031:刻んだ結果は
心地よい、微睡の中にいるかのような感覚、目も耳も何も感じていない。だが、だというのに入弦の意識は光を感じていた。
元の世界へと通じている光だ。その光をたどるように、意識が引っ張られていく。水の中を流れていくかのように、吸い寄せられるように、その方向へと向かっていく。
世界を超えている。何度も繰り返した感覚に、入弦は感慨深ささえ感じていた。もうこの感覚を味わうこともない。
光に導かれ、入弦は世界を超える。元いた世界へ。生まれ育った世界へ。
次の瞬間、入弦の目に、光が飛び込んできた。
目を開いてまずは自分の状況を確認していた。記憶が確かなら、入弦は道路を吉野と一緒に歩いていたはずだった。
目が光に慣れてきたとき、入弦は自分の目がおかしくなったのだろうかと目を疑う。
目の前にあるすべての光景が停止しているのだ。
それは、アカに停められた世界のままである。
そして目の前に楽しそうな赤が再び現れた。
「改めて、見事であったぞ。カナドメイヅル。お前は確かに、自らの死の運命を変えた。近しい世界の三人のお前の命を救ったことで、この世界のお前自身の運命も変化した。素晴らしい、素晴らしい結果だ。改めて、お前の協力に感謝しよう。良い結果が得られた」
元々アカは多くの世界の入弦を知り、なおかつ死の運命を覆せるのか否かという実験のために入弦に声をかけたのだ。
そのことを思い出して、入弦はハチャメチャな旅だったということを思い出してため息をつく。
ヒャッハー蔓延る荒野だったり、ビームサーベルとメカメカしいSF宇宙だったり、人外蔓延る海の上の船だったりと、妙なところに行ったものだと入弦は自分の命がこれで助かるのだと安心していた。
「さて、では名残惜しいが、これでお前との実験は終了だ。感謝するよ。お前のおかげで本当に良い結果が得られた」
「……それはこっちのセリフだよアカさん。あんたのおかげで、俺は生きていられるんだろ?ありがとう。あんたは命の恩人?ってことになるのかな?」
「お前を助けたのはお前自身だ。私はきっかけを与えただけ……だが……まぁそうだな、感謝してくれるというのであればその感謝は受け入れよう」
二人は相対しながら、互いに握手する。短い間で、とてつもなく長いようにも感じられた、そんな旅だった。
だが入弦は少しだけ気になることがあった。それはこの世界での自分の事である。
「なぁアカさん、一つだけいいか?この世界の俺って本当に助かるの?」
「何を言う。間違いないぞ。運命がそのように変わっているのを私自身も感じる」
「……いやでもさぁ……あれ……あれが突っ込んでくるんだよね?」
入弦は割と近くまで突っ込んできている車の方を見ていた。このままのルートで行けば間違いなく入弦の体に当たるだろう。
この後、間違いなく入弦の体にぶつかるだろう車を見て、ここからどんでん返しがあるとは思えなかったのである。
「むぅ、心配性だな。ではこの後の展開を教えてやろう。この後お前に向かってあの車は突っ込んでくるわけだが、その直前、お前の前を歩いている男がそれに気づいてお前を突き飛ばす。そしてお前の代わりに轢かれ死ぬことになる。これでお前は助かるわけだ」
「………………は……?」
一瞬、アカが何を言っているのか理解できずに入弦は目の前にいるアカと、その先にいる、背中を見せている吉野と、自分に向かってきている車を見る。
車に気付いて吉野が自分を突き飛ばし、自分の代わりに轢かれ死ぬ。その言葉に、理解が追い付かないが、一つ分かったことがある。
自分の代わりに、吉野が死ぬという事実。
「な、なんだよそれ……!なんで、なんでそんな」
「仕方がなかろう。巡った三つの世界で、三つともお前を助ける方法が、この男が身を挺してお前を助けるという行動だったのだから。近い世界の三つで同じような行動をとった結果、そういう運命に近似してしまったのだ。お前が死ぬという近似の運命から、お前を助けてこの男が死ぬという運命に」
元々、入弦が死ぬという運命は、周りの多くの世界が入弦が一定期間内に死ぬという結果を残していたからこそ発生したものだ。四捨五入するかのように、周りの値に合わせるかのように運命は収束する。
だからこそ今いるこの世界の近い世界、それでいて入弦がまだ生きている世界で入弦の命を救うことで、自分の命を救おうとした。
だがその結果、入弦は三つの世界で、最も近くで入弦自身が生きている世界で、吉野を犠牲にして生き残るという結果を残してしまった。
その結果、この世界における運命が変化した。『一定期間以内に入弦が死ぬ』という運命から『一定期間以内に死ぬ入弦を吉野が助けて死ぬ』という運命に。
つまり、この世界においても、先の三つの世界と同じようなことが起きるということだ。
吉野が入弦を助けて死ぬ。
車に撥ねられたら、普通は重傷だ。運が悪ければ死ぬ。もしかしたら死なないかもしれないなどという甘い考えは通用しない。
運命というものがいかに強力であるか、入弦は自らの身をもって知っている。これほどまでの苦労をしなければ自分は何もできずに死んでいただろうということを知っている。
だからこそ、目の前にいる吉野が、きっと、おそらくなどという曖昧な確率などではなく、確実に死ぬということを直感してしまっていた。




