第7話 えっちなお仕事にも休日がある
このお仕事で僕はいわゆる、鬼出勤、と言われるハードスケジュールで働いている。
女の子によっては、家庭をもっている同僚もいるし、普段は大学なんかに通っている子もいるから、毎日毎日バリバリに長時間働ける女の子というのは意外と少ない。
もちろん働けば働いただけお金は手に入るけれど、休みがなければ疲れがたまるのも当たり前のことだ。
でも僕たちのようなえっちなお仕事では、たいてい毎月一回、どうしても連休を取る必要が生じてしまう。
それが今日の僕の、生理休暇だ。
あのお客様と変な夜を過ごしてしまって以来、いまひとつお仕事に身が入っていなかった自覚はある。
普段はこういうとき、お金が稼げないことへの不安を感じてしまうけれど、こういう休暇も今はありがたい。
かつてサラリーマンだったころのように有給休暇でもあれば最高なのだが、そんな好条件のお店はたぶんどこにも存在しないだろう。
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第7話 えっちなお仕事にも休日がある
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この女の子の身体になってしまってから、もうかなりの日々を過ごしてきたから、この生理というクソみたいなイベントにもすっかり慣れてしまった。
最初はけっこうビックリしたが、当然生理というものを知識としては知っていたし、男だったころは恋人がいた時期だってあったから、パニックになるというまでのことはなかったけど。
生理用品さえ手に入れれば、使い方はちゃんとパッケージに書いてある。
近づいていることは感覚でわかるし、最近ではまだきれいな下着を血で汚してしまうことも少なくなってきた。
生理があるということは、このTSした身体にも、子どもを作る機能がちゃんとあるってことなんだろう。
だから僕は毎日、万が一無理やりの力ずくみたいな、何かの間違いがあったとしても子どもができないように、それを防止するお薬をしっかりと飲み続けている。
これは最初に無理やりに働かされていた、最初の違法なお店の頃からの習慣だ。
そのお店で僕は、今よりさらに幼なかった身体にも関わらず、子供ができて当たり前のようなプレイを毎日毎日強要されてしまっていたから。
でもこういう避妊のお薬を飲んでいると、生理痛なんかもだいぶ軽くなるらしく、世間でたまに聞くような、お腹が痛くて動けない、なんて酷いつらさはずっと感じていない。
そういうわけで最近どうも感情が乱れがちなことへの気分転換と、そしてお仕事の一環として、今日は駅前の栄えた場所まで出かけてきているのだ。
外がよく見える喫茶店でのんびりしていると、スーツ姿でしゃきしゃきと歩いていく男性たちが妙に目についてしまう。
疲れた表情の人も多いなかで、いかにも元気いっぱいみたいな感じの、力強い歩き方の男性たちも目に入る。
僕がある朝に女の子の身体になってしまってから、もう三年以上がすぎている。
こんな身体になっていなければ、今ごろ自分は会社でもそれなりのお仕事はできていただろう。
窓の外の男性たちと同じように、しっかりと働いて家庭を持って、幸せに暮らしていたかも知れない。
そう考えるとどうにもいたたまれなくて、僕はストローを咥えると、手元の飲み物を下品に音を立てて飲み干した。
窓の外は日差しが強く、喫茶店のガラス越しでも少しまぶしく感じてしまう。
スマホを取り出してメッセージアプリを開いてみるが、特に何も連絡は入っていなかった。
連絡先を交換したお客様には、また来てほしいな、なんて感じにちょくちょく営業のメッセージを送ったりしている。
相手側から特に意味のないメッセージが届くこともあるが、それも嬉しそうに返してあげなければならない。
そうやって頑張って営業していれば、まれにメッセージで直接僕に予約をお願いしてくれるお客様もいる。
これは姫予約と呼ばれる仕組みで、個人的に相手をしてお金を全額懐に入れる悪い女の子もいるのだが、僕の場合はちゃんとお店に連絡しているから、特別なメリットがあるわけでもない。
ただお客様本人とご予約の日程を調整して、自分の勤務の計画を都合よく整えておくことができるから、面倒ではあるがある程度はきちんと対応するようにはしているのだ。
あの細身のお客様とは、前回の帰り際に連絡先を交換することはできた。
もちろん、今日はありがとう、また呼んでね、みたいなおざなりなメッセージはその日のうちに送ったけれど、それ以降は特にやりとりはできていなかった。
あのお客様の場合、終わるころには僕がヘロヘロになってしまうという問題はあるけれど、一日の最後のお客様になってくれればそれほど困るわけではない。
自分の気持ちがあんなに乱れてしまうのは、きっとただの気のせいみたいなものだ。
彼は毎回きちんと本指名してくれるし、嫌なことはしてこないし、長めの時間で呼んでくれるから単価も悪くはないし。
苦手なオプションも要求してこないし、こっちのプレイに毎回きちんと喜んでくれるのもありがたい。
僕にとってはそういう意味でも相性がいい、本当にいいお客様なのだと思う。
だからきちんと営業メッセージを送るのは当然のことだ。
決して特別扱いというわけじゃない。
いいお客様をきちんと捕まえる、当たり前の営業努力ということだ。
そんなことを考えながら、もう彼に送るためのメッセージの内容に10分も頭を悩ませている。
飲み干した飲み物のグラスの中で、氷がすっかり溶け出してしまっていた。
『お仕事頑張って下さいね』
というのはいきなりすぎるだろう。
『今日の僕はお休みです。お買い物に来ています』
というのでは、平日からプラプラ暇そうに遊んでいてだらしない、なんて思われてしまうかも。
『今週末はご予定ありますか? 会いたいな』
なんてのは尻軽っぽすぎるし、営業にしてもあからさますぎる。
そんな感じでいつまでも悩んでいる自分に嫌気がさして、ため息をついて立ち上がった。
横の席に煙草の匂いが強いおじさんが座ってきてしまったし、ちょうどいい。
一度頭を切り替えて、また後で連絡してみよう。こんなふうに一人のお客様に時間をかけすぎるのは、明らかに普段の僕らしくないことだ。
飲み物のグラスを乗せたトレイは、グラスの結露でじっとりと濡れていた。
食欲が出なくて食べきれなかったサンドイッチが、半端にかじられた見苦しい姿でお皿に乗ったままになっている。
自分の部屋に戻ったときは、まだお昼を過ぎたくらいの時間だった。
床のフローリングに、買ったものが入った紙袋を投げるように置き、僕も手洗いうがいを済ませるなり、そのままぺたりと座り込んだ。
服を選ぶことに、僕はいつもほとんど時間をかけない。
店員さんにあれこれ女の子扱いされて声をかけられるのも苦手だし。
そもそも僕に、かわいい服で自分を着飾りたいなんて欲求は全くないのだ。
買ってきたいくつかの洋服を袋から出して、ハサミでタグを外していく。
一度着る前に洗濯をしておこうかとも思ったが、面倒になってそのまま棚へ押し込んだ。
レシートだけは経費として処理する必要があるから、財布から取り出すところまではできたのだが、その先が面倒でそのまま机に放り投げた。
僕はいつも仕事着として、あえて大人っぽくない服を選んで買うようにしている。
子どもっぽく見られるのは嬉しくはないけれど、ロリコンなお客様にはそういうのが好評だから。
それでいて、下着はドキリとするくらいすけべなものを。
胸が小さめだからといって、さすがにこのお仕事でスポーツブラを使うわけにもいかないし。
なんだかんだ男はギャップに弱いものだから、下着についてはそれくらいでちょうどいいのだ。
フローリングにだらしなく横になり、スマホをまた開いてみたが、あのお客様からは当然何の連絡も入っていない。
そりゃあそうだ。
あの人はきっと今ごろ男性らしく、自分のお仕事をしっかり頑張っている時間帯だろう。
それに対して僕ときたら。
今や生理というだけで、たいして痛みなんかもないというのにだらしなくお休みをもらってしまって。
なんだか自分が社会のはみ出しものになっているというか、そんな現実を思い知らされてしまう。
せっかくのお休みだというのに鬱々としたままの気分を変えようと、なんだか重く感じる体を無理やり起こし、僕は部屋のユニットバスへ向かった。
このアパートの部屋は店長さんのコネで手配してもらった物件で、狭くてこざっぱりしているが、家賃も安くお仕事の事務所にも近くて気に入っている。
うちの店の場合、これは寮というわけでもないのだが、他にも同僚が何人か別の階に住んでいるらしい。
店長さんからすれば、扱いやすい女の子を近所に住ませることができ、逃げられる心配もないというメリットもあるのだろう。
この部屋は付近と比べて異様に安く、日当たり最悪で事故物件の可能性すらあるが、僕としてはいつでも使えるシャワーやトイレがあるだけでも救われる。
前のお仕事場、お風呂的な場所で働いていたときには、特別にそのまま自分のプレイルームに寝泊まりさせてもらっていたけど、トイレは共同だったし。
その前の違法なお店にいたころなんて、もっとひどい環境だったのだ。
だけど今はかつてのお風呂的な職場で、非合法な形だがどこかに失踪した女性の戸籍を売ってもらい、こうして自分で部屋を借りることもできるようになった。
その誰かが未払いにしていた年金の請求が僕のところに届いてしまったときにはさすがに面食らってしまったけれど。
おかげで住民票も作れたし、そこからさらに銀行口座やスマホも手に入った。
とはいえ、えっちなお仕事では信用がなくて、今のようにコネでもないといい条件の物件なんて借りられないのだけれど。
シャワーの水の温度が上がるのを待ちながら、自分の裸の身体に目を落とす。
男だったころにはお腹の肉がまずい状態になってきていたが、今はすっきりとしたか細いスタイルになってしまった。
胃袋が小さくなって、あんまり量を食べられないし。
意識してカロリーを取るようにしてはいるが、このお仕事はけっこう運動量も多いのだ。
何より、お客様のアレを咥えたあとにモグモグと食べ物を口にするというのは、どうにもいまだに慣れることができないでいる。
暖かくなったシャワーを浴びはじめると、股間から赤い血がタイルに流れていく。
明後日くらいにはたぶん詰め物でごまかしも効くようになるけれど、生理はやっぱりあまりお客様に喜ばれるものではない。
よほどの変態さんを除いては。
慎ましい胸の膨らみと、かつては存在していた自分の股間のアレがないことが、シャワーを浴びるたびに悲しい気持ちにさせてくる。
お仕事でお客様と一緒にシャワーを浴びるときは意識しないでいられるけれど、一人のときはどうしてもダメだ。
僕の身体はお客様の需要を意識して、全身を完全脱毛までしてしまっている。
そのぶん生理の血でも不衛生になりづらいけれど、見た目の幼なさが際立つようで、本来の自分の身体との違いにときどき頭がおかしくなりそうになる。
どうせ男に戻れる日なんて来るはずがないのだから。
もういい加減に慣れてしまわないと、自分が苦しくなるだけなのに。
股間に残る血の固まりが気持ち悪くて、シャワーを直接あてながら左手で汚れを落としていく。
意識したわけではないけれど、敏感な場所に水圧がかかって、女の身体がピクリと反応してしまった。
女の子は人によってかなり違うみたいだが、僕の場合は生理中、身体がどうもムラムラしてしまうタイプだ。
お腹の奥のほうがうずくような、もどかしい感覚がずっと続いてしまう。
だからこれは、仕方ないことなんだ。
決して自分が女になったことを喜んでいるとか、ふしだらで変態だとか、そういうわけじゃない。
シャワーを元の場所に戻し、暖かいお湯を背中に浴びながら、ふうっと小さく息を吐いた。
中指を自分の中にゆっくりと納めていきながら、あの細身のお客様はこの前どんな触りかたをしてくれたっけ、なんてことをぼんやりと考えていた。
夜ご飯は駅前で買っておいたお弁当にした。
とっくに冷えきっていたが、この部屋には温め直す電子レンジもない。
お湯に容器ごと浸けて温めるという手段もあるのだが、自分だけのためにそんな面倒なことをする気にはならなかった。
固くなったお米をお水で強引に喉へ流しこむ。
冷たい唐揚げは噛みきるのも大変で、2つ目に箸を伸ばす気にもならなかった。
一人ぼっちの休日。
外に出ても、仕事で使う服を雑に買い集めただけ。
薄暗い部屋で冷たいお弁当を食べて。
暇な時間は自分の身体を自分の指で慰めて過ごした。
考えたらダメだとわかっているのに、涙がこぼれて止まらない。
男のままでいられていたら。
恋人や家族ができていたら、きっと幸せな休日があっただろう。
友人と楽しく過ごした、そんな日もきっとあっただろう。
戻りたい。
こんな身体になってさえいなければ。
死にたくないから生きているだけで。
生きている喜びなんてどこにもない。
なんで僕だけが、こんな目にあわなきゃならないんだ。
こんな寂しい休日なんて大嫌いだ。
お仕事だって、もちろん大嫌いだ。
元男のくせに、男相手に身体を売って。触るのも触られるのも、嫌いで嫌いで仕方ない。
痛くされるのも大嫌いだ。気持ちよくされるのも大嫌いだ。
こんな女の身体を抱えて生きていくなんて、もう僕は。
考えたらダメだとわかっているのに、いつもそう考えないように気をつけているのに、一人で時間を過ごしていると、そう意識せずにはいられなくなる。
誰か、助けて。
僕を、助けて。
そう無意味に叫び出しそうになった瞬間、テレビもなく静かすぎる僕の部屋に、スマホにメッセージが届いた着信音が響いた。
馬鹿みたいに独り情けなく泣いていた自分の涙を拭きながら、片手で雑にメッセージを開く。
涙で滲んで、最初は相手の名前を確認できなかったけれど。
そのメッセージを見た瞬間にどうしてか、あの人からのメッセージだと、そう僕にはわかってしまった。
『スバルちゃん、会いたいです。今週の土日どちらか、夜の終わり前の時間に予約させてくれませんか』




