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ep1-12.冒険はデータではかれない

 直後、鎖の残影が無秩序に視界を埋め尽くした。至る所が熱を帯びた鎖で打たれ、裂かれ、焼かれる。皮膚が千切れる音がする。骨が砕ける音がする。


 衝撃で武器を取り落としそうになる。傷口が焼かれる。打たれた箇所が痺れる。

 

 鋭い痛みがノイズとして思考を搔き乱さんとする。


 ダメージを受けながらも、鎖の軌道をデータとして収集する。すぐに鎖の評価を更新。少しでも早く鎖の予測精度を上げるため尽力する。0.01秒より前の自分より前に進めるよう、尽力する。


 守りには入らない。被害を抑えるよりも鎖を斬ることを意識する。そもそも鎖の数さえ減らしてしまえば、結果的に損傷を減らせるのだから。


 鼻が鎖で打たれる。嗅覚を感じ取れなくなる。得られる情報がその分減少するが、致命的ではない。


 ——スキル:【シャープ・キリング】


 なんとか軌道を捉えて、一本の鎖を断ち切った。しかし、左手を失った。武器を持てないなら用はない。後は盾代わりに運用しよう。


 ダイヤルを回し、銃剣を二つの短剣に。口と右手でそれぞれを持つ。直後、鎖によって片耳が打たれた。鼓膜が破れたのか、耳が聞こえづらくなる。


 続けて二本目の鎖を切ろうとした瞬間、頭に痺れが奔った。短剣が口から落ちた。


 霧がかったように、思考が纏まらなくなる。


 頭上から額に、額へと粒子が流れていく。頭がやられた、か。それもかなりの重傷だ。


 絶えず脳裏に浮かんでくる数値の多くを、上手く認識できなくなる。計算が途上で終わり、予測があやふやなものとなる。


 眩暈がする。眠気が酷い。足がふらつく。感覚が少しずつ損なわれていく。視野が微かに狭くなる。まずい。死亡するまで時間がない。動かねばならない。


 というのに、計算ができない、情報が読み込めない。正常な思考が出来ない。


 ——ここまでだな。我ながら非合理で、愚かしい選択をしたものだ。一時の情動に流され、またも選択を間違えるとは。


 重篤な事態には至らないから良いものの、二度と同じことを繰り返してはならない。


 今日の失敗を糧により精進すべきだ。


 力を抜く。短剣を下ろす。


「があああああああ!」


 諦めて瞼を瞑ろうとした時、声が聞こえた。柳山の咆哮が。向こう側に柳山が立っているのに気づいた。他の冒険者全てが地に伏す中、彼女ただ一人が。黒く、禍々しいオーラを纏って。


 彼女も僕と同じく瀕死に近い状態だった。左腕を失い、右目は開かず、腹が、膝が、肩が抉れている。身体の端々が右腕と片足が燃えている。


 もう少し経てば、両手と片足が無くなり、地を這うこともままならなくなる。痛みも常人では到底堪え切れないものだ。事実、彼女の顔は苦悶で歪み切っている。


 けれど、その頬にはやはり、笑みがあった。


 なぜ君は立ち続けられるんだ。なぜ失敗も成功も、笑顔で受け止められるんだ。


 どうして、そこまで真っすぐ進めるんだ。裏付けもなく、直感を頼りにしているというのに。


 ゴーグル越しに覗く左の瞳は地獄の底にあってなお、どんな宝石にも負けない輝きを放っている。


 君の目にはいったい、何が映っているんだ?


 すうっ、と瞳に引き込まれる。配信をしている君を、デバイス越しに見た時と同じように。


 見たい。

 君が見ている世界を見たい。

 僕と真逆の在り方で培われた君の世界を。

 そうすれば、きっと僕は——。


 残り僅かな感覚を頼りに、僕は短剣を握り直す。落ちた短剣を拾い、口に咥える。全身は泥沼に浸かったように重いが、なぜだか身体が軽く思えた。


 軌道を計算する術はない。出来るほど頭は回らない。論理的な根拠を持たせることは出来ない。

 

 だから、ただ短剣を振るった。僕が来ると思った位置に。口で、右手で四度ずつ。


 二本目の鎖を右手の短剣で捉えた。断ち切った。


 左腕が肩の先から無くなった。右の掌が抉られた。指が二本飛んだ。抉れた傷を押し込み、滑り落ちそうな短剣を無理矢理握る。緑の粒子が噴き出した。


 三本目の鎖を口の短剣で切った。


 反動で歯が六本無くなった。ついでに舌の先端が焼かれる。咳き込みそうになるが、そうもいかない。


 咥えた短剣の柄を噛み砕く勢いで顎に力を入れる。砕けた歯が歯茎に刺さり、傷を更に押し広げる。迸った粒子の奔流が見える。


 骨を肉ごと抜き取られるかのような痛みが生じ、思考が乱されかける。経験のない痛みではない。耐えるんだ。


 鎖はもう一本も残っていなかった。予想していなかったが、他の冒険者が断ち切ったのだろう。


 であれば、後はとどめを刺すだけだ。


 柳山と僕はほぼ同時に駆け出した。


 【妲己】が吠え、数個の火球が生成され、放たれる。身に浴びるのも構わず、僕らは走り続ける。


 柳山に勝つには、もっと早く動かねばならない。ダイヤルを回し、右手の短剣のみを小杖に。杖を後ろに突き出し、残った全ての魔力を放出する。


 ——スキル:【ホーリー・ブラスター】:チャージ:『0.14%』


 出来上がった魔法は低質だ。固い地面を砕くことなどできやしない。だが、それでいい。僕の狙いは加速だ。


 【妲己】が放った火球を幾つか身に浴びながら、柳山より先に【妲己】の下へ辿り着く。


 その時、己の身体の端から緑の奔流が立ち上っているのが見えた。


 だが、粒子化が始まってもすぐに消えるわけじゃない。猶予は僅かだが、その間にボスの息の根を止める!


 ダイヤルを回し、小杖を【妲己】の心臓部へと投げる。すると、僕の右腕は粒子となって消滅した。


 小杖はすぐさま短剣へと変形。敵が尾で防ぐより早く、剣は狙い通りの位置へと突き刺さった。


 【妲己】の胸からDE粒子が立ち上る。甲高い悲鳴を上げるが、すぐに聞こえなくなった。


「あああああああああ!」


 柳山の叫びに押し潰されたから。


 彼女は後ろから剣で【妲己】を斬りつける。緑の粒子が体毛全体に飛び散った。


 彼女がダメージを与えるならば、僕にもまだ討伐のチャンスがある! 


 こちらに逃げて来た【妲己】の喉元を口に咥えた短剣で軽く切り裂く。粒子化が始まり、崩れていく短剣で。


 跳躍する。同時に足の感覚が消えた。仰け反った【妲己】の首をより深く斬らんと、僕は頭を動かした。


 ——スキル:【シャープ・キリング】


 当たるはずだった。だが、斬った感覚がなかった。短剣が粒子化を終え、消えてしまったからだ。


 僕もすぐに粒子となって消えていく。


 柳山が振るった剣が、頭から【妲己】を両断した。ボスがその場に崩れ落ち、柳山の表情が朧気ながら見えてくる。


 そこで、瞳が粒子となり、何も見えなくなった。彼女の表情を、反応を、見ることは出来なくなった。


 意識が消える寸前で、僕は考える。


 僕は示せただろうか。彼女にとって魅力的な人材に映ってくれたのだろうか。


 優勝と言う明確な結果を出せなかったのが、残念だ。


 が、失敗したというのに、気分は不思議と悪くない。


 柳山も今の僕と似た心地を、覚えてきたのだろうか。


 これまでとは異なる満足感に包まれながら、僕の意識は途切れた。

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