第11話 いつまでも続けられない仕事もある
「お、スバルちゃんおはよう。昨日のラストの新規のお客さんから、また3日後に本指名入ってるよ。やるねえスバルちゃん、絶好調じゃない?」
「へへ、そうですかねぇ。実はちょっと手応えもありましたし。また次も頑張ります」
店長さんから前日分のお給料を受けとりながら、僕はほとんど愛想笑いのようにニヤけた笑顔を作っていた。
やっぱり人生には張り合いがなければいけない。
毎日ちょっとした幸せがあるだけで、こんなお仕事でもしっかり頑張れるというものだ。
お店の女の子の待合室に出て、僕はふかふかのソファーに腰を下ろした。
朝から出社している同僚と軽く目があったので、軽くおはようと声をかけておく。
今日の最初のご予約まではまだ少し時間があった。
貴重なこの自由時間を無駄にはできない。僕は素早くスマホを取り出して、メッセージアプリを開く。
連絡先を交換しているお客様たちからメッセージが届いているようだが、目に入らなかったことにして無視した。
目当てのあの人とのメッセージのやり取りはここしばらくずっと続いていて、毎晩それを一から読みなおすだけで、ふわふわした幸せな気分で眠りにつける。
『おはようございます! 今日の朝ごはん、卵焼き失敗して少し焦がしちゃいました!』
彼に写真を見せようと、朝からわざわざご飯を作ったりなんかして。
『おはようスバルちゃん。朝ご飯、ちゃんと作ってるの偉いね。俺は今日はコンビニのおにぎりにしたよ』
こうしてすぐに既読がついて返信が来ると、嬉しくて思わず声を上げてしまいそうなくらいだ。
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第11話 いつまでも続けられない仕事もある
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「お? スバルちゃん何か嬉しそうだね。そっか、またあの人と連絡とってるんでしょ」
先日の飲み会で彼と連絡してみるように促してくれた一人である同僚の女の子が横に座ってくれて、僕はちょっぴり自慢気に自分のスマホの画面を見せた。
「へへ、まあ、たまにですよ、たまにね。へへへ」
そう、僕から送るメッセージは少ないときは一日に10件とかそこらだし。たまに、という範囲に充分収まっているはずだ。
「あー……うん、まあスバルちゃんが元気になってくれたわけだしぃ、わたしもそこは嬉しいけどね?」
同僚のそんなちょっと引っ掛かる言い方も、今は気にしないことにする。
なにせ彼はあと30分もすれば始業の時間だろうし。サラリーマンは大変だろうから、ちゃんと僕がスマホ越しにでも応援してあげないと。
『今日もお仕事頑張って下さいね!』
『スバルちゃんも。無理はしないようにね』
ほら、こんなに優しいメッセージも返ってくるし、と画面を同僚に見せようとしたけれど、彼女はどこか困ったような表情のまま、微妙な笑顔を浮かべていたのだった。
やっぱりちょっと引っ掛かるけれど、僕ももうあと数分で移動しなければならないし。
僕は自分の大きめなバッグの中身、ぬるぬるな液体やうがい薬の残量なんかを軽く確認して席を立つしかなかった。
「お待たせしました。ときめきハートキャッチガールズのスバルです!」
本日最初のお客様。
僕のことはホームページの写真で見て予約してくれたらしく、たぶんよくいるロリコンさんの一人だ。
あまりプレイのことは記憶に残らなかった。
お客様メモも面倒なので残さなかった。
最近ではほとんど、お仕事のメモが書けなくなっている。
あの人以外の男のことを考える時間を、少しでも減らしたいと思うようになってしまったから。
「お客様、今日もご指名ありがとうございます! また会いたかったから、すごく嬉しいです!」
二人目のお客様は何度めかの本指名。
何度めなのかは忘れたし、思い出したくもない。
奇特な人で、今日はわざわざオプションで僕なんかの使用済みパンツまで買いとってくれた。
帰るときは、下着が無くてドキドキしますよぅ、なんて演技もしてあげたけど、まあ正直少し気持ち悪い。
とはいえ、こうして奪われることを前提としてはいておいたパンツだし。バッグの奥には二枚も予備のパンツを仕込んでいるし。
「えへ、すごい。もうこんなに元気になってますね。シャワー浴びたら、いーっぱいサービスしますからね?」
三人目。
こちらはオプションでどぎつく、アダルトなおもちゃを持ち込み使用したいとのことで。
最近のおもちゃはなかなか進歩もすごい。昔はただ震えるだけのグッズばかりだったのに。
最近のおもちゃは吸いながら震えたり、さらに差し込んだまま伸び縮みしたり。
なんとかシャワーやらリップサービスやらで時間を消費させなければこちらの身がもたないと、女の子たちの間では評判は悪い。
もちろん僕も、大嫌いだ。
そしてまた日が変わる少し前に、今日も自分の薄暗いアパートに戻る。
今日相手をしたお客様は全部で5人。
うち本指名が4人。オプションも頼んでくれた人は2人。
上出来だ。また貯金が増えていく。
習慣化している手洗いうがいを済ませ、冷たい床にぺたりと座りこんだ。
最後のお客様に顔にかけられたあの液体の生暖かさと生臭さが、まだ頭の中から抜けていかない。
煙草臭い安ホテルの匂いも、自分の髪にまで染み込んでいるみたいでうんざりする。
お客様はみな、お金次第でいろんなふうに僕たちを扱うことができる。
パンツを買ってもいいし、おもちゃで弄んでもいい。
同僚の女の子は後ろの穴までオッケーするし、先輩は逆に男の人の後ろの穴までいじり倒すらしい。
もちろんただ僕たちを呼ぶだけでも、舐めたり挟んだり吸ったりと、そりゃあもう楽しく過ごして頂けるわけだけど。
支払ったお金に応じて優遇されるというのは当たり前のことだ。
スマホゲームの課金だってそうだし。お金さえ払えば入学できるような大学だって存在する。
お客様はそれでひとときの満足感を得て。
こちらは手取りが良くなって。
実に素晴らしい話である。
まして僕は美少女だし。実はTSした元男だなんて、誰にもわかるはずがないし。
吐き気をこらえてキスをしているなんて、性欲で頭がパンパンになっているおじ様たちが気づくはずもない。
暗い部屋のリビングも電気を付けると、家具の少ない殺風景な僕の部屋に、外を通る車の音だけが小さく響いていた。
シャワーを浴びる前にまずスマホを取り出す。
メッセージアプリに届いていた、いくつかのお客様からの連絡をとりあえずまた無視して、あの人からのメッセージだけを先に開いた。
『今日もお疲れ様スバルちゃん。今日はどんな一日だった? 明日もまた、いいお客さんが多かったらいいね』
また、ちゃんと彼からのメッセージが届いていた。
それだけで心がふわふわにされてしまって、今の自分がいかに恵まれていて幸せか、噛み締めてしまうほどだ。
「へへ、えへ……へへへ」
だからこそ、耐え難くて泣けてくる。
気持ち良くなるのは、彼とだけでありたかった。
自分でオッケーにしているオプションだからといって、機械に喘がされるのはつらくてしかたがない。
触れられるのも触れるのも、彼だけが良かった。
笑顔を向ける相手は、彼だけにしたかった。
彼とメッセージをやり取りするたびに、これ以上ないとすら思える幸せを感じ、同時に、死にたいくらいの絶望も感じる。
なんで僕は、こんな仕事をしてまで生きているんだろう。
なんで僕は、彼を好きになってしまったのだろう。
かつて彼から誕生日のプレゼントにもらったランタンは、ずっと部屋の机に置いたままにしている。
電池はとっくに切れて光らないけれど、その電池だって彼からもらった大切なものだから、僕には交換することさえできなかった。
もう、無理だ。
いくらお金を積まれているのだとしても、他の誰かに抱かれて生きるのは嫌になってしまった。
もう、こんな生き方しかできない自分が、嫌で嫌で仕方がない。
TSしていなければ、彼に出会うこともなかったけれど、こんな生活に堕ちる必要はなかった。
TSしていなければ、たぶん何か、わからないけれど、もっとましな人生が送れていた。
何かのせいにしなければ耐え難くて、最近はいつもTSという理不尽な過去の出来事を恨んでいる。
静かすぎる殺風景な部屋に、自分のうめくような汚い泣き声だけが響く。
メッセージのやりとりだけで満足するなんて、弱い僕には難しい。
もう会わないと、そう決めている。
メッセージのやりとりだけだと、本人にもちゃんと伝えている。
でも、会いたい。
彼以外には会いたくない。
他の男になんて、抱かれたくない。
たとえお金のためだとしても。
「……やだよもう。他のお客様なんて、もう嫌だ……」
だから僕はもう、このえっちなおしごとを辞めることにした。
たぶん潮時だったのだ。
あの彼と出会ってしまったことで、きっと僕の中で何かが変わってしまったのだから。




