にも破裂しそうで、アルカリ門へと彼を駆り立てる雷の電流はまだ弱々しかった。 「雷だけでは足りない、レンジ!突破するんだ!」カイルンが叫んだ。
その瞬間、レンジは事態を悟った。規律を保とうと必死になりすぎて、動きが鈍くなっていたのだ。アルカリ門を開くには、膨大な量の雷の静寂が必要だった。
レンジは選択を迫られた。巨大な雷撃に吹き飛ばされる危険を冒すか、それともディストラの包囲戦で全員が死ぬか。
レンジは、制御不能な力のために処刑された父、ジリクのことを思い出した。恐怖が彼を襲った。ニブリマの殺し屋となり、自らの運命を制御できなくなるのではないかという恐怖。
しかし、ゼインの不在と、カイルンとオリエルの激しい戦いを目にしたレンジは、決意を固めた。
「プライドを捨ててやる!」レンジは叫び、目を閉じた。
彼は体内に残された最後の純粋な雷のエネルギーを集め始めた。圧倒的な稲妻は、破滅へと向かう雷鳴へと変貌し始めた。




