【第二話】ここはもう光と影の境界が無くなった
財団職員の朝は早い。朝5時半に起床し、さっさと荷物をまとめて一階に降りる。装備はカバンの中。銃火器は楽器ケースの中にしまった。
「財団職員の月夜です。今から指示するところに行ってもらえますでしょうか?」
適当なタクシーを捕まえて、集合場所に向かわせる。財団職員ということで今ここでお金を払う必要がなく、財団が経費で払ってくれるんだ。
「何かあったのですか?」
タクシー運転手はおもむろに聞いてくる。
「ないと言えば嘘ですね。でもあまり関わらないほうが身のためですよ。何せ財団が関わるのはこの世の《《闇》》ですから」
「......」
それ以降、運転手は口を開くことはなかった。目的地に着き、最速で地下の空間まで入っていく。
「1分遅刻だ。腕立ての準備はできているか?」
「ガスター。そんなことよりもブリーフィングだ。人の遅刻は許せても任務の失敗は許せないだろ?」
「......」
「反論がないようなら始めるぞ」
ガスターはバンパーの勝ち誇った顔を横目で見ながらパソコンの準備を始める。
「さてブリーフィングだ。イヴァン、現在わかっていることを教えてくれるかな?」
「あぁ。昨晩、空港外周で不審人物を見かけたという通報が何件も入った。おそらくカルトだろう」
地下空間内に設置されたプロジェクターから光が出され、壁一面に昨晩の空港の監視カメラ映像が映し出される。
「どして通報を受けた警察は空港を一時的に封鎖した」
そうするとカルトの行動はどうなるんだ?続行か停止か......
「しかし計画中止の情報はないから、あいつらの計画は続行って見た方がいいだろう」
「要するに俺らの計画の変更はないってことだな」
なるほどね。計画の変更は無しってことか。でも何か引っ掛かる。カルトがこんなに素直に動くとは思えないんだ。
「おい仁。話を聞いているか」
「あ、うん。聞いてるよ」
「そうか。なんか気が散っていたように見えたが気のせいのようだな」
「うん。きっとそうだよ」
頑張って作り笑いをしながら誤魔化す。特に後ろめたいことがあるわけでもないのに......
「よしみんな!出撃の準備だ。詳しい計画はみんなのデバイスに一斉送信した。各自確認してくれ」
まだ眠いのか、重たい瞼を擦りながら確認する。でも内容は入ってこなかった。眠いのか、それとも別のことに心を奪われているのか......
△ △ △
「3、2、1。突入!」
バンパーの合図に合わせてスラウィがショットガンで事務室のドアの家具を吹き飛ばす。
「クリア!」
「前方に開口部。俺がロックする」
「左側の空間クリア!」
「右も同様だわ」
突入してから1分も経たないうちに3部屋が制圧された。
『あまりにもスムーズだな』
「うん......まるで嵐の前の静けさのようだ」
もはや不気味とも言える静けさを警戒しながら、空港の事務区域の制圧を続けていく。
「最初のエリアは全面クリアだな。あまりにも順調だけど」
「あぁ。カルトどころか、その痕跡すら見つからない」
しばらくの間はエリアの制圧を行なっていたが、ミッション開始から一時間が経過した頃、僕らが抱いていた異変はだんだん大きくなっていった。
「ねぇダスト......」
『なんだ』
「カルトがここ以外で決行する可能性はあるんだよね......?」
『否定はできないな』
「現状他部隊から連絡も入っていない。つまり僕らの予想とは全く異なる場所で行う可能性があるてことだよね?」
『......』
彼は答えないが言いたいことはわかった。可能性は十分あるってことだ。
「......クソッタレ」
小さく吐き捨ててからスマホの画面を開く。僕らが最初に挙げた場所はホテル、大使館、空港、そして銀行だ。そしてその他にテロを受けたら国に影響を受けやすい場所があるはずだ。
「どこだどこだ......!」
みんなが休憩しながら話し合っている傍で血眼になってスマホの画面をみる。
「あった......!」
喜ばしい出来事かどうかはさておいて、カルトに近づくピースは見つかった。
「工科大学......」
「工科大学がどうした?」
横からジェイドが首を突っ込んでくる。
「あくまで僕の予想だが聞いてほしい。カルトの目標が分かった」
そして一呼吸をおいてもう1個を話す。
「そして勝者が誰なのかも概ね決まってしまった......」
△ △ △
《先ほど工科大学メインキャンパス上空で不審なヘリが確認されました。警察によりますと......》
途切れ途切れなラジオを聴きながら財団の公用車を走らせる。
《速報です。工科大学に謎の武装集団が侵入しました。ドイツ当局は対応部隊を派遣したとのことですが、負傷者などの情報は依然不明のままです》
「クソッタレが!」
カルイの怒号が車内に響き渡り、蹴り上げた足が僕の座席に当たる。こっから大学までは少なくとも数分はかかる。これでも最善を尽くしたんだ。最短距離を通り、ドイツ当局に許可を得て警察のふりをして爆速で走行。
「カルイ、落ち着け」
「落ち着いてられるかぁ!今俺らがここにいる間に何人も死んでいる可能性があるんだぞ!」
「それでも叫んだって意味はない。可能なだけ人質を助ける。それだけだ」
「お前ってやつは、本当に......本当に......クソみてぇな冷酷野郎だな!」
カルイがガスターの胸ぐらを掴むが、周りにいたメンバーに取り押さえられてしまう。
「今はドイツ当局と他の機動部隊を信じるしかない。あいつらがどれだけ対応ができるかは知らないが」
バンパーが取り押さえながら話す。だが、それでもカルイは落ち着かなかった。そしてとうとう怒りの矛先が僕に向けられる。
「それもこれも根本的にはこの人外野郎が引き起こしたんだろ!こいつが変にカルトに手出したせいでよぉ!」
「お前!どうしようもないからって仁に怒りぶつけやがって!」
「いいよ。人外ってそう扱われるものだから」
僕はハンドルを握りながら呟く。その一言にみんなが静まり返った。
「仁......違うんだ」
「小さい時に僕のせいで両親が死んだ。違くなんかないよ」
衝撃の事実にみんなが黙る。
「小6ぐらいだっけ?お父さんは乗っていた船を襲撃されて沈没、そして溺死した。原因は僕へのヘイト集団の反亜人勢力だった。そしてお母さんは僕へのヘイト集団によって殴り殺された。ね?全部僕のせいでしょ?」
綺麗に車両を停車させて銃を手に取る。
「だけどすでに終わったことなんだ。そしてさっきまで発生したことも終わったことなんだ」
車両のドアを開け、臨戦体制に入る。
「さぁ、頑張りますか」
みんなも次々と出てくるが、どれも浮かない顔をしていた。
△ △ △
《敵兵力は不明。大学全体でガスの使用を確認。ガスマスクをつけていけ》
「ここにきてもう一度言わせてほしい。なんでここまでくるんだよ!」
今までカルトの主要活動国は東側諸国だった。なのに急にドイツで無差別テロだ。何をとち狂ったんだ?
「ただテロ発生が一箇所だけっていうのが幸いだな」
準備を終えた僕らは大学敷地内へ足を踏み入れる。周囲はガスのよって黄色い世界に変わっていた。
「警官2名の死亡を確認」
《了解。事前に準備したマーカーを設置してくれ》
見渡す限り黄色の世界。僕が今まで見てきたどんな場所よりも視界不良だった。
「前方に人影を確認。遮蔽を確保して発砲準備を」
目を凝らすとそこには白い防護服を着たカルトの兵士が数名徘徊していた。
「Open fire 」
小さな炸裂音がガスの中に響き、.300BLKが敵を貫く。他に銃声は聞こえない。
「Good shot」
ハスからのコメントに手をグーにして答える。そろそろ大学建物内に入る頃だ。
《現状と任務概要を伝える。先に派遣された機動部隊は建物内に要救助者と取り残されている。警察の部隊は数人を除いて壊滅した》
メインとサブの残弾を確認しながら無線の説明を聞く。
《敵部隊の人数は30を超えているとのこと。一部に重装甲兵がいるとのことだ。毒ガスは分かっていると思うが不燃性である》
閉められた建物側面部のドアにカルイがC4を設置するのを見届ける。
《ミッション目標は要救助者の救出。そして敵部隊の《《殲滅》》だ。拘束は可能なら行え。抵抗するならば射殺だ。なお建物は3階建である。他の棟はすでに制圧済みだ》
「この向こうには本当に民間人はいないんだよね?」
「心配するなアイサ。3、2、1、爆破ァ!」
大地を揺らすほどのエネルギーが一瞬にして放たれ、頑丈そうだった扉は華麗に吹き飛ばされた。
「2名ダウン!」
ついでに2名のカルトを巻き込んで。建物内に突入した僕らは、結界した堤防から溢れ出る水のような素早さで建物内を制圧していった。いくら敵が多かろうと質が良かろうとも、彼らの敵は世界最強傭兵部隊の零号狼部隊なんだ。
「重装甲兵を視認。仁、フラッシュ」
慣れた手つきで火の玉を生成し、敵に投げつける。鼓膜を破るレベルの爆音と共に放たれた閃光は、敵の視界を一時的に奪った。
「一般兵ダウン。あとはでかいのだけだ」
「そいつは私に任せて!」
アイサが後ろからMSGLを突き出し、グレネード弾を発射した。グレネード弾を避けれず爆風を直で喰らった重装甲兵はそのまま見るにも無惨な姿に変えられてしまった。
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M32A1 MSGL 40mm grenade launcher。製造元はミルコウUSA社。略称はMSGL。要は6連グレネードランチャーということ。40×46mmグレネード弾を使用し、洒落にならないほどの威力を誇る化け物だ。
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「これで敵をミンチにしてハンバーグ作れそうなほどの火力だな」
「ジェイド、爆発物の専門家の俺に言わせればあれは「作れそうなほど」じゃない。「作れるほど」が正しい回答だ」
「どっちでもええわ」
倒れた敵の死体に銃弾をもう一度叩き込み、次の部屋の制圧に向かう。
「こっからは二手に分かれるぞ。識別番号が奇数のは俺についてこい。偶数はガスターについていけ」
「チーム名は?」
「アルファとブラボーだ」
数秒のうちに僕ら16人は二手に分かれ、建物の制圧を続けていった。
△ △ △
「ハス!弾幕の援護を求む!」
「あいよ!弾幕オンライン!」
いつもは生徒らでごった返していた廊下が、今日だけは弾幕の殴り合いの場となった。距離にして30mないぐらい。
「ねぇバンパー。迂回路はある?」
「あると思うが、全員そっちに回ったら押し返されるだろう......もしかしてお前一人で行くつもりか?」
「うん」
カルトの弾幕から頭を隠しながら頷く。僕が使っているのは.300BLK。こんな銃声が鳴り響いている空間で発砲したって、音がかき消されてしまう。
「よし分かった。こっから確認できる数は7人。そのうち一人は重装甲兵だ。やれるか?」
「うん。殺れるよ。ただしタイミング合わせて攻撃しないと死ぬからね」
「俺らが?それはないと思うけど」
「いや僕が」
迂回路は教室。そっから換気ダクトに入っていけばいい。閉ざされた扉を開けて中に入った僕は、とあるものが目に止まった。
「人?もしや学生か?」
急いで近くに歩み寄って脈を確認する。
「よかった。気絶しているみたいだ」
しかしこのままではあまり長くは持たないはずだ。
「バンパー!ハス!こっちきて!」
「なんだ」
戦線から一時離脱したバンパーとガンナーを他の人に代わってもらったハスは、部屋に入るなり状況を理解した。
「要救助者ね。意識不明だが脈はある。誰か予備のマスクはある?」
「僕のを使って」
ぱっと見誰も持っていなかったため、自己犠牲を承知の上で提案した。
「バカ言え。お前がなかったらどうするつもりだ」
「こう見えてある程度毒にも耐性があるんだ。しばらくの間だったらマスク無しでも大丈夫だよ」
素早くマスクを外し、スカーフを口元まで引き上げる。ひとまずはこれで凌ごう。
「HQ。こちらに要救助者発見。医療班を連れてこの子を外に急いで連れ出して」
《コピー。医療班を向かわせた。患者の状態は?》
「意識不明。脈はある。ただガスは吸っているはずだからそこをなんとかしてくれ」
《コピー》
本部に無線を入れ、僕の本題に戻る。机を踏み台にし、器用に換気ダクトの蓋を外して中に入り込む。運良くここのダクトにはガスはまだ蔓延していなかった。
『おおよそ10m先、目的地周辺です』
「お前はカーナビか」
『方向音痴のためのナビだ』
場に合わないボケに呆れつつも緊張がほぐれてくる。運転している時からそうだった。あまりの緊張にいつも通りの力が発揮できない。
「こっからは近距離戦だ」
MCXを後ろに回し、モスバーグを手に構える。こいつの中に入っているのはマグナムバックショット。簡単に言えば普通の散弾の強化バージョンってことだ。
「Standby......」
銃声に紛れながらジリジリと敵の背後に迫る。額からは冷や汗が滝のように流れ出し、手は震えていた。
「今!アイサ!」
《了解!グレネード発射!》
全門のグレポン、後門のマグナムバックショット。どっちに逃げてもミンチになる未来しか残っていなかった。
「これはもはや人間用のシュレッダーだよ」
『ただし処理方法は爆破で木っ端微塵にしているんだけどな』
マグナムバックショットの威力は通常弾薬より強いものの、その分反動も洒落にならないほど強くなっている。
「ラストワン!」
弾倉内の最後の一発が放たれ、カルトの腹部を抉り取る。これでやれたはずだ。スカーフを付け直し、再装填を行っていた時、1発の銃声が前から聞こえた。
「仁。まだやり切れてねぇぜ」
「え?」
前にはジェイドがライフルを構えており、後ろを振り返ると散弾をモロに食らったはずのカルトがかろうじて生きていた。
「こりゃもう1発入れないとな」
もう1発撃ち込まれたカルトはようやく膝から崩れ落ち、息絶えた。
「援護ありがとさん」
「屋内での死体撃ちはしっかりやれ。今回みたいにやり切れていなかったらどうするつもりだ」
なんかムスッとする言い方をされたが、命自体は彼に助けられたんだ。文句は言えない。
「まぁいい。早く生徒らを助けるぞ」
△ △ △
はっきり言って、僕は任務の中でも人質救出系のが一番嫌いだった。面倒とか難易度があるとかじゃない。ただ単純に殺された民間人を見ると動悸が止まんなくなる。
「フー......フー......」
目の前に広がる生徒らと教職員の死体を見ると怒りと悲しみが込み上がってきた。
「ダメだ......全員脈がない」
「最悪だ。全員一歩遅かったか......ゲホッ!」
下を向いて項垂れていた時、激しい痛みと同時に咳と血が口から出てきた。
「そろそろ毒が回ってきたのか」
汚れた口元を拭って鎮痛剤を飲み込む。若干だが四肢も痺れてきて、動きにくい気がする。
『大丈夫かお前?』
「お前が心配する必要はないよ。まぁ、何かあればお前に変わればいいけどな」
HQに亡くなった生徒らのことを報告し、3階の制圧へと移る。
《こちらブラボー。要救助者は3名発見した。そっちはどうだ》
「よくはないな。一名しか発見できてないし、ほとんどの生徒が亡くなっていた」
《その声はバンパーか。この後は屋上で合流か?》
「あぁ分かった」
どうやらガスターらのブラボーチームの状況もあまり良くないみたいだ。2階はすでに制圧済みだ。今はとにかく3階にいくことを考えるしかない。
《あーあー。こちらHQ。全制圧部隊に通達する》
僕らが階段に差し掛かったころ、HQから一本の無線が入った。
《全制圧部隊に通達する。任務は完了した。直ちに撤退せよ。もう一度言う。直ちに撤退せよ》
この言葉にみんなの体が固まる。撤退だって?まだ参加の探索も終わっていないはずだ。なのに撤退命令が出た。
「一部屋クリア」
《もう一度通達する。全制圧部隊は撤収せよ。これは当局の命令だ》
「こちらアルファチーム。我々は撤退を拒否する」
《どういうつもりだ》
「3階の制圧も終わっていないんだ。このまま引き下がれるか」
バンパーの冷静でありながらも怒りがこもっている口調が廊下に響く。
《諸君。つい先ほど建物内にいた機動部隊の生体反応が全て途切れた。また彼らのボディカメラからも他に生命活動のある人物の確認はできなかった》
「それでもまだカルトの制圧があるはず」
《今はそれどころじゃなくなった》
無線から聞こえる司令部の人間の冷たい声が僕らの耳を貫く。今はそれどころじゃないってどういうことだ?何か別の事件が出たのか?それか外で襲撃されたのか?はたまた......
《諸君。我々は失敗した》
その瞬間、その一声が、思考を巡らせていた僕の脳をオーバーロードさせた。
△ △ △
急いで学校の外に出ると、マスコミの報道陣や警察車両、そして財団機動部隊がいた。
「おい司令部!」
仮設テントに入るなりカルイが声を荒げた。
「失敗したとはどういうことだ!」
「諸君落ち着け。決して君たちが失敗したわけではないんだ」
司令部の老人は一息ついてから続ける。
「私らは嵌められたと言うべきだろう」
「嵌められた?司令官。詳しく」
「簡単に言うと陽動作戦に引っかかったんだ。確かに君らの予想の大学でのテロは発生した。しかしテロはそれだけではなかったんだ」
「毒ガス同時多発テロか?」
「そんな生やさしい物じゃない」
そう言うと司令官は一つの動画を見せてきた。
「君らが作戦を開始して数分後、同時にアメリカ・ロシア大使館で立てこもりテロ発生。また空港とホテルでも毒ガス攻撃を開始した。その後に反亜人勢力らが暴動を起こしたんだ。まるで約束したかのように同時にだ」
動画には占領された大使館を取り囲むように群衆が立ちはだかって、多種多様なプラカードと横断幕を掲げていた。
「さらにこれはドイツ国内だけに限らず、世界中の主要国家で暴動が発生した。もはや偶然ではなく、誰かによって引き起こされたとしか思えなかった」
誰も声を出さない。というか出せないが正しかった。あまりの情報量に僕ら全員は立ち尽くした。
「ねぇ......お兄さんたち」
ふとテントの入り口から女性の声が聞こえる。振り返ると一人の大学生が立っていた。
「私の友達......助けてくれた?」
「君の友達......?」
「うん。テロ発生時は3階にいたんだけど......いまだに外にきていないんだ」
「その......驚かないで聞いてほしんだけど」
「バンパー待って」
バンパーを静止させて女性の前に進む。
「大丈夫。お兄さんがすぐに助けるから。だからね。あとで一緒に会えるようにゆっくり休んで待つんだよ」
「分かりました!」
助けてくれると聞いた女性は生き生きとした動きで避難者テントに向かっていった。
「仁お前、どうやるつもりだ?今から戻ると言うのか?」
バンパーが僕の前に立ちはだかって問いかけてくる。
「その通り」
「お前バカなのか!今から戻ったって生き残っている可能性は低いんだぞ!事件発生から何分立ったと思っているんだ!」
「少しの希望があるなら僕はそれを掴み取る。少なくとも生き残っている人らには亡くなった人の分まで生きていてほしんだ」
「でもお前自身が死ぬ可能性だって」
「そんなの考えていたらここにいないよ」
スカーフを付け直してテントから出る。ガスマスクをつける時間があるなら、僕はその時間を救助に使う。もし命の危険があったとしても僕は喜んで受ける。
「まぁ......もし死んだら......雪をよろしく」
「おま!待て!」
みんなの静止を振り切って大学内に飛び込む。すでに僕の体は毒に侵されているんだ。ぶっちゃけこっからガスを吸ったって対して結末は変わらんはずだ。
『......お前って奴は本当にバカだな』
「そうでもしないとやってけないよ。ゲホッゲホッ!」
あまりにも侵食スピードが速い。さっきは最後の数分だけマスクをつけてなかったが、おそらくその時のダメージが今になってきたのだろう。
「お願いだ......生き残っててくれ」
階段の手すりに登り、2階へショートカットするから。
「ウグゥ......」
建物内に入ってものの2分。マスクなしで累計8分は経った。どうやら財団研究部によると、カルトが使用している毒は発症までに個体差があり、一部の人は長時間滞在することが可能となっている。しかしそれでもせいぜい10分ぐらいだ。
「次は三階......!」
だんだん視界がぼやけてきた。鼓動も早くなり、顔の血管も膨れ上がってくる。ここにきて持病の症状が重症化しやがった。
『仁。お前このままだとマジで持たないぞ』
「自分の生死ぐらい把握してる!」
広い大学内を走りながら叫ぶ。はっきり言って自分は今とんでもなく危ないことをやっている。僕らの機動部隊の主要任務はあくまで敵部隊の排除。言っちゃえば救助任務は専門外だ。財団には救助専門部隊も存在し、彼らの場合だと最短時間内で最も安全なルートを割り出すことは可能。
「ここにもいない。じゃあ最後の部屋か!」
しかし前述の通り、僕らにはそのような知識はない。だから今僕はとてつもなく危ないルートで活動している。
「フー......フー......」
肺だけではなく体も痛い。頭も回らない。
『そろそろ撤収しないとマジで死ぬぞ。これは2度目の警告だ。3回目はないぞ』
「ならば耐えるのみ!」
ファーストラインに装着したポーチからBT-8を取り出し、首元に差し込んで中身を注入する。視野が一気に広がり、重かった体の動きがスムーズになる。
「副作用とか知ったこっちゃねぇ!あるのは人命のみだ」
『お前も人命じゃないか?』
「僕は人外だから関係ないよ」
最後の扉を蹴破って突入する。カルトはいつの間にか撤収していたらしく、3階はもぬけの殻となっていた。
「いた!ゲホッ!要救助者発見!」
倒れていた女性に駆け寄って首に手を当てる。よかった、まだ脈はある。
「ここにきてセクハラとか考えてる暇はない!嫌だと思ったら財団には訴えて!」
女性を抱えて大学からの撤収準備を始める。しかしその時、大きな爆発音と共に地面が揺れた。
「え、何⁉︎」
そして何かが崩れていく音が聞こえてきた。
『爆薬かな。おそらくカルトは建物をここにいる人もロトも吹き飛ばすつもりだ』
「頭の中ニトセルで構築されてるのか?」
揺れる足場に足を足られつつも、2階まで下ることができた。しかしこっからが問題。さっきの爆発で一階への階段が爆破された。
「こっから飛び降りるか?いやこの子が怪我するかもしれない.......」
額から汗が流れ出し手が震える。頭が全く回らない。僕だけだったら最適解は何個も出てくるが、一般人がいるとなるとそのほとんどが使用不可能となる。
「一体どうすればいいんだ......」
ふと横を見ると女の子の呼吸はだんだん早くなっていく。
『おい仁』
頭の中にダストの声が響く。
『俺を忘れちゃ困るぜ』
「......は?」
『とりあえず体の主導権を渡せ。残りは俺が全て片付ける』
まだ一部で爆発は続いており、ここの崩壊も時間の問題となった。
「信じていいのか?」
『いいかどうかじゃない。信じろ』
「......あぁ、分かった。頼むぞダスト」
体の主導権を渡し、意識が朦朧とする。やっぱり負担をかけすぎたようだ。
『へっ。この悪魔に任せな』




