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第二十八章 幸運の女神

調べものをしていた図書室から出たら、想定以上に寒くて毛皮のコートに首を埋める。暦の上では冬の終わりだが、影になっている所には数日前に積もった雪が残っていた。

途中、衛兵の前を通ったが、使用人だと思われたのか会釈すらされなかった。粗末な外套を羽織り、供も連れずに庭を歩き回る男を、誰も未来の王配だと思わないだろう。

日のあたるところには緑の芽も生え始めているな、とよそ見をしていたら聞き覚えのある声がした。


「婚約者殿、探したよ!」


前方の廊下の向こうからずかずかやって来たのは、以前街で出くわした領主夫人だ。今日は宮廷にいるせいか民族衣装ではなく、貴族らしい格好をしている。


「デザイン画ができたから見てもらおうと思ってね」


この国は救世主教のエースター同様、春の始まりに謝肉祭が行われる。オノグルの規模がどんなものかは知らないが、母国では道化・滑稽などが許されて仮装行列や山車が盛大にくり出される。民衆の前に立つ機会もあるし、諸外国の使節団も来る。その時に着るドレスを夫人にお願いしたのだ。女王が広告塔になり、オノグル国内外に素晴らしい刺繍をアピールするのだ。彼女が広げた絵にはカラフルな花が所狭しと描かれている。


「うーん。品がないな」


隙間が無いほど花の絵がかかれている。小さな女の子が着る分には良いのだが、女王が着るには、ごてごてした印象だ。


「あんた口が悪いね。人が一生懸命作ったのに、そんなこと言う?」


はっきり言い過ぎて、夫人をむっとさせてしまった。


「じゃ、どうすれば良いのさ。エースターのドレスを真似れば良いのかい?」

「それじゃ貴女の刺繍の良さがなくなってしまうのでは?」

「褒めるか貶すかどっちかにしておくれよ。あたいはどうしたらいいのかわからないよ」

「今までに無いものを作るんだからそう簡単にはいかないって」


ウィルは男なのでドレスの良し悪しはわからない。衣装係のローザが懐かしくなった。あんな問題だらけの侍女が恋しくなるとは思わなかったが、切実に意見を聞きたい。

実は一緒に行った護衛や外貨は戻って来たというのに一向に帰って来る気配がない。もしかして、エースターで新しい財布候補でも物色しているのだろうか。母国の男性諸君が毒牙にかからないことを祈る。誰にも頼れず、改めてデザイン画を睨む。


「そうだな……全体に刺繍すると時間かかるし大変だろ? 袖やスカートの裾に絞ったらどうかな」


宥めるように言うと、夫人は些かやる気を取り戻したようだ。


「それならまあ。あんたにカラフルな絹の糸ももらえたことだし頑張るよ。糸の束を見せたら村の女たちに嫉妬されちまった。あんなに羨ましがられたのは旦那を射止めて以来さ」

「あげたんじゃないから。ドレスの材料をわたしただけだから」

「わかってるよ」


釘は刺しておいたが、完成後に余った材料を使うくらいは目くじら立てたりはしない。


「今回のドレスの評判が良ければ、いずれあなたの村でも絹の糸も扱うようになる。羨ましいなんて誰も言わなくなるかもね」


ドレスや小物の注文が舞い込んでひっきりなしに刺繍をするようになれば、もう絹糸なんて見たくもないと言い出すかもしれない。


「なんてこった。責任重大じゃないか」


彼女の故郷に新たな産業が興るかどうかは彼女の腕にかかっている。今頃になってようやくプレッシャーを自覚したらしい。


「ところで、ドレスを着る女王陛下の相手役は何をしているんだい? そんな格好をしてるから誰かわからなかったよ」

「造幣局に呼ばれたんだ」

「造幣局?」

「お金を作るところだよ」

「だからって普通、家来つれていかないかい? あんたって偉い人なんだろ?」

「今ちょっと人が少なくて」


経費の中で一番割合が高いのは人件費だ。経済的に余裕のある人には休みをとってもらい、ギリギリで回している。それでなくてもウィルについていた使用人は大量解雇しているので、自分でできることは基本的に自分でやるようにしている。


「ああ、そう言えばなんだか前に来た時よりすっきりしてたね。部屋も地味だし」


要らないものを売却したせいで宮殿内は些か殺風景になっている。


「思ったことをそのまま口にしなくても」

「あんたに言われたくないんだけど」


以前の蜂の件といい、まっすぐに悪意をぶつけてくるので、ウィルはこの夫人を嫌いになれない。一聞すると褒めているようで後からよくよく考えると悪口を言っている陰湿な貴族連中より数倍マシだ。


「あ」


ウィルは庭園の一部に目を止めた。花が全くないと思っていたが、カレンジュラやスノードロップ、ビオラと言った背の低い花が咲いていた。地にへばりついて身を切るような空気から逃げているようだ。


「ちょっとすいません」


ポケットを探ると丁度レターオープナーがあった。手はかじかむし、小さな刃では太い茎は切りにくいが、何とか切り終えた。


「これからイロナさんに会うんだ」


何本かの花をハンカチに包んで紐で縛れば、花束のように見えなくもない。上手くできたと満足していると、領主夫人はなんとも言えない生ぬるい微笑みを浮かべていた。


「なんだ、ちゃんと好きなんじゃないか」

「は?!」

「あたい、あんたのこと勘違いしてたよ。使用人を解雇したとか、陛下の食事に毒をいれてるとか、金儲けをたくらんでるとか、そんな噂ばかりで嫌な男だと思ってた」


そんな噂が流れていたなんてちっとも知らなかった。全くの事実無根ではないので否定し辛いところだが、地方にいる彼女に歪曲された事実が伝わっていても不思議はない。


「でも、ドレスを作ってあげて、花を摘んであげるなんて、いじらしいじゃないか。夫にも見習って欲しいね」

「ちょっと待って、そんなこと……」

「好きじゃないのかい?」


直球で問われ、ウィルは耳まで真っ赤になった。

好きか嫌いかで言われたら好きだ。

容姿のことは言うまでも無く、いつも自分の他愛ない話を笑顔で聞いてくれる。たまに嫉妬してみせ、からかうくせに用が無い限り近づいて来ない。つれないかと思うと、突然距離を詰めてくる。本当に猫みたいな女、典型的な小悪魔だ。自分のことすら勘定に入れず、国の為ならウィルのことなんか簡単に切り捨てるだろう。それをわかってるのに、この人のために何かしてあげたいなんて願ってしまうのだから始末に負えない。


「……あんな可愛い人が傍に居て、惚れないとかあり得る?」


居直り気味に言い放つウィルを、夫人は微笑まし気に見つめていた。


「嫌がらせして悪かったね。お詫びにとびっきりのドレスを作るよ」


丸めた羊皮紙を大切に抱え、領主夫人は手を振り去って行った。




貨幣鋳造所は王城の外れにある。昔は幾つかの業者があったのだが、それぞれを別の場所でやるのは効率が悪いこと、銀の含有量を誤魔化したり贋金業者との癒着があったりと信用に問題があることから、王の目の届く範囲に一つの施設として集約された。

執務していたイロナとは貨幣鋳造所で待ち合わせていたのだが、彼女は門の前にいた。


「ごめん、待たせた?」

「いや、今来たところだが……どうした?」


さっきの領主夫人との会話を思い出し、まともに女王が見られない。


「これ」


目を見ずに先ほど作った花束を差し出す。


「庭に咲いてたから」


受け渡しがぶっきらぼうになった。


「ありが……む?」


受け取る際、感謝の言葉が途切れた。何かあったのか、と目を上げかけると突然手を包まれた。


「冷たいぞ」


外で花を摘んで、その花束をずっと持っていたので冷えるのは当然だ。赤くなった指先が、白い指と絡まる。


「別に、大丈夫だからっ」


声が上ずる。鼓動まで跳ねている。


「そうか。だが、私の指が冷たいのだ。しばらくこうして暖めてくれるか?」


そんなのは嘘だ。彼女の手は、指先の感覚がなくなった自分の手でもわかる程より熱い。イロナはウィルの手を自分の手ごとポケットに突っ込むと、もう片方で花束を握り歩き出す。目が合うとにっと白い歯を見せた。

ウィルはまた目をそらしながら、感謝の言葉を口にしようか迷う。


目的の建物へはすぐについた。部屋と呼ぶにはお粗末で、屋根は地面はむき出しになって砂が敷かれている。屋根は遥か上にあり、壁は石を積み上げられてできており、薄暗い室内は冬なのに真夏のように熱く、その場にいるだけですぐに汗が噴き出てくる。その中を男たちが鞴をふんだり、金属をハンマーで叩いたりしている。そして何より目に付くのは、木炭がくべられた大きな炉の上で、溶かした金属が太陽のような光を放っていた。 


「御足労いただき、ありがとうございます。陛下までお越しいただけるとは」


出迎えたのはこの場の責任者。貨幣の鋳造を任せられるだけある、厳格そうな初老の男だった。


「別に構わぬ。昨夜ウィルから聞いて、興味が湧いたのでな」

「各地から集めた銅鉱石の中に気になるものがあると言っていたな」


ウィルは責任者に負けず威厳たっぷりに言う。女王のポケットに手を突っ込んでいては、威厳も糞もないが。


「シュルツ殿に鉱物の知識があると伺っております。是非ご意見をお聞かせいただきたのです」


領地によっては鉱山経営を行わなくてはいけないので、鉱物もまた家政学の範疇だ。一通りの知識はある自負はある。

案内されたのは隣の区画だった。倉庫のような室内には石や金属が積まれている。銀貨を鋳造する際、ウィルの指示で集められた各地で採れる銅のサンプルだった。


「見ていただきたいのはこちらのサンプルです」


銅は多くの地域で産出され、純粋な胴の塊として見つかることもあるが、大部分は他の元素と化合物をつくり、銅鉱石として採掘される。

責任者が示したのもそうした不純物が含まれているのだろうと判断された銅鉱石だったが、詳しく調べる間もなく、新通貨の鋳造所に運ばれた。


「黄銅鉱? 熱せば分離するはずだけど」


色は真鍮のような光沢がある。

勿体ないがようやくイロナと手を離したウィルは、ポケットから虫眼鏡を取り出した。外見は黄鉄鉱と似ているが、黄色味が強い。銅であることは間違いなさそうだ。黄銅鉱は硫黄と銅が結合した鉱石なので、普通に燃やせば黒い酸化銅になり、銅が取り出せる。


「そのはずなのですが、金属が融解するくらい熱しても色が変わらないのです」


責任者は試しにやってみたと言う塊を取り出した。黒い酸化銅のつぶ状になったそれの一部は、黄色味が強く、輝いている。

ウィルはその欠片をタイルに擦り付け、条痕の色を観察していたが、突然顔を上げた。


「確かめたいことがある」


ウィルは鍍金を行う区画に着くとイロナにハンカチを貸し、自身は申し訳程度に袖で口元を覆う。熱気もあるが、鍍金に使われる水銀は人体に有害で、古代帝国も東方を統一した最初の皇帝もこの水銀で滅んだと言われている。

そこでは、水銀を使って表面に銀を集める作業をしていた。新通貨はかなり銀の含有率が下がってしまったのでそれを誤魔化すためのもので、元は贋金作りで培われていた技術だそうだ。職人たちの中には脚に鎖をつけた男たちもいる。贋金づくりで捕まった罪人だろう。罪人には技術も経験もある。活用しなければ勿体ない。

イロナが興味深げに見る中、ウィルは注意しながら有毒な水銀の中に先ほどの銅らしき鉱石を入れる。暫くすると、含まれていた成分は液体に溶け出し、酸化銅だけが残った。


「分離できましたな」


銅が無事取り出せたと、見守っていた責任者が肩を撫でおろす。


「問題はここからだ」


ウィルはその液体を金属の皿に入れ、トングで掴みながら火にあぶった。

やがて水銀が熱され、気化する。金属の皿の中に成分の一部が残った。


「イロナさん! 大変だ!」


金属の皿を凝視したまま騒ぐウィルに、イロナも含め、皆がぽかんとしている。


「何だ?」


ウィルはもどかし気に振り返る。


「金だよ!」


イロナは吹き出しそうになるのを堪えた、何とも言えない表情をした。


「それは通貨の信用を得るための方便のことか?」

「違う!」


ウィルは濡れ雑巾に、熱された金属の中身を空け出した。粗熱をとり、女王の前でそっと開く。中には黄金色の輝きがあった。

砂粒のようなその塊を自身の目と指で確認し、彼女の顔色が俄かに変わる。


「どういうことだ?」

「鉱石に含まれる金や銀などの金属は、水銀にいれると鉱石から溶け出す性質を持っている。その水銀を強く熱することで水銀が蒸発して溶けた金属だけが残る」


発見された銅鉱石を溶かした水銀を蒸発させ、取り出されたのはこの通り。つまり、新たに採掘された鉱石には金が含まれていたと言うことだ。

ようやく事実に認識が追いついた女王は、ぽつりと呟いた。


「嘘が誠になったな」


そこで、ウィルを見つめる。


「金が発見されたと言う情報を流させたのも君だったな。もしかして、こうなることを予想していたのか?」

「銅、亜鉛、鉛などの鉱石と一緒に発見されたり、混ざった状態で産出されるのは割とよくあることなんだ。元々“森の向こうの地”には金脈があったらしいし、可能性はあった」


金は重い物質だ。その大半が地中深くにあると言われている。皆が目にする金は、何かの加減で地表に出てきた僅かな量だ。火山の噴火などによって地中からたまたま、他の物質とドロドロに混ざった状態で出てくることがある。


「計算通りだったと?」


尚も追及するイロナに首を振ってみせる。


「発見されるかもしれないと思った。だから銅鉱石のサンプルを集めてもらった。でも、計算に含めるには確率が低すぎる。運が良かったとしか言い様がない」


ウィルは、凛々しい女王をその視界に収め、茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。


「きっとこの国には幸運の女神様がいるんだね」

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