第198話 魔族の使者
客間の一室、広々としたその部屋にはポツンとキングサイズのベッドが一つ置いてある。
キングサイズといっても、数人がまとめて寝れる大きさだ。
超超キングサイズ、それがだだっ広く感じる部屋に一つ。
しばらく前まで魚人国の客間に泊まっていたからまぁなんだけど。
僕的にはこの広さよりも、適当な宿屋のあのこじんまりとした感じの方が好きだな。
やっぱり、異世界に来ても心はいつまでも小市民ということなのか。
「さてと......」
まぁ、そんな僕のどうでもいい考えは置いておいて。
目下の問題に目線を向けよう。それは目の前にいるキャルメルの存在だ。
今の彼女はベッドの上で寝ている。
僕に全力の<魅了眼>をかけてきて、それを反射したせいで目を回してしまったようだ。
自業自得と言えば、その限りでしかないんだけど、にしても――、
「僕達を探してやって来たか。それも魔族が」
一番引っかかってるのは、そこだ。
魔族なんて存在、ぶっちゃけ言えばこっちに召喚されて以来すっかり忘れてた。
一応、人族がめちゃくちゃに敵対視してるけど、各地を回っててこれまで目立った動きを知らないんだよな。
それに、敵視を受けているという意味なら、今は魔族よりよっぽど僕達だろう。
しかし、このタイミングで動いてきた......ってことは戦争でも起こるのか?
戦力ってワードが彼女からも出ていたし、何か大きなことが起こりそうな予感がするのは確か。
だけど、それを断言するには、まだまだ情報が足りない気がする。
「なら、一先ず彼女を起こしてから再度取り調べといこうかな。
その時には皆も別室で見てもらうことにしよう」
―――数時間後
「ん......あれ、眠ってた?」
僕がベッドの傍らで椅子に座りながら本を読んでいると、キャルメルが起床した。
状況がすぐには理解できないようで、「なんで寝て」とかポヤポヤした口調で言っている。
そして、キョロキョロと首を巡らし、やがて僕と視線がバチッと巡らせる。
じーっと向けてくる視線はどこか熱ぼったい。
頬が紅潮しているのは、寝起きで熱がまだ内側に籠ってるとかそんな感じだよな?
「あ、ご主人様.....♡」
あ、ダメそう。
「――って違う!」
と思いきや、秒で否定した。
かけ布団をガバッとめくり起こし、上体を起こしたキャルメルが見つめてくる。
寝起きなのに呼吸が荒いし、僅かに眉間が狭まってる。
焦ってるのが手に取るようにわかるよ。見てて少し面白い。
「ここは......?」
「君が急に目を回したみたいでね。こっちに運んできた」
そう答えたら、キャルメルが険のある視線をぶつけてきた。
どうやら僕が適当な言葉を言ってることに気付いてるみたい。
となると、自分がどうして寝たのか、ある程度推測が立ってるってことかな。
僕は両手でパタンと本を閉じると、彼女にちゃんと向かい合うことにした。
「何か言いたいことがあるみたいだね」
「色々言いたいことはあるわよ、ご主じ......ゲフンゴフン、王様にはね。
あんた何者なの? 私の<魅了眼>はサキュバス、いえ、魔族の中でも魔眼ではトップクラスの性能をしてるのよ?」
魔眼.....これまで見てきたことは無かったな。
確か、一つだけ特殊な魔法を宿す瞳を総称してそう言うんだっけ。
ま、瞳に魔法を仕込めるという意味合いでは、僕もある種魔眼持ちというのかな。
それはさておき、ここからがどうするかだな。
現状、僕は圧倒的アドバンテージを得ている。
力や立場に関してもだけど、数時間前に聞いた情報に関してもだ。
今のキャルメルは、圧倒的弱者。
僕の手のひらで握り潰そうと思えば、簡単に握り潰せる存在に成り下がった。
いや、成り下がったというか、僕がそういう方向に誘導したんだけど。
とはいえ――、
「僕は<反射>のオート機能を持っているんだ。
だから、僕が許容できないぐらいの魔法以外は反射できる」
ま、オートじゃなくて毎度仕込みは必要なんだけど。
っと、そうではなく――
「ところで、僕の正体を知りたい......で、いいんだよね?」
さすがの僕も魔族の使者を無下に扱うわけにはいかない。
僕達の組織な理念的な部分は、「理不尽に抗う」ことだ。
今の魔族が人族という脅威に理不尽に晒されそうになっているなら、それは無視できない。無視してはいけない。
それになにより、そうなったなら、まず確実に勇者一行が関わってくるだろうしね。
明らかに激戦になるだろう火種を僕が放っておくのもどうかと。
いや、考えてみれば、リューズさんがいる以上、一方的な蹂躙に近いか。
それはともかく、ここからはフェアに行くとしよう。嘘も出来る限り無しだ。
「えぇ、知りたいわ。教えてくれるなら」
キャルメルがキリッとした目つきで答えた。
その表情には先程とは違い、一部の油断も無いといった感じだ。
例えるなら、柄に手を置いて鍔を親指で押し上げ、右手に柄を置いているイメージ。
こちらが不審な行動を取れば、たとえ死ぬとしても一矢報いるという気概を放っている。
とはいえ、その刃を向けるのは僕よりも自分自身って感じだが。
「そんな身構えなくてもいいよ。僕は君に対して何もするつもりはないから。
だからそんな、何かされた途端に自害するような覚悟は決めなくていい」
「どうだか。私にご主人様と呼ばせてる時点でどうかと思うけど」
「それ、君が勝手に言ってるだけだよ?」
気味悪そうに目線を向けるキャルメルに、僕は苦笑した。
僕がわざわざ呼ぶように設定したみたいになってるけど、違うから。
むしろ、そういうことを望んでたとかじゃないの?
警戒するのは無理ないけど、それだけは否定させてもらう。
「冷静に考えてみて、仮に僕が何かしようとしたら、きっと君はそんな理性は残っていない。
サキュバスの魅了は一種の極度な洗脳状態だ。
相手がそうなった時、君ならどうする?」
そう聞いたら、キャルメルは掛け布団に触れる手をギュッと握った。
それから、少しだけ視線を彷徨わせると、やがて一つの吐息を吐く。
「わかった、わかったわよ。信じればいいんでしょ?
脅迫してくる相手に信用も何もあったもんじゃないと思うけど」
「まぁ、それは追々ってことで」
僅かに空気が緩む。キャルメルが張っていた気が緩まったからだ。
さて、となれば、ここからが本番だ。
腰にそっと手を伸ばし、僕はズボンの後ろポケットにある紙に手を触れた。
その紙には魔法陣が描かれており、ここでの内容は別室にいるメンバーから、音声として届けられる。
まさに取り調べの状況だ。唯一違うのは、音声のみというところだけど。
「それじゃ、改めて話をしようか。ここからは嘘はつかない。
答えずらいことに関しては、『ノーコメント』と返すようにするよ」
「わかったわ。それで最初に何を話すの?」
「そうだね......なら、まずは改めて自己紹介をしようか。
互いに隠していることもあるしね。君も嘘は無しで頼むよ」
僕がそう言うと、キャルメルは一つ息を吐き、口の端だけを少しだけ上げた。
「安心してこっちはそのつもりよ。だから、魅了の効果で命令するのはやめてよね」
僕の続きを促すような無言を、是と捉えたキャルメルは自分の胸に手を当てる。
一度小さく深呼吸をすると、彼女は自分の本当の身分を口にした。
「私の名前は、キャルメル=ビリセール。魔王軍、魔王直轄部隊の元四天王が一人よ。
今は姫様......魔王様の娘であるサラサ様の専属護衛騎士をしているわ」
想像以上に大物が出てきたことに、僕はビックリだよ。
というか、姫専属ぼボディーガードならこんなとこいて大丈夫なのか?
そんなことを思っていれば、キャルメルが顎をしゃくって促してくる。
はよ、そっちの本当の身分を教えろってことね。はいはい、了解。
「僕は悪役の偉業の一人、仲居律だ。リツで構わない。
そして、こう見えてもリーダーをやってて、君が前に見たという鍛冶師の大男は僕仲間だ」
僕的には結構な重大発言だったけど、キャルメルの反応は思った以上に淡白だ。
別に仰々しい反応を求めていたわけじゃないが、ここまで無反応だとそれはそれで。
少なくとも「えええええぇ、あんたが!?」的なものは来ると思っていたんだが。
いいけどね? 別に。でも、それはそれで違う意味で不安になる。
「......驚かないんだな」
「いえ、驚きはしたわ。したけど、同時に腑に落ちたって感じが大きいかしら。
私の魅了眼は同族の中でもトップクラスの性能を持つ。
それこそ、周りに比べれば比較的非力である私が、一度は四天王の一人になれるぐらいには」
じっと耳を傾ける僕に、「だからこそ」と言葉を継ぎ、キャルメルが僕を見る目を細めた。
その瞳に移った感情が、「不気味」と言っているのがなんとなくわかる。
「そんな私の魔法が効かない。それどころか、反射するなんて埒外もいいとこよ。
それでいて、あんたからは何も感じない。覇気とか威圧感とか強者特有の纏う雰囲気が。
それが逆に不気味過ぎて、言われて納得したのよ」
結局、不気味って言っちゃってるし。
まぁたぶん、彼女なりの誠意なのだろう。嘘をつかないって約束したしね。
もっとも、仮に破った所で僕がどうこうすることはないんだけど。
「そんなんで気づくんだね」
「経験則からって感じかしら。
私が思うに、真の強者ってのは覇気をまき散らしているか、徹底的に隠してるかのどちらか。
前者は言わずもがなだけど、後者はそれで一般人を装っているからね」
「別に僕は一般人を装ってるつもりはないんだけど」
「素でそれだとしたら、あんた暗殺才能あるわよ。
いえ、やっぱり取り消すわ。なんか化け物を生み出しそうで嫌」
自分を抱えるように両腕をクロスさせるキャルメルが、眉をひそめ、口を歪めた。
うわ、本気で嫌そうな顔している。ちょっと傷つく。
そうでなくても身内から化け物扱いされてるのに。
っと、それはともかく――、
「話を戻そう。率直に聞く、キャルメルがここに来たのは魔族の戦力集めって認識でいい?」
「ええ、そうね。私達は確かに戦力を集めている。
ただし、その戦力は召喚された勇者と戦うためじゃない。
姫様の兄君の暴走を止めるための戦力よ」
え、まさかの紛争......?




