見知らぬ空の見守る下で4
突然響いた爆発音と激しい振動が、半ば気絶するように眠っていたダミーの意識を覚醒させた。
「今度はなんだってんだ」
身を起こし、視線を巡らせる。馬車の内部には特に変化は見られなかったが、あれほどがたがたと揺れていた馬車の進行がいつの間にか止まっていた。
檻から外に視線を向けるが、そこにも別段異変は見つけられない。
覚えている限りでは、教会騎士などと呼ばれる護衛が何人か居た筈だが、その姿も見えない。
「御者さん! 何かあったのかい?」
四方の牢造りの内安全上のためかそこだけ板作りになっている一面、向こうに御者が座っているはずの壁を叩いてそう声をかけてみるが、返事がない。
―――目的地についたのか?
そう考えてはみるが、外の景色は周囲に何もないただの平原だ。それはないだろうとすぐに否定する。
「となると、トラブル、か……?」
呟き、また改めて周囲の様子をうかがう。すると、ふと違和感を感じた。
「……おやま、ザギが消えてら」
違和感の正体は、ダミーの言葉の通り。いつの間にかザギの姿が馬車の中から消えていた。
彼を拘束していた手枷と鎖はそのまま残っているのに、当人の姿だけが見えない。
ダミーは、空腹とそれによる衰弱でどうにも定まらない思考を努めてまわすが、現状の理解にはどうにも情報が少なすぎると結論をつけると早々と思考を放棄した。
「死んだ後まで逃げだすなんて筋金いりだな」
冗談めかして呟き笑を吐く。ごろりと横になり意識まで手放してしまおうとしたところで、ふと視界の隅に動くものを見つけ、転がりついでにそちらに視線を向けた。
―――豚だった。
「ぶ、フゴフ、ぶひぃ?」
「張っ倒すぞ」
二足歩行の豚頭の怪人にたしなめられ、ダミーは寝転がったままの体勢で自分の頬を引っ張ってみた。
「―――おお痛い。あんたみたいな姿の人間に話しかけられたのははじめてだよ」
「おい、お前馬鹿にしてんのか? そうだろ、あ?」
「牛みたいな頭した巨人と殺し合いならしたことあるんだけどな」
「いい加減黙れよお前!」
ぐわん、と馬車が揺れた。豚頭が馬車の檻を思い切り叩いたのだ。
「話が進まねえだろうが! たく、お嬢を助けた人間っていうからどんな奴かと思えばただのパープリンじゃねーかクソが!」
豚頭の口から耳を覆いたくなるような罵詈雑言が次々と飛び出し、癇癪ぽく当たられた馬車がその度にぐらぐらと揺れた。
「あまり揺らさんでくれないか。死ぬ程くたびれてるんだ」
いつまでたってもおさまる様子のない豚頭の癇癪にうんざりしたようにダミーが乞うと、豚頭はぴたりと乱暴狼藉をやめ、にやりと―――豚の顔をしていることを思えばそうはっきりと判別できるのもおかしな話だが―――口元を歪めた。
「死んでなくて正解だったな。俺はあんたを迎えにきたのさ、救いの主様に深く感謝して俺のケツにキスしな」
「自分のナニでもしゃぶってろ豚野郎、お前の糞を食うぐらいならここで餓死するぜ俺は」
「誰が豚野郎だこのクソの丸耳が!」
とうとうブチギレた豚頭はどこからか斧を取り出し檻に叩きつけた。人外の膂力にさらされた金属の檻は斧の刃が食い込んだ先から甲高い悲鳴をあげてへしゃげ歪み分断されていった。
「―――クソ、俺の人生もここでしまいか。この手枷さえなければあの糞豚に一矢報いてやったものを」
「奇遇だな。俺もお前がお嬢の恩人じゃなけりゃその首引っこ抜いて肥溜めに投げ捨ててやってたところだぜ」
努めて冷静な語りに徹しているつもりのようだったが、豚頭のこめかみのあたりにひくつく青筋がその怒りの大きさをあらわにしていた。
ダミーが身を引く暇もなく、豚頭の振るった斧がダミーの手枷に繋がる鎖を半ばから断ち切った。
「……おら立て。近くに龍車をつけてある、そいつで移動するぞ」
鎖の先を引かれ、ダミーは引きずられるようにして立ち上がった。
「俺の首を引っこ抜かなくていいのかい子豚ちゃん」
「幾ら挑発しても無駄だ、俺はお前と違って『人間ができてる』からな」
「そんなぶっちょな面で言っても説得力ないぞ。―――だがまあ、今回ばかりはその人間の出来た豚マルくんの厚意に甘えようかね」
それきりだった。糸の切れた人形のようにダミーの体がくずおれる。
思い切り頭から地面に突っ込んだダミーの姿をバツの悪そうな顔で見届けた豚頭はぼりぼりと頭をかき、やがて大きなため息をつきダミーの体を肩に担いだ。
「―――衣食足りて礼節を知ると、そういうことにしといてやるよ」