030:投げる力も折り紙付き
「あれって、ゼリアだよな?なんでこんなピンポイントに……!」
「わかんねえよ。けど……船の先端部分っていうのか?中心からは外れてるように見えた!沈むまで、時間はあるはずだ!」
「俺らの船は!?俺らの船は大丈夫なのか!?」
建物の屋上を走る吉野だが、入弦たちが本来住んでいる船の存在は確認できない。船自体が大きすぎるせいもあって建物の上からでもわからないのだ。
「今は生き残ることだけ考えろ!走ってくれ!頼む!」
「……悪い!そうだった!生き残ってから考えりゃいいや!っていうかキョーちゃんすげえな!よく気付いたな!」
「なんかやばいって感じしたからな!えっと方角は……このまま真っすぐだ!脱出艦はそっちにある!」
「よくそんなの調べてたな!さすがキョーちゃんだぜ!」
予め調べて、さらに購入しておいた情報に助けられたと、入弦は内心冷や汗をたらしながらもさすがという言葉は吉野にこそ伝えてやりたいと思う。
この巡洋艦が沈むまでいったいどれほどの猶予があるかはわからないが、すでにその時間は迫っている。
「なんか、なんか傾いてないか!?そろそろやばいか!?」
「船が沈みかけてんだ!やばいか!?間に合うか!?」
「間に合わせりゃいいんだろ!?任せろ!大船に乗ったつもりでいろよキョーちゃん!振り落とされんなよ!?とばすぜぇぇ!」
巡洋艦に巨大な穴が開いたのだ。そんな状態で航行状態を維持できるはずもない。ゼリアによって大穴の開いた船は海に沈み始めている。そのせいで船が大きく傾いてきているのだ。
入弦たちからすれば地面が傾くようにも感じられるこの光景で、吉野はさらに足に力を込めていた。
走る、跳ぶ、自分にもてる最大の力を発揮し、生きるために足掻く。
跳躍しているその背中に乗っている入弦はもはや祈るしかできなかった。
傾斜はどんどんと高くなっていく。最早人が走ることなどできないような状態で、入弦と吉野はそれを見ていた。
「あれだ!あれが脱出艇!あそこに行くぞ!」
「よっしゃぁゴール見えた!っていうかあれ!あれもう出航してないか!?海に出ちゃってるだろ!」
よくよく見れば、脱出艇は既に海に出ている。船が大きく傾いて出航できなくなる前に、今脱出できる人間だけを乗せて脱出したのだろうか。
この沈んでいく船の近くにいれば、発生する海流によって巻き込まれることも考えれば自然な対応かもしれないが、残されている物からすれば絶望でしかない。
吉野の足からわずかに力が抜ける瞬間、吉野の体を入弦が力強く叩く。
「諦めんな!絶対生き残るんだ!こんなところで死んでたまるか!まだ、まだやりたいこと山ほどあるんだ!」
死んでたまるか。それは入弦の心からの言葉だった。どんな状況だろうと、どんな環境だろうと、死が目の前に来れば、入弦はそう思う。
やりたいことがあるのだ。見たいものがあるのだ。聞いてみたいことがあるのだ。まだまだ、死にたくないのだ。
入弦の心からの叫びに、吉野は自分の顔を思いきり叩く。
「そうだよ!そうだよ!死んでたまるか!死なせてたまるか!こんなところでよぉぉ!」
目が覚めたかのように、吉野は駆ける。全力で駆け、建物が無くなり港にたどり着くと大きく傾いてる港の地面を勢いよく、全力で走る。
既に脱出艇はすでに出てしまっているようだった。海の少し離れた場所に脱出艇があるのが見える。
巡洋艦のそれとは明らかに違う大きさの小さなそれが見える中、吉野は覚悟を決めていた。
「キョーちゃん、跳ぶぜ?覚悟はいいか!?」
「おう!任せた!」
「任された!行くぜぇぇぇ!」
吉野は吠える。入弦を乗せた状態で全力疾走し、港の埠頭を一直線に走る。
全力で、少しでも遠くへ、勢いをつけた状態で吉野は跳躍した。既に出航している脱出艇めがけて。
当然、重力によって緩やかに落下していく。だがその落下の寸前、吉野は手足をじたばたと振り回して少しでも飛距離を伸ばそうとする。
全力で足掻くその姿を見つけたのか、脱出艇に乗っている人間が入弦たちの方に視線を向けている。中には浮き輪のようなものを投げている者も見つけられた。
だが、圧倒的に距離が足りない。このままでは脱出艇のところにたどり着くどころか、投げてもらえた浮き輪にもたどり着けないだろうということはわかっていた。
もうどうしようもないのか。この世界の自分が泳いで、この巨大な巡洋艦が沈むことによって生じる海流に巻き込まれないように脱出艇にたどり着けるか。
そんなことを考えていた時、入弦の背中を誰かが掴んだ。
「任されたって言ったろ?安心しろキョーちゃん、絶対に、送り届けるからよ」
「おい、吉野?何を?」
吉野は空中で大きく足を上げ、入弦の体を掴んでいる腕に力を籠める。それは、何かの投球フォームのようにも見えた。
「いっけぇぇぇ!」
空中で、吉野は入弦を大きく投げた。入弦は再度空中に投げ出され、その反作用によって吉野は海の方角へと飛んでいく。
「吉野!」
回転する体でも、入弦は吉野の姿を確認しようとしていた。その表情が、入弦には見えた。
爬虫類の顔で、どんな顔をしているのかもわからないそんな顔だったが、その時だけはその表情が理解できてしまった。
満足そうに、笑っているのだ。
入弦の体が脱出艇の近くの海に叩きつけられ、脱出艇の人間が浮き輪を投げつけ、入弦を回収してくれるが、入弦は吉野の体が落ちた海の方を見ていた。
「吉野!おい吉野!」
「ここはまずい!早く離れるんだ!」
「待ってくれ!まだ吉野が!」
入弦が叫んだ瞬間、先ほどまで入弦たちが載っていた巡洋艦が音を立ててゆっくりと沈み始め、大きな海流が発生し始めていた。
周りの海を巻き込んで海の底へと向かう。海の底へといざなうようなそんな海の流れに逆らうように、脱出艇は進んでいた。
「ふざけんな!吉野!おい吉野!」
大きな海のうねりを生み出し、人の力など無力とでもいうかのようなその光景に向けて入弦は叫ぶ。
その瞬間、すべてが止まった。
うねりを上げる海も、沈んでいく巡洋艦も、脱出艇で叫ぶ人々も。何もかもが停止した世界が訪れた瞬間、入弦は力が抜けてしまい、その場に座り込む。
そしてあの時のように、今までのように、入弦の目の前に赤い髪をした少女が現れた。
満足げな表情をするその少女を見て、入弦はため息をつく。
「見事!いや素晴らしいぞ。お前は見事に自分の運命を変えて見せた!よくやったぞ!いい実験結果だった!」
アカの上機嫌な表情と声よりも、入弦は目の前で吉野に助けられ、また助けられなかったという事実に項垂れていた。
「アカさんさぁ……なんで吉野すぐ死んでしまうん?どうにかならなかったのかな?」
「そんなことを言われてもどうしようもないのだがな。少なくともお前が死ぬということはお前の近くにいるあやつも死に近い運命を持っているということにほかならん。まぁあいつはあいつで面白い運命を持っているが……まぁそれはさておきだ!ここでお前がやるべきことは終えた!お前は自らに宿る死の運命に打ち勝った!自らの世界に戻るとしようではないか!凱旋だ!」
アカがそういうと緩やかに思考がまどろんでいく。意識がぬるま湯に溶けていくような感覚、心地よい浮遊感に包まれながら、入弦はゆっくりと、元の世界へと戻るその感覚に浸っていた。
再び、入弦は光を見ていた。元いた世界への導きの光だ。入弦はその光に誘われるまま、その方向へと引っ張られていく。
元の世界へ。自分の死の運命を超えた、その結果を確認するために。
災害に脅かされた世界を超えて、元の世界へ。




