第6章:新しい風
台風一過の街は、どこか新鮮な空気に包まれていた。
(災害は怖いけど、人の心を洗い流すこともあるにゃ~)
私は『潮騒』の前で、今朝の出来事を思い返している。浜野さんとマークが、久しぶりに落ち着いて話をしていた場面。
「如月さんの写真展、うちも協力させてもらえないかね」
浜野さんの言葉に、マークは目を輝かせた。
「もちろんです! 実は、古い写真の中に、浜野さんの活気のある魚市場の様子が……」
二人の会話は、自然と昔話に移っていく。浜野さんの父親と、マークの父・トニーさんの思い出。如月潤一がこの街で写真を撮り始めた頃の話。
「そうか……みんな、つながっていたのか」
圭も、その会話に聞き入っている。彼の目には、何か新しい光が宿っていた。
(人間って、過去を知ることで、未来が見えることがあるにゃ~、猫は未来も過去も関係ないにゃ~、ただ今を生きるのにゃ~)
私は場所を移動する。古い倉庫では、写真展の準備が再開されていた。今度は、より多くの人が参加している。
「この写真、うちの父が写ってる!」
「ここ、昔の商店街ね。懐かしい!」
様々な声が飛び交う。如月潤一の写真は、人々の記憶を呼び覚ましていく。
「あの、この場所、使わせてもらえませんか?」
葵が、倉庫の一角を指さす。
「新しい写真を撮りたいんです。今を生きる人たちの姿を」
その提案に、小夜子さんが微笑む。
「素敵なアイデアね。過去と現在をつなぐ。如月さんもきっと喜ぶわ」
マークも頷く。
「僕からも提案があります。この倉庫、完全に改装するのではなく、古い雰囲気を活かしながら、新しい機能を持たせる。そんな方向で考え直したいんです」
その言葉に、地元の若手たちが反応する。
「コミュニティスペースとして使えそうですね」
「ギャラリーとカフェを併設するとか」
「漁師町の歴史を伝える資料館的な要素も」
次々とアイデアが飛び出す。浜野さんも、静かに耳を傾けている。
「うちの店も、少し考えなきゃなぁ」
彼は圭の方を見る。
「その……父さん、僕、お店継いでみてもいいかな」
圭の言葉に、浜野さんは目を丸くする。
「ただし、新しいやり方を取り入れたい。衛生管理はもちろん、オンラインでの注文受付とか」
「む、難しいことは分からんが……」
浜野さんは少し考え、ゆっくりと頷く。
「お前のやり方で、やってみろ」
その決断に、マークも安堵の表情を見せる。
「これで、開発計画の修正案も、スムーズに進みそうです」
私は窓辺で、その様子を見守っている。相反するものが、少しずつ調和を見せ始めた。
(人間って、意外と柔軟にゃ~)
夕暮れ時、私は港を見下ろす丘に向かった。葵が、夕陽を撮影している。
「どう? アメノメちゃん。この街の新しい一面が見えてきたでしょ?」
彼女は不思議と、私の存在を察している様子。まるで、如月潤一の目を受け継いでいるかのよう。
私は黙って頷く。確かに、この街は変わり始めている。でも、それは決して古いものを否定することではない。新しいものと古いものが、互いを認め合い、新たな価値を生み出そうとしている。
(明日もきっと面白い一日になるにゃ~)
私は夜の街に向かって歩き出す。まだ見ぬ物語を求めて――。