【第一・五話】前夜、僕は光を見失った
「デケェ......人も多い......」
朝なのに騒がしいフランクフルト国際空港の内部を進みながら呟く。今回の対カルト作戦をするにあたり、僕らは事前に場所調査をする必要があるという結論が出た。そして今日は作戦決行の2日前。そろそろカルトも動き始める頃だろう。
『こんなところでテロられたらかなりヤバそうだな』
「カルトのことだからここの空港を覆い被すレベルの量のガスは持っているはずでしょ」
『多分な』
特別許可を得て保安検査をパスする。とりあえず発着ロビーは見てきた。次は一番人が集まる場所だ。
「広すぎてどっからでも射線通るね」
狙撃にはうってつけかもしれないけど、室内戦と考えたらあまりにも空港は広い。
「そもそもであいつらはどうやって攻略するつもりだ?」
ダストと話しながら歩いていると、前から歩いてくる人にぶつかってしまった。
「す、すみません......こちらの不注意で」
ぶつかった人に謝ろうと後ろを向いて時、頭の中に電撃が走った気がした。
「あれ?あなたは確か......」
言い終わる前にその人はどこかに逃げてしまった。マスクと帽子をつけていたせいでよく分からなかったが、あの顔の形には見覚えがある。
『あいつ......俺にも見覚えがある』
「あの記憶力が終わってると有名なダストが覚えているだと?」
『お前よりは頭がいいはずだ』
「むぅ......」
誰か思い出せないまま時間が過ぎていく。ただあの人にはいい記憶はなかった気がする。
△ △ △
「僕だったらここに置くかな」
空気循環システムを睨みながら呟く。
『その心は?』
「エアコンや換気扇の中にガスをぶち込めば効率よくガスを散布できるから」
『お前も怖いこと考えるんだな』
「敵拠点の破壊工作は僕らの機動部隊の必修科目だよ」
とりあえずシステムの点検だ。僕は近くにいたスタッフを呼んできた。
「うーん......特に見当りはしないですね。まぁそれが一番いいですが」
「もしかしたらもっと後で入れるつもりなのかな?」
「ちょっと細部まで確認しますね。危ないので外で待っててください」
言われるがままに部屋の外に出て、適当な椅子に腰掛ける。
「今の所目立った情報はないね〜」
『予定まで2日ほどだ。そろそろ動き始めてもおかしくないはず』
「そうは言っても......」
一時間近以上練り歩いた疲れが今になって解放された。おまけに今日は睡眠不足。そして今は暇時間。これは寝ろと言ってるようなものだよ。
「ダスト。ごめん、ちょっと寝る」
『は?』
「なんかあったら起こして......」
それだけ言うと僕は夢の世界へと旅立った。
△ △ △
『......きろ!』
ダストの声が聞こえる。一体なんのようだ?確か寝てわずか数分しか経ってないはずだけど。
『起きろ!』
「ん......何?」
『電話が鳴ってた。おそらくメンバーからだろう』
眠い目を擦ってスマホの画面を見る。確かにバンパーからの不在着信が数件あった。
「もしも〜し」
僕はすぐに掛け直した。空港側では大きな収穫はなかったから、彼らの調査に期待だ。
《仁か?なんでさっきは出なかった》
「寝てた」
《そのことは後でしっかりと聞かせてもらおうか。それより情報だ。テロ決行場所が空港、ホテル、そして銀行だと分かった》
「そう。兵力はどうするの?」
《流石に俺らじゃ対応しきれないとのことで、ドイツ当局に応援を仰いでいる。今のところ動いてくれそうだ》
「よくいけたね」
《財団の信頼度だ。そこらへんのPMCと一緒にしないでほしいもんだ》
こうなると当局は動いてくれるとしていいだろう。おそらく来るとしたら......
「GSG-9......」
僕も詳しくは知らない。知っているのは警察の対テロ部隊ってことだ。しかもかなり練度が高いってことも。
「ひとまず僕らの出番はなさそうだね」
《そうとも限らんぞ。もしかしたら違う場所を攻撃するかもしれない。あくまで《《現状は》》さっきの三箇所ってだけだ。他の箇所もあり得る》
「予想だとどこ?」
座っていたベンチから立ち上がって空気循環システムのある部屋に向かっていく。そろそろスタッフの点検も終わったところだろう。これで収穫がなければ帰宅コースだ。
《大学や大使館。でも大使館は後々辛くなると思うから大学だな》
「なるほどね」
ドアをロックしてから中に入る。中には先ほどのスタッフがまだ点検していた。
「進捗どうでしょうか?」
「特に発見はないですね。ところであのテロって本当ですか?」
「本当ではありますね。実際GSGも動くようですし」
「そうですか......」
どうやら進展はないようだし、今日は一回帰るとするか。
「てことでバンパー。こっちでは特にガスは見当たらなかったよ。では帰らせていただきま〜す」
《おうよ。明日はアーマメントさんのところで一旦集合な》
「10-4」
《こりゃ俺も覚えねぇとな》
バンパーとの電話を切り、保安検査から発着ロビーに入る。それとあの不審者だ。僕とぶつかった人。外国人にしては顔がアジアっぽい。尚且つカルト信者っぽい。これはただ僕のど偏見だけど。ただそれらを抜きにしても何か不穏な雰囲気を彼から感じた。なんというべきか分からないが、とりま殺気のような気はした。
『でもお前と俺が見覚えがあると言っており、いい記憶がないってことは、カルト側の人かもしれないな』
「かもね」
急ぎ足で空港の外に向かい、適当にタクシーを拾ってホテルに向かわせる。明後日にはもう決行なんだ。それまで作戦を練り上げないと......
△ △ △
画面が変わりまくっているが、それは行動している僕もそうだ。朝から晩まで動きっぱなし。しかも決行日が近い。
「死ぬぅ......財団の残業よりも死ぬぅ......」
誰一人いないベッドの上に倒れ込む。雪に関しては念のため帰らせた。アーマメントさんのところで集まるのは明日朝の七時。そっからが今回の任務の開始だ。今はまだイントロ。でもアウトロまでやれる気がしなかった。
「はぁ......終わったら今までの分に残業代全部請求してやる」
『そう言って一回も請求できてねぇじゃねぇか』
「だよね。ぶっちゃけいくらお金あっても死んだらあの世に持ってけないんだし」
手を机に置いてある鎮痛剤に伸ばす。そして二錠をそのまま飲み込んだ。
『なんだかいつも以上に多いな』
「持病の毒性が強くなってしまっているんだよね。まるで今すぐ死ねと言わんばかりに......」
身体中の痛みが引いていくのを実感しながら背伸びする。
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僕の持病。名を「神経侵食症候群」と呼ぶ。感染者は生まれつきこのウイルスを持ってることが多い。普通に生活していれば全く無害な奴らなんだが、一定条件下では強力な毒性を有するようになってしまう。
発症した場合には常に興奮状態に入り、治癒能力や身体能力が著しく向上する。その代わりに常日頃痛みを感じるようになったり、寿命が短くなってしまうんだ。早ければ20代、遅くても40代で死んでしまう。
つまり僕の戦闘能力はこの病気の作用によって生まれた諸刃の剣なんだ。
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部屋からベランダに移動し、ベルリンの街並みを眺める。都心部に向かうにつれて街あかりが強くなっていく。でも僕は手前の暗い光しか目に映らなかった。
「ねぇダスト」
『なんだ』
「教えてよ。未来が見えるかどうかってことを」
『......』
「前々からおかしい気がしたんだ。バンカーで死にかけた時もね。いつものお前なら僕が死んでも構わない的なことを言うはずだ。でもあの時が応援してた。その運命はダメだと言わんばかりに」
ダストは何も言わない。はっきり言って僕も確証はない。あくまで今までの経験からの予想だ。
「戦闘でもいつ敵が来るか正確に予想していた。まるで未来を知っていたかのように」
『それは......』
「無理はしなくていいよ。まぁ今言わないなら、せめて僕が死ぬ時に言ってね」
ベランダから戻り、就寝の準備をする。さて、今日話したことは忘れようか。考えたって死ぬ運命は変えられない。なら一秒一秒を楽しもうか。
現在時刻 23:57




