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第12話 幸せな未来もきっとある

『僕、ちょっと腰を痛めてしまって……。最近は少しお休みにしてるんです』


『大丈夫? 病院に行ってゆっくり休んでね?』


 彼と連絡を取り合うことは、未だに辞めることができていない。

 危ないお薬と同じだ。

 自分の意思だけで簡単に辞められるわけがない。



 だけどえっちなおしごとは、びっくりするくらい簡単に辞められた。

 腰を悪くしたなんていうのはもちろん嘘だ。

 

 辞表もいらなければやっかいな手続きも不要。

 店長に自分の意思を伝えて、あとはその後の自分への予約を入れないようにしてもらえばいい。


 店に借金をしていたり、お給料を前借りしている女の子にはそんな自由はないのだけれど。

 健全に働いていたのなら、法律上の僕たちの扱いは個人事業主みたいなもので、辞めるも続けるも本来は自分次第だ。


 お店のホームページにも、もう僕のロリロリな写真は跡形もない。

 分厚くなっていたお客様のメモは、何のためらいもなく処分した。


 店長のツテで借りていたアパートはすぐに追い出されたけれど、奇跡的に保証人不要の賃貸は見つかった。

 家賃はかなり上がってしまったけれど、まだ貯金は充分にある。

 だからきっと大丈夫だ。

 えっちなおしごとを辞めたことは失敗じゃなかった。


 そう毎日、自分に言い聞かせている。



☆--☆--☆--☆--☆


第12話 幸せな未来もきっとある


☆--☆--☆--☆--☆



 これまでのようなえっちなおしごとは、もう続けることはできなかった。

 彼以外の男性と触れ合うことは、いくらお金を積まれたとしてもお断りだ。


 そんな僕が最初に雇ってもらえたのは、よくある駅前のコンビニエンスストア。

 こんなよくわからない変な女を雇ってもらえただけ、ありがたい話だった。


 だけど夜勤の雇われ店長さんには、二回も身体を触られそうになった。

 前職のことを引き合いに出して、そのくらいしないと辞めてもらうと脅された。


 だけどそれに見合うお給料がもらえるわけでもなく。

 それ以上に性的な気持ち悪い要求もひどくなりそうで、もちろん僕はすぐにそこを辞めた。



 次に雇ってもらえたのは、ファミリーレストランの深夜勤務。


 すぐに辞めた。

 

 もらえるお給料が少ないことは、やむを得ないのだとわかっていたけれど。

 同僚の男の学生さんに変に気に入られてしまったみたいで、デートのお誘いやら無駄な会話やら、そういうことが耐え難かった。



 僕のようなお仕事をしてきた人が、なかなか普通のお仕事やアルバイトの世界には戻れない、というのはよくある話らしい。


 特に金銭感覚が狂ってしまっていた人は、当然のように生活が苦しくなり、また元の世界に戻ってしまう。

 僕の場合その点は大丈夫だったけれど、将来のことを考えるとどうしてもため息が出てしまう。


 貯金はまだ充分にある。

 だけど切り詰めたとしても、たぶん数年で尽きるだろう。

 えっちなおしごとで貯められるお金なんて、しょせんその程度でしかない。


 今さらきちんとしたお仕事に就くのは不可能だ。

 見た目はともかくお金で買った戸籍で言えば、僕はそれなりの年齢ということになっているし、その割に学歴も職歴も悲惨な状況だ。



 結婚、という未来も考えないわけではない。

 相手はもう誰だっていい。僕のこの見た目なら、まあ誰かしらに気に入ってはもらえるだろう。


 えっちなおしごとをしていたことはひた隠しにして、家事をして子供を生んで育てて。

 仕事だと思えば、愛の言葉だっていくらでも口にできるだろう。


 でも、そんなことをするくらいならもちろん、これまでのえっちなおしごとを辞める意味もなかったことになる。


 そもそも生きていくことの意味が、今の僕にはもうきっとないのだけれど。



 現在はなんとか、スーパーのレジ打ちに雇ってもらうことができている。

 機械になった気持ちで商品のバーコードをスキャンしていると、時間がぐんぐん過ぎていってありがたい。


 感染症の対策のおかげで、お客様とはアクリル板越しにしか接しないでいい。

 会計もお客様が勝手に機械と済ませてくれるから、お釣りを手渡しする必要もない。


 そうでなければきっと、この仕事もすぐに辞めてしまったと思う。

 彼以外と触れ合うことは、たぶんもう僕には苦しくなってしまうから。



 そんな職場のスーパーでは、三個百円でコロッケが売られていて大人気だ。

 美味しいわけではないけれど、自分で一から作るより圧倒的に安いし、お腹も充分満たされる。


 だけどそれをレジに通すたび、少し悲しい気分になる。

 このコロッケを買う人は、きっと寂しい人が多い。


 カット野菜と併せ手抜きで夕飯に出す主婦。

 発泡酒とコロッケだけカゴに入れたサラリーマン。

 見るからにお金のなさそうなお年寄り。

 えっちなおしごとを辞めて節約生活になった僕。



 そしてまた、次のお客様もそんな安いコロッケをかごに入れていた。


「お客様、袋はご利用でしょうか?」


 定型文を口にして。


「お願いします」


 言われたら袋を用意して、黙々と商品をスキャンして。


「1753円です。2番の会計機へどうぞ」


 金額を読み上げるときには、笑顔を浮かべる必要もない。

 後は勝手にお客様が機械へお金を入れてくれる。



 だけどなぜかそのお客様は、レジの正面から動こうとしなかった。


 面倒に思いながらその人の顔を見上げて、ようやく気づいた。

 息をすることさえ、数秒は忘れてしまっていたように思う。



「……スバルちゃん?」


 あの、彼がいた。

 都合のいい幻覚かと思ったけれど、レジの周りの喧騒が、これが現実のことだと教えてくれる。


 ずっと聞きたかった、彼の声。

 不健康なくらい細い体。

 優しい目は、驚きに少し大きく開かれていて。


「あの、スバルちゃんだよね?」



 神様がいるのなら、まず僕をTSさせたことを謝ってもらいたいと思っていた。

 だけど今日のこれで、チャラにしてあげてもいいかも知れない。


「あは、あの、僕、その……」


 まともな言葉は出なかった。

 

 とりあえず次のお客様を遮るために、レジの横に看板を置いて。

 一度天井を見上げたけれど、こんなとき何を言えばいいのか、当然天井には何も書かれてはいない。



 ご指名ありがとうございます、はもう違うか。


 お元気でしたか? も変だろう。


「あの、好きです。……僕は、あなたが好きです」


 これはたぶん一番おかしいチョイスだったけれど、でも彼はふわりと優しい表情になる。



 TSしてこれまで、いいことなんてほとんど何もないと思っていた。

 元は男だったくせに、えっちなおしごとをして生きるしかないなんて、最悪のTS人生だと思っていた。


 だけどたぶん今、僕のこれからが変わろうとしている。



 わからない。

 こんな自分にこれから、どんな未来が待っているのか。


 だけどこうして今、彼が僕の目の前にいて、優しく微笑んでくれているから。


 だからきっと、僕がTSしたことに感謝してしまうくらい幸せなハッピーエンドを迎える可能性だって、きっと、きっとゼロではないんだ。



☆--☆--☆--☆--☆--☆--☆--☆--☆


 TS娘のえっちなおしごと


  これにておしまい


☆--☆--☆--☆--☆--☆--☆--☆--☆

これにて完結!

読んで頂いてありがとうございました!

ぜひ作者ページから、他の作品もチラっと見ていって下さい!

ご感想、ご評価も大歓迎です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不幸なTS娘は居なかった、これで良かったんだ。
[一言] 一気読みさせて頂きました。読後感も気持ちよく、楽しかったです。出来るなら後日談を読みたい!幸せになったスバルちゃんの日常が見たい……
[一言] 完結お疲れ様でした! スバルちゃんはきっと幸せになったに違いないそうに決まってる
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