第12話 幸せな未来もきっとある
『僕、ちょっと腰を痛めてしまって……。最近は少しお休みにしてるんです』
『大丈夫? 病院に行ってゆっくり休んでね?』
彼と連絡を取り合うことは、未だに辞めることができていない。
危ないお薬と同じだ。
自分の意思だけで簡単に辞められるわけがない。
だけどえっちなおしごとは、びっくりするくらい簡単に辞められた。
腰を悪くしたなんていうのはもちろん嘘だ。
辞表もいらなければやっかいな手続きも不要。
店長に自分の意思を伝えて、あとはその後の自分への予約を入れないようにしてもらえばいい。
店に借金をしていたり、お給料を前借りしている女の子にはそんな自由はないのだけれど。
健全に働いていたのなら、法律上の僕たちの扱いは個人事業主みたいなもので、辞めるも続けるも本来は自分次第だ。
お店のホームページにも、もう僕のロリロリな写真は跡形もない。
分厚くなっていたお客様のメモは、何のためらいもなく処分した。
店長のツテで借りていたアパートはすぐに追い出されたけれど、奇跡的に保証人不要の賃貸は見つかった。
家賃はかなり上がってしまったけれど、まだ貯金は充分にある。
だからきっと大丈夫だ。
えっちなおしごとを辞めたことは失敗じゃなかった。
そう毎日、自分に言い聞かせている。
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第12話 幸せな未来もきっとある
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これまでのようなえっちなおしごとは、もう続けることはできなかった。
彼以外の男性と触れ合うことは、いくらお金を積まれたとしてもお断りだ。
そんな僕が最初に雇ってもらえたのは、よくある駅前のコンビニエンスストア。
こんなよくわからない変な女を雇ってもらえただけ、ありがたい話だった。
だけど夜勤の雇われ店長さんには、二回も身体を触られそうになった。
前職のことを引き合いに出して、そのくらいしないと辞めてもらうと脅された。
だけどそれに見合うお給料がもらえるわけでもなく。
それ以上に性的な気持ち悪い要求もひどくなりそうで、もちろん僕はすぐにそこを辞めた。
次に雇ってもらえたのは、ファミリーレストランの深夜勤務。
すぐに辞めた。
もらえるお給料が少ないことは、やむを得ないのだとわかっていたけれど。
同僚の男の学生さんに変に気に入られてしまったみたいで、デートのお誘いやら無駄な会話やら、そういうことが耐え難かった。
僕のようなお仕事をしてきた人が、なかなか普通のお仕事やアルバイトの世界には戻れない、というのはよくある話らしい。
特に金銭感覚が狂ってしまっていた人は、当然のように生活が苦しくなり、また元の世界に戻ってしまう。
僕の場合その点は大丈夫だったけれど、将来のことを考えるとどうしてもため息が出てしまう。
貯金はまだ充分にある。
だけど切り詰めたとしても、たぶん数年で尽きるだろう。
えっちなおしごとで貯められるお金なんて、しょせんその程度でしかない。
今さらきちんとしたお仕事に就くのは不可能だ。
見た目はともかくお金で買った戸籍で言えば、僕はそれなりの年齢ということになっているし、その割に学歴も職歴も悲惨な状況だ。
結婚、という未来も考えないわけではない。
相手はもう誰だっていい。僕のこの見た目なら、まあ誰かしらに気に入ってはもらえるだろう。
えっちなおしごとをしていたことはひた隠しにして、家事をして子供を生んで育てて。
仕事だと思えば、愛の言葉だっていくらでも口にできるだろう。
でも、そんなことをするくらいならもちろん、これまでのえっちなおしごとを辞める意味もなかったことになる。
そもそも生きていくことの意味が、今の僕にはもうきっとないのだけれど。
現在はなんとか、スーパーのレジ打ちに雇ってもらうことができている。
機械になった気持ちで商品のバーコードをスキャンしていると、時間がぐんぐん過ぎていってありがたい。
感染症の対策のおかげで、お客様とはアクリル板越しにしか接しないでいい。
会計もお客様が勝手に機械と済ませてくれるから、お釣りを手渡しする必要もない。
そうでなければきっと、この仕事もすぐに辞めてしまったと思う。
彼以外と触れ合うことは、たぶんもう僕には苦しくなってしまうから。
そんな職場のスーパーでは、三個百円でコロッケが売られていて大人気だ。
美味しいわけではないけれど、自分で一から作るより圧倒的に安いし、お腹も充分満たされる。
だけどそれをレジに通すたび、少し悲しい気分になる。
このコロッケを買う人は、きっと寂しい人が多い。
カット野菜と併せ手抜きで夕飯に出す主婦。
発泡酒とコロッケだけカゴに入れたサラリーマン。
見るからにお金のなさそうなお年寄り。
えっちなおしごとを辞めて節約生活になった僕。
そしてまた、次のお客様もそんな安いコロッケをかごに入れていた。
「お客様、袋はご利用でしょうか?」
定型文を口にして。
「お願いします」
言われたら袋を用意して、黙々と商品をスキャンして。
「1753円です。2番の会計機へどうぞ」
金額を読み上げるときには、笑顔を浮かべる必要もない。
後は勝手にお客様が機械へお金を入れてくれる。
だけどなぜかそのお客様は、レジの正面から動こうとしなかった。
面倒に思いながらその人の顔を見上げて、ようやく気づいた。
息をすることさえ、数秒は忘れてしまっていたように思う。
「……スバルちゃん?」
あの、彼がいた。
都合のいい幻覚かと思ったけれど、レジの周りの喧騒が、これが現実のことだと教えてくれる。
ずっと聞きたかった、彼の声。
不健康なくらい細い体。
優しい目は、驚きに少し大きく開かれていて。
「あの、スバルちゃんだよね?」
神様がいるのなら、まず僕をTSさせたことを謝ってもらいたいと思っていた。
だけど今日のこれで、チャラにしてあげてもいいかも知れない。
「あは、あの、僕、その……」
まともな言葉は出なかった。
とりあえず次のお客様を遮るために、レジの横に看板を置いて。
一度天井を見上げたけれど、こんなとき何を言えばいいのか、当然天井には何も書かれてはいない。
ご指名ありがとうございます、はもう違うか。
お元気でしたか? も変だろう。
「あの、好きです。……僕は、あなたが好きです」
これはたぶん一番おかしいチョイスだったけれど、でも彼はふわりと優しい表情になる。
TSしてこれまで、いいことなんてほとんど何もないと思っていた。
元は男だったくせに、えっちなおしごとをして生きるしかないなんて、最悪のTS人生だと思っていた。
だけどたぶん今、僕のこれからが変わろうとしている。
わからない。
こんな自分にこれから、どんな未来が待っているのか。
だけどこうして今、彼が僕の目の前にいて、優しく微笑んでくれているから。
だからきっと、僕がTSしたことに感謝してしまうくらい幸せなハッピーエンドを迎える可能性だって、きっと、きっとゼロではないんだ。
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TS娘のえっちなおしごと
これにておしまい
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これにて完結!
読んで頂いてありがとうございました!
ぜひ作者ページから、他の作品もチラっと見ていって下さい!
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