ep1-11.第二形態
剣が突き刺さった【妲己】の胸元から、DE粒子が絶えず漂っている。そこに柳山がやってきて、胸に刺さった剣を握る。
彼女は剣を引き抜きざまに、回転。後ろから襲い掛かってきた【牛頭】を斬り払い、更に【妲己】を斬る。本当に死亡したらしい。ボスモンスターはピクリとも動かない。
……様子がおかしいな。13.10秒経った今でなお、死亡したはずの【妲己】が粒子化を始めない。
【狻猊】が突き出した爪を、身を引いて回避。並行して【牛頭】の斧を銃剣で受け流す。
今の戦闘も通常ならば在り得ない。迷宮が攻略されれば、中にいる全てのモンスターは粒子化を始める。また、最終層の中央にはダンジョンコアが出現するはずだ。
にも関わらず、どちらの現象も確認できていない。
——第二形態。
違和感の答えに想像がつき、警戒心を強める。すぐにそれが正解だとわかった。
【妲己】の死体が燃え上がり始めた。炎はみるみるうちに広がっていき、やがて彼女の全身を包み込む。
すると、【妲己】が負っていた傷が塞がる。動くはずのない身体が立ち上がり、大きく跳躍した。
彼女が着地した時、炎に映し出されるシルエットは人型ではなかった。
包んでいた炎が消え、新しい【妲己】の姿が露わになる。
白磁の肌は滑らかな黄金の毛並みへと、端正だった顔立ちは不気味でおどろおどろしいものへと。
九本の尾をもつ妖狐が姿を現し、甲高い咆哮を上げる。叫びに呼応するが如く、九本の尾を大量の紫の火球が装飾していく。
四十、五十、六十、火球は次々に数を増やしていき、やがて九十九まで増える。
全ての火球は徐々に巨大化し、拳大の大きさだったのが、バランスボールサイズにまで膨れ上がった。
【妲己】が再び雄叫びを上げると、尾に集まった紫の火球が次々に散る。予想される難局に対処するため、僕はスキルを起動する。
——スキル:【高速解析】
メッセージが表示された直後、視界一面が炎に染まった。
火球が着弾する度、衝撃で足元が揺れる。地面が抉れて、溶岩が剥き出しになった。
相手取っていたモンスターが盾になるよう、位置を変更。数々の敵が焼け死ぬ様を見ながら、後ろに下がっていく。
しかしステージは全面、炎の海だ。火傷を負わずにいられる場所は、ほぼ存在しなかった。火球の直撃を避ける代わりに、細々とした飛び火と火傷を許容。幸いにも重傷を負うことはなかった。
火球の海が止んだ時、僕はステージの端に追い詰められていた。背後には溶岩。これ以上は下がれない。
ジャージの燃えている部分を、二振りの短剣で切り取って捨てる。これで肉体に延焼することはないが、代わりに肌が大きく露出してしまった。防具としての役割はもう期待できないだろう。
残った冒険者は僕含め僅か六人。柳山。グレイ・レイスト。天道。その他二人だ。皆、ステージの端に追い詰められている。
全員、限界が近いらしい。防具、肉体、共に損傷している部分が、無事な部分を大きく上回っていた。
【妲己】までの道筋を遮る敵は残り十体。どうやら、九十九の火球は冒険者もモンスターも等しく殺害したらしい。
即ち、ボス討伐には今が絶好のチャンスである。
残った冒険者が駆け出したタイミングには、0.34秒以内しか差異がなかった。
【妲己】は再び火球の用意を始めた。火球は先刻よりも小さく、サイズはテニスボールサイズほどだ。しかし、数は前回の比にならない。その数は、二百八十七。
一つ一つの威力は小さい。平時であれば、最大十九個受けても問題ない。回復なしで動ける。が、満身創痍の今では一つでも打撃になるだろう。
やがて【妲己】が火球を解き放った。
——スキル:【高速解析】
すぐにスキルを起動し、火球の軌道予測を始める。二百八十七の火球、始まりから終わりまで全ての軌道を予測し終えると、最小限の被弾かつ、最速でボスに辿り着けるルートの計算に入る。
やはり、被弾なしでボスへ辿り着くのは難しい。そうする択もあるが、出せるスピードが遅すぎる。他の冒険者に先を越されてしまうだろう。今は速度が最優先だ。
一つ目の火球。首を横に傾けて回避。
二つ目。短剣の刃を盾にして防ぐ。
三つ目。四つ目。斜め前に飛び出しながら穴を飛び越え、火球を避ける。勢いをつけて短剣を振り下ろし、火球を切り裂く。
五つ目。許容。ただ、肩に火球を浴びる。
六つ目。チェストプロテクターが火球を防ぐ。
七つ目、八つ目。回転しながら跳躍。穴を越えて、二振りの短剣で火の玉を弾く。
一つ一つの火球へ最適解の対処を続けながらも、足は緩めない。肉体の所々が燃焼を始めているが、想定内だ。ボスに辿り着くまでこの身体は確実に持つ。
十八個の火球に対応したところで、【妲己】が全身から大量に発汗し、呼吸が荒くなっていることに気づいた。溶岩地帯に住まう彼女には、酷暑に耐性があるはずだろうに。
第一形態の時も妙だった。彼女は扇子で鎖を振るった後、汗をかいている時があった。
明白に余裕を持てている場面でそうであったから、冷や汗とも違う。
となれば、彼女の発汗と呼吸の乱れは疲労である確率が高いだろう。実に83.29%である。
またここに来るまで、柱に絡まった七本の鎖はどれも少しも動かない。第二形態となって【妲己】は扇子を失った。扇子と鎖の動作は連動していたのだから、もう鎖は操れないのかもしれない。
だが、すべきことは変わらない。引き続き直進を続ける。
じり、と四本の鎖が平均して1.2cmほど自主的に動くのが見えた。同時に、0.23cm、【妲己】の口の端がつり上がった。
このまま進み続けていては不味い。この行動は未だ鎖を操れるサインである可能性が高い。
ギリギリまで引き付けて撤退し辛くなったところで、鎖を使うつもりだろう。
今の僕らに鎖を対処する余裕はない。
そして、鎖を上手く対処していた者も、できる能力を持っている者もいない。
縦横無尽に暴れ回る鎖は、必ずや僕らを行動不能に至らしめるだろう。
であれば最適解は退却と、待機だ。鎖攻撃で【妲己】が疲弊し切るのを待ち、攻める。
それに、他の冒険者は誰もスピードを落としていない。鎖攻撃を想定していないのか、それとも対処する術があるのか。
しかし、僕のデータによれば後者の成功率は0.42%しか存在しない。実際、第一形態においても、上手く鎖に対処できた冒険者は確認できなかった。
ここで一時的に退却すれば、僕以外の冒険者は全滅。死亡には至らずとも、瀕死になる。確実に優勝できるはずだ。
——本当にそうなるのか?
鎖の連撃で必ずしも死亡しないと言えるのか? 耐え抜けないと言えるのか?
僅か0.42%の確率であるはずなのに、その数字が大きく感じてしまう。なぜか確実に起きる出来事のように思えてくる。
僕は本当に優勝できるのか?
いや、待て。僕は何を考えている? なぜ優勝にこだわっている?
既に充分な成果は示しているはずだ。順位は本会場で五位以内は硬い。そして道中で、柳山も僕の探索を見てきている。
徹底的な最適化によって極度に洗練された動作を見ているはずだ。僕の魅力に気づいていないなど在り得ない。
再度、計算してみても、彼女が僕のパーティーに入る確率は、99.24%。合理的に考えれば、どうあっても柳山は僕の仲間になる。
ここでリスクを取る必要などないはずだ。無理せず、より確実な方を選ぶべきだ。
だが、そんな僕を柳山が選ぶだろうか? リスク、冒険を良しとする彼女が、安全策を選ぶ僕の仲間になりたいなどと思うだろうか?
——いや、そもそも、確実に柳山と仲間になる必要があるのか? 既に彼女の在り方は読み解けている。
時間をかければ、やり方を完全に取り入れることは可能だろう。もし参考資料として追加でデータが欲しいなら、幾らでもやり様があるじゃないか。
なのに、どうして僕は、わざわざ柳山未知留を側に置きたがる?
非合理で雑然とした思索が絶えず湧き上がり、制御することが出来ない。地を蹴る足が自然と強まっているのを感じた。本来退却を始める予定だった場所を走り過ぎ、いよいよ後に戻れなくなっていく。
「GruuuAAAA!!!」
全身を焼かれて瀕死に近い状態の【牛頭】、【馬頭】が、僕の前に立ち塞がる。障害物が出た。数で不利。退却するにはいいタイミングだ。まだ間に合う。冷静になるんだ。
——スキル:【シャープ・キリング】
けれど、身体が勝手に進む方へと動き出していた。振るわれた斧が僕に届くより早く、懐へ。二振りの短剣で、それぞれ二度、心臓部を刺す。火球でダメージがかなり蓄積していたからか、敵はすぐに倒れた。
やがて僕は七本の鎖全てが届く位置にまで辿り着いてしまう。
ここまで来たならば、やるしかない。
鎖の猛攻を耐え凌ぎ、七本の鎖全てを破壊する。そのうえで【妲己】を討伐する。
安全ではないが、優勝に最も近づける策だ。
勿論、失敗する確率は大きい。99.73%もある。
鎖の軌道の計算は難しい。鞭のようにしなる上、地面や他の鎖と衝突して軌道を変える。一本ならともかく、七本全ての予測となると不可能である。
そのため、破壊するのはひどく困難。それに、他の冒険者よりもHPが低い僕では、生き残るのも難しい。
たとえ奇跡的に生き残れたとしても、【妲己】を倒すなど、ほぼ不可能な話だ。
それでもベストを尽くすべきだろう。他の冒険者より最大限、魅力的に映るためには。
【妲己】の微かな笑みが、誰にも明白な嘲笑の笑みへと変わった。
鎖が触れ合う音が鳴り、蹂躙の合図をした。
——スキル:【高速解析】
——スキル:【高速演算】




