ep2-5.あ、あのねっ、すすす、好きっ!好きっ!好きっ!好きっ!だだだ、大好きっ!(ぎこちない笑顔)
「パーティー勧誘、ですか?」
『レスト』に入り、料理を注文してから話を切り出すと、真黒は困惑したような反応をみせた。僕のパーティーに入るメリットがまだ理解できていないのかもしれない。
「ああ、報酬は充分に出す。初めは階級が最も低いモノリス社の社員が一年で受け取る給与と同程度は出すつもりだ。成果次第では昇給やボーナスも……」
「いらねーっての」
未知留が僕の話に口を挟んだ。
「ならば、君は何が最適な条件だと考える? その理由はなんだ?」
モノリス社は技術において世界最先端を走る企業だ。その給与はもちろん、世界トップクラス。これ以上の報酬はないだろう。
「そりゃ、一緒に冒険してーなって思えりゃそれでいーんだ」
「ならば、こちらは魅力的な環境を提示すべきではないのか? まず共に冒険したいと思ってもらう必要があるだろう?」
データを見れば分かるが、高賃金で、働きやすく、スキルのいらない求人には、魅力的に映り、応募者が殺到する。今回は直接勧誘しているため、スキルは考えなくていい。
となれば、我々がすべきなのは、高賃金で、働きやすい場所だと提示すること、のはずだ。
「ほら、もっとお互い話してみるとか? お試しでパーティー組んでみるとか? 色々あるだろ?」
「ふむ」
調べてみたところ、未知留が挙げた手法は、価値観の合致や相性の確認といった意図があるらしい。
数回程度の会話や共同探索で得られるデータはごく僅かだ。そこまで重視する理由がよくわからない。……実地データを高く評価しているのだろうか?
「あ、あの……」
僕が思考を巡らせていると、真黒が口を開いた。
「あ、ごめんな。ほったらかしにしちまって」
「いえいえ、良いんです、は、はは」
真黒は笑った。
「勧誘くれるのは嬉しいんですが、ごめんなさい。わたし冒険者はやめたんです」
「妙だな。君は212時間26分24秒前に探索履歴があるだろう?」
第一、彼女は冒険者登録のキャンセルもしていない。なのに、冒険者を引退したと言われても納得できない。
「え、あ、なんで知られてるの? そそそ、そ、それは探索じゃなくて聖地巡礼です……あ……」
真黒はなぜか自分の口を抑えた。マスクをしているのに何をしているのだろうか?
「せ、聖地?」
「あ、あはは……」
未知留が訊き返すが、真黒は何も答えない。
「宗教系ダンジョンを巡っているのだろう?」
ダンジョンを分類する呼称は実に多様だ。自然に形成される天然ダンジョン。人が作る人工ダンジョン。
民間企業によって経営される民営ダンジョン。外国資本によって成り立つ外資系ダンジョン。
文化・自然遺産に形成される、もしくはそれら遺産の基盤とするために建立された、遺産ダンジョン。いまだに攻略が済んでいない、未踏ダンジョン。
そして、宗教系ダンジョンとは、名の通り、宗教関連のダンジョンだ。
Sランクの【絢爛たる梵殿】や【千人釈迦】あたりが、彼女が巡礼するダンジョンとして最も分かり易い例だ。
「そ、そ、そそそそうですっ! 電算さんの言う通りです! 梵様大好き! メシア様大好き! トットー様大好き! ウィンストン様大好き! 好きっ! 好きっ! 好きっ! 好きっ! 大好きっ!」
補足した僕に、真黒はいきなり大声で僕に同調した。
「え? 何かおかしくね?」
未知留が首をかしげる。彼女の指摘で、真黒が直近で回ったダンジョン、二十個を思い返す。それらは俗にいう宗教系ダンジョンのものもあれば、そうでないものもある。
しかし、アビス教は全てのダンジョンを信仰しているので、どれも彼女にとっての聖地だと仮定しても違和感はない。何も問題はないな。
「未知留、何もおかしくはないぞ。世界四大宗教を同時に信仰しているだけだろう?」
「いや、ありえねーだろっ! 別の宗教の神を、それも四つも信じてる奴がいてたまるかっ!」
そうなのか。僕は疑問を解消するため、『ユング・プログラム』にプロンプトを
「と、とにかく、これ以上話してても、お二人のお時間を無駄にしてしまうだけだと思います……」
入力しようとしたところで、真黒は立ち上がり、僕らに背を向けた。
「せっかく誘っていただいたのにすみません。さようなら」
「お、おい! 待てって!」
未知留の制止も聞かず、彼女はそそくさと立ち去って行ってしまった。
真黒の姿が見えなくなって、8.321秒後、僕は口を開いた。
「ふむ、失敗か。勧誘方法を振り返らねばならんな」
「アンタ少しは反省しろよ」
「結果からのフィードバックをもとに更なる改善を図る。僕がいつもやっていることだ」
未知留の不当な発言に、僕は反論した。彼女は僕の行動・態度をよく見ていなかったのだろう。
「それでこれかよー」
未知留は頭を抱えた。今日、彼女から振り返りの質の悪さを指摘されるのは、これで二度目だ。ふむ、フィードバック手法を抜本的に見直しても良いかもしれない。
「とにかく、次の人材募集はアタシがやるからなっ!」
「それは良いが、納得できる方法で頼むぞ。あと選定するメンバー候補も、他と比較したメリットを説明してもらわねば困る」
「うーん、説得できるかー?」
未知留は眉間に皺を寄せる。彼女が溜息をつく間に、未知留と向かい合う形で真黒が席についた。ドリンクバーから取ってきたのだろう。テーブルにコーヒーを置いた。
「あれ? 帰ってなかったのか?」
未知留が訊くと、真黒は躊躇いがちに、途切れ途切れに答えた。
「え、えっと……、せっかく奢っていただけるのに、食べないのは……、も、勿体ないかなあ……って」
一同に沈黙が流れる。ふむ、勧誘の話を断られてしまったからな。何を話すべきかが分からない。その18.920秒後、口を開いたのは真黒だった。
「えっと、お二人はどうしてわたしをパーティーに誘ったんですか?」
「アタシたちは未踏冒険者を目指してる。そんでポテンシャルある奴に声掛けてんだ。巡の話だと、アンタがそうらしい。どうだ? 入ってみねーか?」
未知留が笑いかけると、真黒は下を向いてしまった。
「……ごめんなさい。わたしには無理です」
8.920秒後、真黒は頭を下げて、改めて誘いを断った。
「なぜそう思う? 君には実力があるだろう?」
疑問に感じた。彼女はAランク冒険者の中で、確保できる人材としてはベストに近い。無理に感じる要素はないはずだ。
「能力の有無じゃないんです。姿勢とか……、心構えの話です」
真黒は伏し目がちに、ゆっくりと話す。
「心構え?」
未踏冒険者資格の試験には面接がある。そこで求められる基準を満たさないということだろうか。
「わたしがずっとやってきた冒険は、冒険そのものが目的じゃないんです。人と仲良くなる、とか、せい……、文化に触れる、とか、別の目的で迷宮に潜ってたんです。だから今更、未踏に挑戦するなんて、とてもわたしには」
「別に今から変えりゃ良い話だろ。心構えが悪かったから未踏を目指しちゃいけないなんて、おかしな話だぜ」
真黒が顔を上げた。サングラスで見えづらいが、彼女の瞳はちょうど未知留の目と合う位置にあった。
「もしアンタが冒険をしたいってなら、未踏を目指したいってなら、アタシが見てやる。アタシが一緒に行ってやる」
「わ、わたしは……」
「丁度いい。真黒は十三時半から『帝都スカイタワー』にて探索の予約をしている。食後、共にスカイタワーに向かい、探索するとしよう」
そう言うと、一同の視線が僕に集まった。どちらも呆然とした表情で、一言も発さない。
? なぜ何も言わない? 彼女たちにとって有益な提案のはずだが。
「き、きっしょ……」
4.09秒ほどして真黒がそう呟いた。すると、彼女は自分の口を咄嗟に手で塞ぐ。先程もそうだが、マスクをつけているのに何をしているんだ?
そして、未知留は僕に責めるような視線を送ってくる。
一体、僕が何をしたというのだろうか。




