第50話:半ば忘れられた鍵とアルカリアンゲート
暗いトンネルの中で聞こえるのは、ケインの呼吸音だけだった。冷たく、一定のリズムで、石の静寂を破る。彼はアルカリ門の前に立っていた。それは、ディストラ族よりもさらに古い時代から存在するかのような古代の彫刻で覆われた、巨大な暗褐色の石塊だった。
この門は、ディストラの炎やヴァネラの幻影でできたものではない。地質学的安定性と古代の記憶を象徴する、忘れ去られたニプライムの一派、アルカリ(大地)の静寂と静止でできていた。
ケインの傍らで、レンジは膝をつき、激しく息を切らしながら、意識を失ったゼン・ヴァレオを背負っていた。オリエルはトンネルの入り口に立ち、青い瞳を暗闇に釘付けにして、彼らの足跡を追ってくるであろうヴァネラの兵士たちを待っていた。
「奴らは忘れられた門の領域にたどり着いた!」オリエルは震える声で囁いた。 「まだ遠いが、君の予想よりは速いぞ、ケアン。」
ケアンは何も答えなかった。彼の視線は、石扉の中央にある、特定の物体を収めるために作られた小さな開口部に釘付けになっていた。彼はポケットから、半分壊れた盟約の鍵を取り出した。それは、ディストラの意思と人間の記憶の痕跡が残る、彫刻が施された灰色の石の破片だった。
「忘れかけていた鍵だ!」ザールの声が、今度は厳粛な響きでケアンの頭の中にこだました。
「この鍵は一体何だ?」ケアンは鍵を光にかざしながら、自問自答した。「ザインは、これが古代の保管庫を開ける鍵だと言っていた。」
ザールは皮肉を込めた口調で口を挟んだ。
「ザインはアッシュの息子よ、お前を真実から守ろうとしていたのだ。この鍵は物を保管するためのものではなく、存在そのものを保管するためのものだ。ディストラにも、ましてや人間にも通用する鍵ではない。この鍵はアルカルによって作られ、彼らの古代のシステムの一部なのだ。ヴァニラのヴァル・オリンの支配を超越できる唯一の鍵なのだ。」
カーンはその意味を理解した。アーカムはこの世界のあらゆる生命、あらゆる動きを支配していた。しかし、静止と認知的死を象徴するアルカル(大地)の古代の遺物だけは、彼は制御できなかった。
「でも、どうやって使うんですか?」カーンは尋ねた。「ここの開口部はとても小さいし、鍵も半分壊れている。」
「その通りだ。鍵が半分壊れているのは、本来の姿を記憶から失ってしまったからだ」とザーールは説明した。 「この鍵は、原始のニブリムの世界と忘れ去られた人間の世界をつなぐために作られた。自動的にポータルを開くわけではない。これはアライメントツールとして機能する。渡ろうとするニブリムから正しい記憶の署名を受け取り、さらに3つの純粋なエネルギーの流れによってポータルを通過させる必要がある。」
ケインは鍵を見つめ、それから疲れ切ったレンジと不安げなオリエルを見た。
「正しい記憶の署名だと?」ケインは尋ねた。「その署名とは何だ?」
「共有された記憶だ、ケイン。ゼインは何年もハンナを導いてきた。ハンナは半分アルカリで、アルカリの血統を受け継ぐ唯一の後継者だ。この鍵は、どこへ導くのかを知るために、アルカリの血統が刻まれたハンナの記憶を必要とする。そして、その記憶を鍵に複製するために、君のエネルギーが必要なんだ!」
これは「能動的忘却」の最も困難な使い方だった。それは意図を消し去ったり、力を無力化したりすることではない。ニブリムの忘れ去られた意図を複製し、それを死んだ石に刻み込むことなのだ。ケインは灰を記憶の記録器として使うつもりだった。
ケインは目を閉じた。重圧がのしかかった。ゼインの意識喪失、オリエルの恐怖、レンジの疲労。これらの感情はすべて今、忘れ去らなければならない。残すべきものはただ一つ、ハンナだけだ。
彼はポケットから黒い灰の石を取り出した。石は絶対的な忘却の銀色の光を放つのではなく、淡い金色の光を放ち始めた。それは、まだ埋もれていない記憶、まだ消し去られていない痕跡の色だった。
ケインは灰の石を、半分壊れた鍵の上に置いた。
「能動的忘却」ケインは囁き、灰の意志を定めた。「我々の共有記憶の中にある、アーカルのハンナの痕跡以外、すべてを忘れるのだ!」
二つの石が相互作用し始めた。淡い金色の灰は、ゆっくりと灰色の鍵に染み込んでいった。
その瞬間、ケインの脳裏に次々と幻影が浮かんだ。
彼はハンナの緑色の瞳(アルカルの色)を見た。
彼女の手が大地に触れるのを見た。
彼女の秘めた夢を見た。安全な家、狂気に立ち向かう揺るぎない土台を築くという夢。
ゼインが彼女に大地を操る術、岩のように強く、根のようにしなやかになる術を教えているのを見た。
この記憶こそ、必要なアルカリアンの刻印だった。それはヴァネラの意志とは正反対の、持続の意志だった。
この一時的なクローン作成は、ケインのエネルギーをひどく消耗させた。まるで自分の一部を失ったかのような感覚だったが、彼はためらわなかった。
ケアンが灰石を引き抜くと、半分折れていた鍵は変化していた。鈍い灰色は消え、繊細なサファイアグリーンの線が輝き始めた。まるで細い根が流れているかのようだった。鍵は今、正しく位置合わせされていた。
「やった!記憶が刻まれた!」ザレは歓喜の声を上げた。「でも、エネルギーが!」
ケインは疲れ切ったレンジを見て、それから輝く鍵を見た。
「レンジ!」ケインははっきりとした口調で言った。「待っていられない!ヴァネラが来る。ポータルをチャージしてくれ。それから忘却の意志と水を使って奴らを押し返すんだ。」しかし、会話を盗み聞きしていたレンジは、もはや単なる脱出の話ではないことに気づいた。彼らはディストラを完全に離れ、別の世界へと渡ろうとしていたのだ。
「連携しなければ!」レンジはゼインを掴んだまま、必死に立ち上がった。「このゲートはジレキアではなく、アルカリアのものだ。無造作に雷を落としたら、粉々に砕け散ってしまうかもしれない。ここで死ぬなんて、絶対に耐えられない。」
「他に選択肢はない!時間がない!」オリエルはトンネルの入り口に水泡を放ち、一秒でも長く生き延びようと叫んだ。
その時、闇の中から決然とした声が響いた。
「逃げ場はないぞ、潜入者ども!」
トンネルの中に新たなヴァネラ兵が現れた。彼は普通の兵士ではなく、幻術で強化された兵士だった。彼は偽りの自信を漂わせながら動き、オリエルが水泡で気をそらそうとしても、彼の紫色の瞳は彼女から離れようとしなかった。
「アーカムは灰を欲しがっている」兵士は幻影を帯びた声で言った。「それに、崩壊したディストラの力のせいで、お前たちは今や格好の標的だ」
ケインは、防御と脱出を同時に行うのは不可能だと悟った。リスクを冒すしかなかった。
「リンギ!チャージを開始しろ!俺たちがお前とゼインを守る!」ケインは命令した。
ケインはルビーグリーンの蓄光キーを差し込んだ。キーはカチッと音を立てて入ったが、扉は動かなかった。電源が入るのを待つように、じっと動かなかった。
ケインはレンジを見た。この巨大な物体を動かせるのは、残された唯一の力、雷だけだった。
「雷で俺たちを殺そうなんて考えるなよ、レンジ!」ケインは不気味なほど冷静に言った。
リンギは疲れたような笑みを浮かべたが、そこにはジリック族の誇りがかすかに宿っていた。
「私は雷の息子だ、ケイン。だが、雷を殺すつもりはない。私は雷を操るのだ」ヴァネラ兵が彼らに向かって突進してきた。ケアンとオリエルは最後の防衛線だった。
「オリエル!」ケアンが叫んだ。「レンジに封じ込めの水分を!それからヴァネラに集中しろ!」
オリエルは命令を実行に移した。レンジの周囲に濃密な水分のフィールドを作り出し、レンジはそっとゼインを地面に下ろし、門の前に立ち、手から青い稲妻がちらつき始めた。
その瞬間、レンジは命を落とすかもしれない危険を冒そうとした。その時、彼の心は、自制心の価値を教えてくれた過酷な過去へと引き戻された。なぜ自分がニブリマではなく、人間であり続けるために戦っているのか、その理由を思い出さなければならなかった。
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