ep2-3.ネットで煽っただけなのに~わたし、こ、殺されちゃうんですかっ!???~
わたしの人生は幸福で満ちている。
充実している人生は目覚めから素晴らしい。
——アラームだよっ!:天女ちゃん、朝だよっ! 朝っ! 起きて起きて起きてっ!
朝は鈴の音が鳴るような声で、可愛い女の子がわたしを頑張って起こしてくれる。
「むにゃむにゃ……、すやすや……、まだ眠い……」
——アラームだよっ!:もうっ! 天女ちゃんはいっつもお寝坊さんなんだからっ! 速く起きないと私、ぷんぷんだよっ!
「でも、わたし……朝は弱いもん……」
——アラームだよっ!:むー、せっかく天女ちゃんと一緒に登校しようと思ったのにー。
「え、マジで起きるわ」
わたしは瞼を開いた。といっても何度も繰り返された問答。驚きもクソもないし、わたしが口にした言葉は適当だ。けれど、すぐに起きなければその分、多くのボイスが聞けるからこうしてダラダラしてしまう。
——アラームだよっ!:天女ちゃん、おはようっ!
「うふふっ、おはよう」
わたしは抱き締めていた美少女ぬいぐるみに挨拶した。先程からの可愛い声は、このキャラクターのものだ。
やはりARにデフォルトで搭載されている無機質な音声よりも、萌え声ボイスの方が幸福になれるというものだ。
瞼を擦りながら、辺りを見渡す。漫画、ラノベ、アニメの個性豊かなキャラクター達のグッズの数々が視界に飛び込んできた。
『愛してるぜ、天女。今日も一日楽しもうな』
『天女ちゃんはぼやぼやしているのが一番かわいいんだからっ! 今日も一日いっぱーい幸せになろうねっ!』
『天女、吾の嫁。笑う。見る。楽しい』
脳内に住む彼らはわたしに豊かな表情を見せ、思い思いの挨拶を投げかけてくれた。わたしは皆の呼びかけに答え、いつものように微笑む。
「わたしもみんなのことが大好きだよ」
そう口に出してみると、これ以上ないほどに心が満たされるのを感じた。
なんと素晴らしい朝なのだろう。
己が物語の主人公とでも言わんばかりに、朝っぱらからあくせくしたがる奴らは、この至福の時間など知らないだろう。
可哀想な奴らめwwwwww。現実が二次元に敵うわけないだろっ。
さて朝の挨拶を済ませたとこで、わたしはARで銀行アプリを開く。基本生活補助金の振り込みが今日なのだ。さてさて、ちゃんと基本生活保障金が来ているかどうか……?
——アプリ:鉄港銀行ネットバンキング | 履歴:振込:80000クレジット:名義:月帰
「ひゃほーーーーーーっ!!!!!」
あまりの嬉しさにわたしはベッドで飛び跳ねた。昨日まで口座残高が100クレジットを切っていたのだ。これで買いたいものがいっぱい買える。
無料食堂の無難なご飯で我慢する必要はもう無いのだ。ひゃはははは! 今日のわたしは無敵だああああっ! 月帰に生まれて良かったああああああああ!
人生の勝者になったところで、わたしは洗面台で顔を洗い、ACのコンタクトを目に装着する。直方体の小型機械についたドアを開け、朝食を取り出した。
出てきたのは炊き込みご飯と、ぶりの照り焼き、青のりの味噌汁だ。
これはゼネラル・クッキングと呼ばれる機械だ。ゼネラル・ミールを補給さえすれば、入力したメニュー通りの料理を用意してくれる。
再現できるのは見た目のみならず、味、匂い、食感までも、だ。
本物とは含まれる成分が違うので、僅かな違いはある。けれど、こだわりさえしなければ充分、楽しめるのだ。ベーシックインカム支給日のささやかな贅沢である。
ゼネラル・クッキングのドアを閉めると、貼られた推しのシールが目に入る。彼はわたしに向けて爽やかな笑顔を向け、ぐっと親指を押し上げている。
『天女、これ、お前の為に作ったんだ。食べてくれよ』
「うふふっ。ありがとね。おいしく食べるよ」
我ながら素晴らしいアイディアを考えたものだと感心する。このおかげでわたしは毎日、推しの作った手料理を口にできるのだ。これ以上の幸せはないだろう。
心ゆくまで朝食を堪能した後、お皿を機械に入れ、夕食のメニューをARで入力する。これで夕飯までにはお皿が清潔に洗浄され、望んだ料理が作られるだろう。
食事を終えると、ベッドに潜り、ARを起動する。Shabetter!!!を開き、わたしは投稿されているイラストや漫画を眺め始めた。
「ぬふふふふ……。かーわいっ」
つい独り言が漏れてしまった。朝起きてすぐ、ARでぼんやりとSNSを眺め、時間を潰す。こんな怠惰なことを一日中していても、誰にも怒られたりはしない。まさに現代社会の美点だろう。
何でも昔は、一日の三分の一ほどの時間を労働に充てていたらしい。人生の貴重な時間を企業に差し出すことが、とてもとても美化されていた。
逆に働いていない、ニートとか無職とか呼ばれる人たちは世間から冷ややかな視線を浴びせられていた。
今じゃそんなの在り得ない。むしろ『働き手』になることそのものが将来の夢にさえなりうる。
機械に仕事を奪われた人類は、娯楽に浸る毎日を過ごすようになった。仕事をせずとも、衣食住、お金も支給される。だからちゃんとした職を得ようと頑張る人はあんまりいない。
以前はアルバイトで募集されていたような職種も、今じゃ二、三回の面接と筆記試験を経る時代だ。
娯楽を楽しむ貴重な時間を割いてまで、七面倒な労働に充てようとするのは、ごく少数である。
教育機関はすでに職を得るための拍付けにはならない。
大学に行くのも、専門学校に行こうとするのも、その道を究めようとする人間がほとんどだ。
配信者などの知名度が必然的に上がる職や、創作活動全般に携わる職、もしくはスポーツ選手などの何かの技量を競い合う職、これらは未だ人気が高い。
けど、職として成り立つまでがこれまた難しく、競争率も厳しいから、大抵の人が道半ばで折れる。
だいたいの人は、わたしみたいに一日中趣味に没頭して充実した日々を過ごす。
ちゃんとした職をしてる人が敬われるのは今も昔も変わらないけど、もう何もしてなくとも後ろ指を指されたりしない。
ベッドの中で毎日ぼんやりだらだらしている時、いつも思う。
なんと素晴らしい時代にわたしは生まれたのだろう、と。
雑多な投稿をフリックして過ごしていると、一つの映像が目に留まった。内容を見てみると、先日、炎上した柳山未知留の配信そのものだった。
『天才少女さん、調子に乗って周りに説教してしまうwwwwww』などというタイトルに十万越えの素晴らしいね!と、三百にも渡る返信がついている。
数日前からこの調子だ。彼女は多くの人々を敵に回した。その言葉は至る所で取り沙汰、非難され、ネタにしていじられたりもしてる。
特に『アンタらがやってるのは、冒険じゃない』は、威勢だけが良くて的外れな発言をしたイタい奴を、馬鹿にするネットミームとして使われている。
当のわたしもつい先日乗じて使用した。使われた輩の反応は過剰も過剰。途端に饒舌になり始めて否定し始めるのなんのって、いやあ最高でしたわwwwwww。
こうなるのも当然。彼女の発言は冒険者の多様な在り方を否定するものだ。
ダンジョン配信者、プロ冒険者、ダンジョン探索を趣味にする人たち。
全員が誇り高く生きてるわけではないけれど、彼らには彼らが欲する価値がある。
それを他人に上から目線で偽物だなんだと言えば、嫌われるし、非難をくらうのも当たり前だ。
わたしはこういう輩に一番腹が立つ。狭量な物の見方で他人の有り様の価値を上から目線で批判する輩が。
『優勝したみたいだけど、それがどうしたって話。勝手に宣言して、勝手に勝った気分になって気持ちいいでちゅねえwwwwww』
映像にそう共感のコメントをつけておく。たちまち、わたしの投稿に素晴らしいね!が幾つもつき、途端に心のつっかえが取れた気分になる。
ネットという環境はとても素晴らしい。安全圏から赤の他人を批判・評論できるのだから。
だけど今日だけは少し、胸の奥がちくりと痛むような気がした。要因を探るために、映像をもう一度見直してみる。
言葉、伴う表情の変化、身振り手振り、ちょっとした姿勢をよく観察する。
ふと疑問に感じた。彼女は本当に調子に乗っているのだろうか。何度も見返すうちに彼女の言葉がどこか痛切な叫びのようにも思えてくる。
——通知だよっ!:『お面ファイターひょっとこ』放送まで残り三分だって!
「あっ……」
思わず声が出てしまった。いつもは『お面ファイター』放送直前となると、ワクワクして堪らなくなる。なのに、通知が来るまで気づかなかったという事は、よほど考え込んでしまっていたらしい。
まあ、この一件は考えていても仕方がないことだろう。それにこの子が何をしていようが、わたしの充実した人生には関係ない。
『天女はサバサバしてるなっ! かっけえぜ!』
「えへへ」
脳内お面ファイターひょっとこがわたしの事を褒めてくれる。そうだ。彼の言う通り、わたしにはクールな部分もあるのだ。多少のことは動じずに受け流せる、大人である。
お面ファイターを鑑賞し終わって、その後もアニメやらゲームやら漫画やらに没頭して二時間後。外出の準備をするため、わたしは布団から抜け出した。
今日は配信者のゾーイさんが先日攻略したダンジョンに向かう。攻略の様子を生で見たファンとしては現地に赴き、解像度高く、当時のライブを夢想したいのである。
サングラスとマスクをつけ、ついでにパーカーのフードを目深に被って、容姿が一切分からないようにする。これで準備完了。わたしは戸締りを何度も確認してから出発した。
誰かにわたしの正体を掴まれるわけにはいかない。仮に個人情報が漏れれば、悪意のある誰かがわたしの幸福を壊すに違いない。だからいつもこうして万全の警戒で臨んでいる。
マンションの一室を出て、エレベーターで一階まで降りる。そのままロビーを抜けようとする。
「もうすぐ来るはずだ。僕のデータによれば、彼女の直近の活動を鑑みると……」
「あー、細かいこたあいいから。来るんだよな?」
二人組の男女が受付前で何やら話していた。誰かとここで待ち合わせでもしているのだろうか。
あまり関わり合いたくないので、こそこそと気配を消して横を通り過ぎようとする。
「ちょうど来たようだ。君が真黒天女さんで合っているかな?」
「え、あ、え、は?」
本名を言い当てられ、しどろもどろになる。この人はわたしと初対面だ。冒険者ネームならともかく、わたしの名前を知ってるはずがない。あの人たちの差し金? いや、違うか。ファッションセンスないし。
「いや、山田花子、もしくは黒天子ちゃんと呼んだ方が良いだろうか?」
背筋が凍る。冒険者ネームならともかく、どうしてわたしのSNSアカウントのユーザー名を知ってるの?
誰にも明かしたことないし、バレないように細心の注意を払って使ってきてたのに……。真黒天女と黒天子ちゃんを結び付ける証拠は何一つとしてないはず……。
「わ、わ、わたし、根黒天音って言いまひて……。ひ、ひ、ひ、人違いじゃないでしょうか?」
誤魔化そうとするが、恐怖で呂律が上手く回らない。いったいこの人はわたしに何をするつもりだろうか? 脅迫? 誘拐? いずれにせよまともなものであるはずがない。
というかこの人、目が怖い。笑顔を浮かべているのに目が一切笑っていない。怒ってる? いや、でもわたし人畜無害な引き籠りだよ……。人を怒らせることなんてした覚えないよ……?
「だってよ。待ち合わせ場所か時間、間違えたんじゃねえの?」
「いや、問題ない。第一、僕は彼女と待ち合わせなどしていない」
「はぁ?」
わたしが不安に苛まれる横で男が女と話し合う。その様子を見て、気づいてしまった。彼、いや彼女の目的を。
「あ、あわわわわ……」
震えで膝から力が抜ける。男と会話していたのは、わたしがSNSで馬鹿にした女の子だった。
自分の愚行を思い返す。彼女がやってきたのは、おそらくわたしの投稿に腹を立てたから。わざわざここまで訪れたあたり、胸に秘めた憎悪はとんでもないはずだ。
彼女と目が合う。鋭い視線がわたしの心臓を貫くような気がした。蛇が這うような寒気が、途端に全身を走り抜ける。
「こ、こ、こ……ころしゃないでっっっ!!」




