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二色の瞳を持つ猫は知っている  ―今日も路地裏の片隅から人間を見つめて―  作者: 霧崎薫
路地裏の覗き猫 ―アメノメ、ゴールデン街を行く―

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第4章:真夜中の告白

 午前零時を回ったゴールデン街は、また違った表情を見せる。

 昼間の喧騒も、夕方の賑わいも、少しずつ落ち着きを見せ始める。その代わりに、より深い人間模様が浮かび上がってくる。


(人間って、真夜中になると本音がだだ漏れになるにゃ~)


 私は『ラストノート』の窓辺で、店内の様子を窺っている。


「もう一曲、聴いていきませんか?」


 巧が千紗に声をかける。彼女は少し酔った様子で、静かに頷く。


「マイルス・デイビスの『ブルー・イン・グリーン』を」


 優しい旋律が流れ始める。その音色に、千紗は目を閉じる。


「私ね、もう作家として、終わってるのかもしれない」


 彼女の告白に、バーは静かになる。


「デビュー作が当たっただけの、たまたまの一発屋。次が書けないのは、そんな自分を証明してるようで……」


 巧は黙ってグラスを磨きながら、彼女の言葉に耳を傾けている。


「でも、それでも書きたい。言葉にしたい何かが、私の中にある」


 その時、思いがけない声が。


「それでいいんじゃない?」


 玲奈が、静かに話しかける。


「私も昔、同じように悩んだわ。夢を追いかけるか、現実を取るか」


 彼女の声には、深い思いが込められている。


「結局、私は別の道を選んだ。でも、それは逃げたんじゃない。自分の生き方を選んだだけ」


 千紗は黙って聞いている。


「あなたには、まだ選択肢がある。それなら、もがき苦しんでみればいい」


 その言葉に、千紗の目に涙が浮かぶ。


 私は場所を移動する。『月光』では、また違った光景が広がっていた。


「ママ、実は僕……」


 陽斗が、みのりに打ち明け話をしている。


「新しい演劇集団から、誘いがあったんです。でも、そこは地方公演が中心で」


 みのりは優しく微笑む。


「行きなさいよ」


「え?」


「夢を追いかけるのに、遠慮はいらないわ」


 その言葉に、陽斗は目を潤ませる。


「私たちだって、みんな自分の道を必死で探してきたんだから」


 そう。みのりにも、自分の物語がある。朝は清掃員、昼はカフェ店員、夜はスナックのママ。その全てが、彼女という一人の人間を形作っている。


(人間って、一つの顔だけじゃ語れないにゃ~)


 私は路地を歩く。すると、また新しい光景が目に入った。


 小さな路地の奥で、玲奈が一人で何かを書いている。原稿用紙に、文字を綴っているみたい。


(あの人も、やっぱり……)


 玲奈の秘密。それは、彼女が今も小説を書き続けているということ。昼は会社役員、夜は作家。その二つの顔を使い分けながら、自分の道を歩んでいる。


「誰にも見せるつもりはないの」


 玲奈は、私の存在に気づいていたのか、静かに語りかける。


「でも、書かずにはいられない。それが、私という人間なの」


 その告白は、夜の闇に溶けていく。


『キャッツアイ文庫』では、まだ灯りが点いている。志乃ばあちゃんは、古い本を大切そうに拭いている。


「こんな時間に、すみません」


 声をかけたのは、千紗。『ラストノート』から戻ってきたみたい。


「いいのよ。夜の本屋には、昼間とは違う魅力があるからね」


 志乃ばあちゃんは、奥から一冊の本を取り出す。


「これ、漱石先生の直筆原稿のコピー。迷っている時は、先人の言葉に耳を傾けるのも悪くないわ」


「え? そんな貴重なものを……いいんですか?」


「いいんだよ、本にはそれぞれに相応しい場所がある」


 千紗は、その本を大切そうに受け取る。


 真夜中のゴールデン街は、人々の本音で満ちている。それは時に切なく、時に力強い。でも、その全てが誠実な想いなのね。


(人間って、夜になるとほんと正直になれるにゃ~)


 私は月を見上げる。まだまだ、夜は続く。

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